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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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「救済」への不審感

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「竹取物語絵本」から「火鼠の皮衣」

若い頃から、先輩諸氏の真宗解説を読ませていただく度に、ノドに小骨が刺さるような感をもったのが、「弥陀の救済(きゅうさい)」という表現である。

直観的に「キリスト教っぽい」ということと、語感自体に明治維新以降の「文明開化」の風潮の中で、漢語や漢語からの造語で使われるようになった、翻訳語の匂いがしたので、胡散臭かったのだ。

そこで、後付としていくつか調べてみた。管見であるが、三部経には「救済」はないだろう。

親鸞さまの用語としては「権化の仁、斉しく苦悩の群萠を救済」であるが、これは「くさい」と読ませる。御本典「化身土巻」末の「魔王波旬星宿品」引用部分に、「汝、四種の衆生を救済すべし」とあるが、これも「くさい」であろう。

既に読経や読経者研究において、官制では繰りかえし「漢字の漢音読み」を正式とすると訓令されるが、一般庶民は民間で伝わった「呉音』読みを捨てなかったと考察されているから、「くさい」であろう。

つまり用例としては、「救済(きゅうさい)」はやはり近代以降の用語であると判断する。

では、次に課題となることは、この新しい表現と親鸞さまや元祖の理解等に、ズレがあるのかないのかである。

そこで字義に戻ってみよう。

「救済」の「救」は、「裘」かわごろも、からとった音と「攵=攴」という字義でできている文字で、攴は「手でうつ」という意であるから、皮衣を手元に引き寄せる、まとめるというのが字義である。ここから広げられて「手元に寄せてかくまうたすける」というイメージとなってきた。

一方、「済」は「濟」で、「齋」はでこぼこをなくすならすという意であるから、水量を偏りなくする意となる。

そうすると、「救済」は、「全ての人にお慈悲が偏りなく平等に与え、自らの御手許(浄土)へ寄せてたすける」というはたらきの姿を、阿弥陀さまにおいていただいているという意となる。

しかし、これは「偏り(不平等)を受けている=被差別意識や劣等感」「我が力で及ばない=無力感・絶望感」に苛まれる存在があるからこそ、「救済」を言い説く必然があるのであって、仏願の生起において、聞く人が「我が事」として聞いていくというイントロデュースがないまま、ひたすら「救済」を当たり前の如く使用ですれば、客観的事実としての「救済」を述べていることになってしまう。

教学的にはそれでもOKなのでだろうか?これこそが「ありがたやありがたやの押しつけ」と批判される根元になっていないだろうか?

「機の問題」や御本願のはたらき所を捨象して、普遍として「阿弥陀様の有り難さ」を説くところに、私の違和感の正体があったといえる。普遍ではない。普遍なら言わずとも法華一乗を軽視し自力修行を否定することになってしまう。

そうではなく、この時代のこんな私にこそという、愚にして粗な私が、落ちるしかない私だけが、おめあての仏道であるという構造の中でこそ語られるべき「救済」であろう。

あたかも自動的にそうなるように、保険のように、受け取っていく話じゃない、というところが私の違和感であり、どうしても「救済」を使うべきでないという答えである。

☆とある日にお説教したあと、若い僧侶から「先生、阿弥陀さまの救いとは何ですか?」と聞かれて、反射的に抱いた違和感から始まっ立論です。違和感をを抱えながら私は「南無阿弥陀仏」です、「お六字」ですね、とだけ辛うじて回答しましたが。ずっと「なぜそんなことを聞くのだろう」という疑問がぬぐえませんでした。どこかに「弥陀のすくい」というものがあるわけないじゃん!という感じでした。







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組織モデル 参加レベルによるドーナツ型組織を目指す。出入りが緩やかであるほうがいい。

続いて2008年の通信から

5.宗教心を取り戻す。念佛の相続を!
 
 もともと真宗のお寺は「念佛の道場」です。住職一家の自庵(家)であるという面よりも、同じ信心を喜ぶ同行の「集会所=道場」でありました。
 ですから、メンバーがいて成立するものであります。メンバーが確定すればできれば月に1回くらいは、お寺へ来て欲しい。それは無理であったとしても大きな行事には寺参りをする習慣を家庭で持って欲しい。これが真宗の伝統です。江戸期已前の親鸞教団、存覚教団、蓮如教団、そして一向一揆教団の、一味同心的結合による活動が、伝統なのです。


 そのような歴史や伝統を軽視し江戸期や明治期に作られたものを伝統だという軽薄さ、宗教的寛容という名分で「人生をどう生きるか(死ぬるか)」を考えたり学んだりする習慣を失いつつある日本社会の行く末に、一石を投じたい。
  そこで、教団・お寺・門信徒を一から定義しなおし、新しい関係を作りましょうと提案したのが、当寺のいう「会員制」なのです。自立した個人によって選択しなおしていただけるお寺・教団であろうという努力を僧侶側が行い、自立した個人として選択していただいたメンバーには、メンバーシップに基づいた行動をとっていただき佛教徒として大いにその力を教団内外で発揮していただきたいと望みます。そのような意識された努力が無ければ、「信心の形骸化」はどんどん進むでしょうし、これからは現状維持でも精一杯な日本社会において、経済的価値に代わる価値観を提示しなければ、ますます非人道的な状況が生まれ、「生きづらい社会」となっていくでしょう。
  
