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「仏と人」同人・無名会 梯和上の後ろが父(17回忌)。直海先生の御姿も。
「レモン哀歌」 高村光太郎
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた かなしく白くあかるい死の床で 五月に懐かしい方々がお浄土へまいられた。年齢的には十分と世間はいうのかもしれない。しかし、命に「十分でした」というのはない、というのが凡夫の心。それぞれにお父さんでありおじいちゃんであったわけで。別れは悲しい。それでいい。かっこよく去ることなど考えなくていい。「きれいな臨終などを計画するな」、ともいいたい。死はいつも唐突であり、無残なことである。サッカーのレッドカードの退場を想う。選手たちの多くは退場を命じられて、或いは審判に或いは相手選手に、悪態をつきながらフィールドを去るのである。当人は不本意で悔しく心残りで行く(逝く)のだ。その姿を通して、残されたものは、「引き継ぐべき何か」に思いをはせるのではなかろうか。 ご当流ではそれは唯一つ。南無阿弥陀仏のお六字さま。どう生きてどう死のうと、「全部引き受けてあるよ」という如来の願いに遇い、御恩を思う人生です。
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