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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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6月

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        かたつむり


          でんでん むしむし かたつむり
                お前のあたまは どこにある
                つの出せ やり出せ あたま出せ
 
                でんでん むしむし かたつむり
                お前のめだまは どこにある
                つの出せ やり出せ あたま出せ

一気に夏めいたこの頃です。これから雨がふる季節となるのでしょうか、今年は、台風も早く発生して毎日の気候の変動にふりまわされそうな感じがします。
 「ふりまわす」といえば、実は私たちが、仏様をふりまわしています。先日も「仏壇じまい」に参りました。同居の家族はないままに、親が亡くなった。子どもは嫁に出て、あとつぎはない。おすまいの家は処分。で、お仏壇も処分、となります。これと同様に「墓じまい」の御縁も増えております。家族が合掌し勤行する御縁としてある、お仏壇やお墓。けれどもそれを私が「手を合わす御縁」「お釈迦様の教えに遇う御縁」「自分自身の生き方を見つめ直す時間」と、受け止めていなければ、お仏壇は「死の箱」になり、生きていくのに用がないとされてしまうのです。
 それは生者の勝手な都合。こちらの都合により、或いは「霊」というたり「魂」というたり。在るものとされたり無いものとされたり。抜いたり入れたり運んだり帰ってきたり。あげくのはてに、憑いたり祟ったり。依るべきブッダを我儘に言い散らして。自業自得で、地獄へ向かってまっしぐら、でなければいいですね。そんな私をアミダさまは、お前の還る世界となってぴったりとはりついて離れんぞと、仰せになるのです。でんでんむしを見ると、如来の御恩を思うことです。

今月の行事
 十二日(金)午後二時〜 永代経法要 足利孝之師
 二十七日()午後二時〜 聞法の会 新説親鸞聖人伝5 住職
 御朝事 六日・十三日・二十日・二十七日 午前七時半〜



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尊師・赤松 以下の話と反対の僧侶さま

「ええまず、やはりええとこへいくにはええ名前をつけなければなりませんな。標準的なら30万、いっそうええ名前なら50万。特別なお方には100万というところでしょうか」

いや、これぐらい言わないと普段、仏とも法とも思わず、教団寺院僧侶に布施(寄付)をする、あるいはしようという心すらおこさぬ不信心なものが、簡単に「成仏できる」と思うていまうでしょうが。だから言うのですよ。


死んだひとのためというたら、反論できませんからね。初七日から七七日の中陰に百箇日。年回法要と、死者を成仏させるために、しっかりとお経を読んでもらわんとだめです。何?葬儀の後集まりにくいから、初七日は葬儀にかねて? 満中陰法要も集まりにくいからお骨上げで兼ねて???

「けっこうけっこう。しないよりまし」「その分のお布施も上乗せします。そりゃあたりまえでしょう」「どうせなら7回分のお布施をいただければ全部まとめて葬儀の日に終わらせますが」


いやいや、これぐらいのことを言わんと、「お寺を支えよう」「教団のメンバーだ」という意識が育たん! 「〇〇宗の信者です、と名乗るのはおこがましい」ありさまだからねえ。方便、方便。


 葬儀は人間社会で形成された文化。その発生から今に至るまで「人の死」を巡るさまざまな感情や推測(死者そのものではなく生者に投影された死者の意志や考え)が葬儀の場や時間において支配的である。

「何かをもって、生と死に断絶した関係を修復したい」「死への嫌悪や厭悪から、断絶した死者を取り戻したい」、これらの複合発展で「死者にアプローチし、死者からもアプローチできる」関係性を担保することが可能である」という思念に至る

中有における中陰思想と七日参り、追善という発想は、このようなところから生まれ維持されている。だから自らを、断絶された側、生者の側自におけば、自然なことでもある。

ところが、体系化された宗教は、他者の死を取り込んだうえで、「自らの死」をこそ問題にする。死の側に想像して身を置くのである。それは紙の裏表のように、つまり人生について、生きることについて体系でもある。他者の死を語りながら自らの生をとらえ直すというのが、妙味なのだ。

さて、追善や追悼や慰霊たらという宗教行動の心情は常に他者を問題にしている。なので死んだ人のことが中心の言説を説くと、それが皆をそっちへ縛り付ける。

煩悩肯定、自力肯定。阿弥陀仏の本願力廻向はどうでもよくなる。ってことを毎日宣伝している真宗僧侶は、自らの臨終を迎えた時どこへいくんだろうねえ。
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人は死んだらどうなるか?

わかりません。だって死んだ人から「死んでみたらこうこうやった」と

聞いた人いる???

