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Ⅱ 秋のピエロ(『月光とピエロ』より) 堀口大學
泣き笑いしてわがピエロ
秋じゃ! 秋じゃ! と歌うなり。
Oの形の口をして
秋じゃ!秋じゃ! と歌うなり。
月のようなる白粉の
顔が涙を流すなり。
身すぎ世すぎの是非もなく
おどけたれどもわがピエロ
秋はしみじみ身に滲みて
真実なみだを流すなり
『月光とピエロ』は堀口大學の最初の詩集である。私は、住吉高校音楽部で男声合唱の課題曲として、合唱組曲としてこの詩に出会った。作曲は、「日本合唱の父」と言われる清水脩。大阪市天王寺区の真宗大谷派・佛足寺出身である。真宗では、「恩徳讃」の作曲家として高名であり、楽譜等音楽出版を開拓した人でもある。
さて、この詩は『月光とピエロ』の2番目の詩。「泣き笑いしてわがピエロ」とは、私生児として生まれたフランスの詩人、アポリネールを指す。ピエロは顔を白塗りにして「とれない仮面」で人前に出る。マルセル・マルソーは、それによって「抽象的概念としてのヒト」を演出したが、ここで堀口は生い立ちから恋愛、戦争で被害を受けて傷心の日々を生きてきた詩人の内面を隠して絶えた姿をピエロとしたのだろうか。
月光がほのかに彼を照らしだす慈愛の光りだとしたら、月光の中でのピエロを描くのは、世間の眼差しからの孤独を抱えて一生を終えた彼への哀惜であろう。そこで踊る孤独に共感し、それをこそ人生だと、堀口は歌ったと理解したい。
後の詩で「コロンビイヌ・ピエレット」と称されるのは、画家のマリーローランサンで、二人の悲恋はフランスでは有名なお話。堀口は、既に別の男性と結婚していたローランサンと、外交官の父の縁でスペインで出遇う。彼女は堀口に、アポリネールの作品を紹介するのである。これによって、フランス文学者が一人誕生し、後の日本を代表する近代詩人・文学者と育ち上がっていったたわけで、感慨深いことである。
この組詩の最後で、ピエロとピエレットはずっと踊り続ける。秋は黄昏から、落ちた夕陽と入れ代り月が顔を出す。月は太陽で見えない時もあるけれど、必ずそこにある。闇を破って悲しく美しく人を抱く。ナモアミダブツとは、そういう如来のお心である。旧暦の十五夜がくる。
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○十月のお朝事 午前七時半〜八時半 お賽銭 毎土曜日 正信偈
七日(行譜)、十四日、二十一日、二十八日
☆十月は常例はありません。
○十一月の行事
☆常例法座 十二日(日)午後一時〜 安方哲爾師
寺カフェ 午後三時〜 五〇〇円
☆アンテナ・ライブ 二十五日 午後四時〜五時
Two in One 神尾智子(Vo.)吉盛めぐみ(Per.)友澤秀三(Gut.)
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