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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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返信: 1837件

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      私たちが政治に参加するとは、こういうたゆまない他者への関心と言論での関与を行い、権力の行使にフェアネスを担保し、無用な憎悪を生まない解決を探していことです。決して、選挙で投票することだけではありません。より親和的により具体的に政治課題や社会課題に向き合い自己課題として生きていく人を育てていくこととシンクロして「市民社会」は立ち現れるものであり、どこかに「理想の市民社会」があるわけではありません。「こうあるべき」で裁く発想は、「市民」固定化し、人権と公共性を対立させるだけです。権力に新たな権力をぶつけるという発想であり、それでは「アサーティブネス・非攻撃的自己主張」を基盤とする、対話型のコミュニティを放棄することになります。沖縄の事例は、切迫した状況の上で先鋭化委した課題のp発露です。

      私たち浄土真宗の教えをいただくものの言う「報恩感謝の日暮し」から遠ざかっていくことになります。

      nazuna

      2016/10/21(金) 午後 3:11

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      > single40さん
      権力論はそのとおりです。しかし、アメリカでたびたび黒人への警察の過剰な対応が問題視されるのは、権力は必要であるが、主権者がそれを受け甘受することに、市民社会からの制限があるからです。ベネフィット論では、「より多い利益を得るから」、その反対に「私的利益を犠牲にしてもより多数や公的な利益を受けることで、結果として私益が増大する」という点で。人権論からは、個々の基本的人権を著しく犯すか否かで。それらを法的、社会的に判断して事例を重ねて、一定のルールを形成するこが、シビリアンコントロールです。

      nazuna

      2016/10/21(金) 午後 3:08

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      > 竹光侍2008さん
      残念ながら、「土人」は人類学という近代国家が形成されていく世界史課程で、仮定的に措定された人種」とか「民族」と同等のバイアスを構造としております。「土着の人」という構造ではありません。引用した第五回内国勧業博覧会では、台湾土人という定義で「吐蕃」が紹介され、南方島嶼の土人として沖縄人が展示されました。一方で自画像を描くとき、私たち「日本土人は」という使用法はほとんどありません。本州土人から「本土人」という表現が成立しかかっていたという考察もありますが、それなら四国土人も使用例が一定あるはず。つまり、土人表現は、「譬喩」と断定せざるをえないのです。

      nazuna

      2016/10/21(金) 午後 2:52

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      たぶんですね、警察とか(大きな声では言えないが)税務署とかは、「まつろわぬもの」を切り従えるのが仕事であります。人間は、他者を切り従えるとき、自分が上位にあると思えなければ、そんなことは出来ないものではないでしょうか。
      で、その権力の元締めである行政の長が、これらにある種の「お墨付き」を与えるのも、まあそうだろうな、と。
      私は、今回の問題発言は、そもそも権力とは「差別を肯定する仕組み」が内包されてるからだろうと思います。いわば「ホンネがぽろっと出てしもた」と。ほんらいの市民社会があるとしたら、そこに権力は必要なのかな?

      single40

      2016/10/21(金) 午後 2:23

    • 昭和初期頃まで「土人」は土着の人の意味だったのに、いつから差別語に変化したのでしょう💦

      私なども汚い表現➡大阪なイメージがあり、すんなり収まります😱

      [ 竹光侍2008 ]

      2016/10/21(金) 午後 2:18

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      エビ中もそうですが、作家に大変めぐまれていると思います。凄く冒険した曲と王道というか歌謡曲ど真ん中という曲がある。エピゴーネンで結構とそれを相対化しているという。次は曲について書きます。

      nazuna

      2016/9/28(水) 午後 1:52

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      ヒャダインの作曲は独特だなあ、と思っておりましたが、伝統芸能の作法が入っているんですね。勉強になります。
      私は「走れ」が好きだなあ。

      single40

      2016/9/28(水) 午前 11:59

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      2013からLV参加。2014からライブへ通ってます(笑)。こちとら、最高多くて300人くらいで、平均40〜50人の聴衆で説話です。彼女たちのドキュメント・ライブを観ると、負けちゃいられないと力を得ます。また、話すことや演じること、声と立ち居振る舞いで勝負する僧侶において、7万人を受け止めていく彼女たちの「腹」のすわりかたや本番での精一杯さは見習うことが多いです。

      nazuna

      2016/9/15(木) 午後 8:35

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      おお、nazunaさん、モノノフになられましたか(笑)
      私の友人にもいますよ。私も勧められていますが、まだ目覚めてません(苦笑)。
      まあ、でも、悪くない、かなー。うん。

      single40

      2016/9/15(木) 午後 1:10

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      白蓮教団は「定禅」ですから、やはり出家修行して成仏するというラインです。そうすると生身の菩薩やブッダが誕生する可能性があるので、そのご出家に従えば(善知識として仰げば)、在家信者も成仏できることになると思います。しかし大乗においては正像末という時代概念を用いるので、それに従えば、弥勒出世までは「無仏」となります。法然浄土教はこれを前提として、「無仏の時代を支える釈迦法が弥陀法である」と理解しているわけです。他宗と比較することはないのですが、経典理解からいえば、南無阿弥陀仏の称名が唯一行とあり、これを否定するには、浄土教典やその同系統である、涅槃経や般舟三昧経や華厳経やら多数の経典を批判しつくすか無視するしかないことになります。無視したのがノーテキスト主義の「禅」と「法華一乗(ただし成仏のための論理は非提示)」による個人崇拝の日蓮宗です。

      nazuna

      2016/7/13(水) 午後 3:38

nazuna
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