ああ、中には「私には死んだ人の声が聞こえる」として、ああじゃのこうじゃのいう人いますね。

でもそれは、私の判断において、本当かウソかは、わからないでしょ。

そいうことは「言わない」。無答にするのが 仏教です。

ああ、これ仏教徒のコラムですからね。

念のため。

だから、人が死んだときに、お坊さんにお経を読んでもらっても、祈ってもらっても、何をしても、まったく無根拠です。直接関係がない。

だから、お釈迦様もおっしゃってです。

「修行者は葬儀にかかわるな」と。

じゃあ、呼ばれたら葬儀にかかわるのは?
方便であり、勝縁といただくから。

そうでないなら詐欺をしにいくことになります。



5月31日 午後6時半〜大阪学ぶ会の例会を開催します

僧侶なら誰でも参加できます

課題は、『以下の話を「因縁」「例話」として、五段法で原稿を作りましょう』

讃題→法説→譬喩→因縁→結勧 が教科書です。


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課題「こんなはずじゃなかった!」
 私は「天王寺楽所 雅亮会」という団体で雅楽を学んでおり、チンチン電車に乗って四天王寺まで通っています。いつも帰りは午後10時ごろの電車の乗るのですが、秋になりますと乗客のほとんどが、小学生とその保護者で満席になります。どうやら進学塾の帰りのようです。今の子どもはこんな夜更けまで勉強させられるのかと思っておりました。マンガも読みたいだろうしゲームもしたい。テレビも見たかろうに、ようがんばるなあと。するとあるお母さんが
そういう私の思いを見越したように
「今がんばって良い中学校に入ったら、将来楽になるのよ。だから今がんばりなさい」とお子さんにおっしゃったのです。果たしてそうでしょうか?
 翌年の秋、またチンチン電車でこの集団といっしょになりました。すると今度は、
「今がんばって良い高校に入れば将来楽になるからね。だからクラブ活動よりあなたは勉強をがんばりなさい」とおっしゃっておられました。やがて、大学へ入れば今度は「じゃあしっかりがんばって、良い企業、会社に就職できるようにがんばりなさい」と言われるのでしょうか。さらには就職をしたら、平社員ではつまらないから課長を目指してがんばりなさい。土日を返上一生けん命はたらき課長になる。その頃には結婚をしますと、今度は妻も声をそろえて「お父さんがんばって部長になってね」。さあ、午前様になるまでお酒付き合い、休みは接待ゴルフ。こうして部長になると、家が建ち子育ての時期になる。妻から「お父さん、ちょっと聞いてよ。子どもの相談があるの」といわれても、「俺は仕事で忙しい」「俺が食わせてやっているんだから。お前が解決しろ!」仕事で忙しい、家庭のことは妻にまかせた、が口癖になるころ、最初の健康障害が起きる。血圧、心臓、腰痛などなど。入院するが、日頃の行いで家族の見舞も少ない。そんなとき今度は自分で「もう少しすれば定年だ。そうすれば楽になる。」そして定年。
 ああやっとだと、勇んで家に帰れば誰もいない。おーいと言いつつ部屋を覗くと妻子の荷物がない。キッチンへ向かうと妻机の上には離婚届けと退職金の半額の領収書。ああ、こんなはずじゃなかった!(T会員さん提供)

5月

       
  かわさき ひろし
                  木は遠足に行かない
                  木はしっこもうんこもしない
                  木は眠るのも立ったまま
                  木はくしゃみをしない
                  木はソフトクリームを食べない
                  ほんとうは
                  木は
                  口笛を吹くのかもしれない
                  泣くことだってあるかもしれない
                  一人ごとを言うのかもしれない
                  でも
                  木は木を切らない
                  そして
                  百年も千年も生きる


ぐっと気温が上がり、気が付くと新緑に囲まれている。お寺の庭も緑が鮮やかです。ネパールで大地震。お寺ごと多くの僧侶も亡くなりました。また熱心であるかいい加減であるかにかかわりなく、仏教信者も亡くなりました。縁が尽きればシャバから消える。お釈迦さまは、そのおサトリから「そうできている」ことを認識し、はっきりと示されたのです。そして人間はそれに背くので「苦」を受けるといわれました。親鸞さまもまた、この宇宙の法に反し我を立てて執着するのがわが身であると、感じ取られた方でした。詩人は屹立する「いのち」として、木をとらえ、それを切るものとして、自己をとらえます。その動かないと思える「いのち」が、「いのち」としてしっかりと豊かにはたらいていることを憧憬するのです


五月十二日(火)午後2時〜 常例 「新説親鸞聖人伝4」住職

 

  三十日(土)午後5時半〜 午後6時40分〜 帝塚山音楽祭

       「わたなべゆう」 アコースティックギター・ライブ 2ステージ  前2500円 当3000円(一日券全ライブ入れます)

 

お朝事 二日、九日、十六日、二十三日、三十日 朝7時半〜

 

住職出講 

 三日   三田市光澤寺北摂組総代会研修  午前10時〜

 十四日  伊丹市・最光寺永代経 午後2時〜 7時〜

 十五日  伊丹市・最光寺永代経 午後2時〜

 十七日  名古屋市・有隣寺省念忌 午前9時〜

 二十三日 香芝市・西光寺常例 午後2時〜 7時〜

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