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予定調和というのは、お西のお寺、特に別院などで一般的に語られるご法話のことでしょうか。それはそれでわかりやすくていいですね。ありがたいです。
信楽先生の姿勢に疑問はないわけではないものの、お西にとどまったからこそ、私にも伝わったということで、そのご苦労もうれしく思います。
方便、象徴として読み取る事は、お西のお寺でいわないわけではないものの、表現においては実体視的表現に終始することが多いようです。一般門徒が聞く法話の中身というなかにおいては、信楽先生の論調は、お東で、というならともかく、お西のなかでは、革新的、もしくは、稀有だなあと思います。
もう少し彼に続くひとが生まれるといいなあと願うばかりです。
できたら、同先生のもつなんとも憎まれがちなやり方を解消して。
「当たり前の誤解」など記事を重ねられたのも拝見しました。陰ながら応援しています。[ スマイル ]
2013/8/11(日) 午後 1:45
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スマイルさま
予定調和的とはこうです。「AといえばBとくるだろう」「多数がBならAということに価値があるだろう」「京都の教団内で、或いは龍谷大学内で、或いは学会内で、こういえばこうなるだろう」という枠組みの中にいると。
2013/8/11(日) 午後 5:33