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今日は古い檀家さんで法事。「檀家」っていう事は、一応ウチの宗派のお仏壇があり、坊さんにお参りに着て欲しいという要望はあるものの「祖霊信仰」しかない人をいう。
だから、お釈迦様の教えを聞く気はない。その人がどうしても母親の法事をしたい!といい、息子や兄弟にも招集をかけて無理にした感じの法事。
で、お経を読んだこともお寺にお参りしてお説教を聴いたこともない人が集合。そこで、それを確かめて「漢文素読→現代日本語訳」という勤行をする。そして法座は、話し合いにした。
いるんですねえ、今どきの企業戦士が。息子さんは「高尚な話はわからん。」といい「宗教を信じるのは人の自由だから、否定はしない。」といいつつ、毎日数字を追いかけてノルマ達成が生活の全てだという。思わず「お気の毒に」と申し上げた。ほんとに気の毒。きっと彼を支えるのは「勝ち組」のプライドだけなんだろうな。途中でリタイアした人なんて眼中にない感じ。死生観ならあるでしょ?とお尋ねしたら、「そんな事考える暇なんかない。」と返ってきた。「世界の少数派ですね。」と申し上げたが、「聞く気」はないらしい。でもね、転勤転勤で「仕事を辞めようかな」と思ったことがあるそうな。小説の世界にしかいないと思っていた人にリアルに会えたのでラッキーだった。
奥さんがいらしてたが、気の毒になった。奥さんは何か生きるってどういう事だろうとか、考えていらっしゃるみたいだった。何か熟年離婚になりそうな予感もありそうで、団塊の世代って「自己を見つめる」ってことができないんだな、とつくづく思ったよ。
本人には、これでいいのかなと思っていらっしゃるそぶりがあった。でも、今さらそうきちんと向き合う事がコワイんだろうね。お金と名誉が全ての人生。東京にはこんな人(アニマル?)がうじゃうじゃいるんだろうね。
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