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では古代の日本ではどうだろう。 北伝仏教は朝鮮半島の高句麗・新羅・百済と伝播して、6世紀に日本へ伝来する。 既におわかりのように、これは仏像を礼拝する仏教である。大蔵経が一時に輸入されたわけではない。以前指摘したように、古神道は「崇める」行為そのものが帰依の実態であるから、トツクニの異形の神〈仏像)をお祭りして礼拝することが大問題となる。聖徳太子の時代である。 このとき高句麗僧から授戒して出家したのは、「善信」「恵善」「禅蔵」jの尼僧であった。これを「戒名」と見るのは妥当である。戒師いついて授戒し、得度して法(戒)名を名乗る。 では在家者はどうであろう。東大寺大仏造営における行基に戒を受けたのが、聖武天皇・光明皇后らである。授けられた戒は「瑜伽戒」と推測されるが、ここに法(戒)名が授けられて「勝満」「万福」とあり、女性の法(戒)名にわざわざ尼を入れていない。 このあと鑑真が来日して、戒壇を設けて、正式な戒律を僧侶に授けることとなる。そこで焦点は、在家信者への戒名・法名の授与へと移る(続) |
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