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まっかな秋 薩摩忠
まっかだな まっかだな
つたの 葉っぱが まっかだな
もみじの 葉っぱも まっかだな
沈む 夕日に てらされて
まっかなほっぺたの 君と僕
まっかな 秋に かこまれて いる
まっかだな まっかだな
からすうりって まっかだな
とんぼのせなかも まっかだな
夕焼け雲を ゆびさして
まっかなほっぺたの 君と僕
まっかな 秋に よびかけて いる
まっかだな まっかだな
ひがん花って まっかだな
遠くの たき火も まっかだな
お宮の 鳥居を くぐりぬけ
まっかなほっぺたの 君と僕
まっかな 秋を たずねて まわる
青空がぬけるように高くすんでいて、夕焼け雲はどこまでも茜色に輝く。次第次第に冷えていく日々に合わせて、自然の美しさを感じるのが十一月でしょうか。空の赤が、映しだされたように柿の実にやどり、やがてそれは私たちの「いのち」の紅さを知らせてくれるのです。 仏教は「今」を問います。この「今」に至る「いのち」の流れを過去世からずっと受けている「今」であると教え、私の「今」が未来を創りだすと、私を貫いて遥かな未来を照らし出し導くのです。そのとき、私は全ての「いのち」とリンクするのです。気が付けば仏と育て上げられる道をすすんでいる私となっている。
「南無阿弥陀仏」の仏さまは、遥か昔に成仏なされ如来となって、あかあかと現在にはたらき、私を浄土へ摂めとるとこの世へ私を還される。この広大無辺かつ休まれることのないお慈悲のはたらきを、「めぐみ」と信知せられるのが、「阿弥陀=アミータ=無限」というお名乗り。名は体を表す、名体不二の南無阿弥陀仏といただくことであります。
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