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鯉は滝を上って、龍となる。我々は本願力廻向で「ブッダ」となる。
春 坂本遼 おかんはたった一人 峠田のてっぺんで鍬にもたれ 大きな空に 小ちゃいからだを ぴょっくり浮かして 空いっぱいになく雲雀の声を ぢっと聞いてゐるやろで
里の方で牛がないたら ぢっと余韻に耳をかたむけてゐるやろで
大きい 美しい 春がまわってくるたんびに おかんの年がよるのが 目に見えるようで かなしい おかんがみたい
五月には母の日。母の日を思うと、春の詩だが坂本遼のこの詩を思い出します。 『お鶴の死と俺』は、十二歳の妹が死に「仏になっとるお鶴よ許してくれ」と、妹が世話をしていた牛を売って旅費にして、六十歳の母を故郷・加東に残して神戸へ働きに出るという詩。 残された母を想う心を、哀切に描いた詩がこの作品。もちろん、これらは虚構であるけれど、遼は、貧困にあえぐ多くの名もなき農民たちの心を代弁していった詩人であった。 五月五日の「子どもの日」は、遼の命日「たんぽぽ忌」でもあるのです。子が親になる大悲、其の中で生かされていく南無阿弥陀仏の不思議に感動する日々です。 |

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