6.壽光寺のめざすもの
  壽光寺では、イベントと法座を主たる活動とします。それは教団の活動である「基幹運動」とリンクしたものです。
 これは、参加したい人は誰でも参加できます。「無宗教の人」「他の宗教団体に加入している人」もOKです。資格制限なしなのです。これが第一条件ですから、参加者が相互に排除することを厳しく禁止します。信頼関係を前提に、「誰でも入れて拘束されない」、つまり新しい参加者はいつでも大歓迎であるという態度が、壽光寺のメンバーには要求されます。
 
 門信徒会員資格は、なっていただくことで、いくつかの特典を受け念佛者意識を高めていただく手段と考えています。ですから、個人の意思で誰でも会員になれ、辞められます。
 特典をあげますと、まず第一にお寺の施設を利用する権利資格です。不特定多数の人に貴重品を含む宗教施設を貸与することはできません。そこで「会員資格」を条件にしました。また、宗派や教区、組やお寺の出版物を無償配布される特典もあります。さらに、境内墓地・納骨堂の使用についても一般の方とは違う配慮をします。
 
 次に意識を高めるとは、「どこのお寺でも坊さんでもええわ」というのではなく、壽光寺の僧侶を派遣してもらい家庭で法座(逮夜参りや年回法要等)を行う中で、このお寺の『メンバー』や「寺族」と人間関係をもってお付き合いをしよう、このお寺の「メンバー」や「寺族」を通して、仏教や浄土真宗のみ教えを学ぼうという「選択意識」を持っていただけるかということです。選んでいただいて「会員」になる壽光寺や住職一家のサポーターですね。そういう関係でいましょう、なりましょうというお互いの意識を踏まえて「壽光寺の門信徒」と呼びたいということなのです。
 
 もちろん「門信徒」は同時に『浄土真宗本願寺派』という教団のメンバーです。この教団は教区・組という単位で布教活動をしますから、「壽光寺門信徒」は、大阪教区の『門信徒』であり西成組の「門信徒」であることになります(皆さんも是非そう意識していけるようになってほしいのです)。
 
 何か大層な話のように聞こえますが、それでは何か義務があるのでしょうか?いいえ、直接的な義務はありません。
 実は毎年、宗派分担金・教区費・組費をお寺名で支払っております。それは皆さんの通常のお布施から、支出しています。既に、皆さん方の財施が、浄土真宗を広める為に、宗派・教区・組で使われています。改めて集金されることはありません。
 それよりも、努めとして、浄土真宗のみ教えをしっかりと聴聞されて、親鸞さまの道を共に歩む同行になられることを求めます。さらに、その道があなたお一人ではなく、子や孫などの家族に受け継がれていくことが、本当の幸せ、人としての喜びになっていくことを願います。
 
 「門信徒会員」よりも、少し自覚的で基幹運動を実践していこうとする意思意欲のある方は、1ランク上の会員「壮年〔婦人〕会員」をオススメしています。これは壽光寺のイベントや行事の積極的な参加者として、或いは主催者になって、浄土真宗のみ教えを学び広げていく活動をするものです。
 また、門徒式がわりの「仏教徒としての歩みを意識する帰敬式(おかみそり)」を受式し、生前法名を授受されることを奨励しています。これによって、個人の自由意志で参加できる体制とともに、より深くより詳しく浄土真宗のみ教えをいただき主体的に活動する人々が育つ「生きたお寺」を目指しているのです。
 
 
7.入会のススメ
 
 僧侶・門徒は役割の違いだけで同じ「親鸞門徒」です。希望すれば誰でもが真宗僧侶になれるのに壽光寺の門徒さんから僧侶が誕生する例が戦後1件もないのはとても残念に思っています。現在、門徒相談員を目指してお三人の方が研修中です。これは嬉しいことです。
 住職一家も学びをつみます。皆さんと共に社会に開かれたお寺を運営し、浄土真宗のみ教えを世界届けていきたいという思いに、少しでも力をお貸し下さい。それが、入会していただくことなのです。
目指している個人モデル
 念佛を喜びつつ(仏教徒として)「報恩業」として、様々な社会貢献活動を行う(日常的にどんな人とも縁あれば連帯していける柔軟性と、差別を意識し内省をもちつつ仕事する)個人をモデルとする。多くの人と共に支えあって生かされていく人生を、阿弥陀仏による「成仏への道」と味わいつつ育てられていく人生と受け止めることを共同原理は「弥陀の廻向を受ける喜びの信知」と「人間の限界性(差別を喜ぶ己の罪業)の信知」にある。  
 
 
※基幹運動とは
①門信徒会運動 信心を中心とした人間関係による教団を目指す、宗教性の回復運動
②同朋運動   教団や門信徒を外側から見つめて、社会の中での人間関係や社会関係に様々な「差別」があることを意識し、それを超えていける人間関係や社会関係を目指す運動

8.御遠忌に向けての短期取組(省略)
ふりかえれば、まだ理念優位で、実践的ではないが、現在も継承される骨格はおおよそ示すことがきていると思う。
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会館「じゅげむ」全景。鐘楼が併設されている

2008年、親鸞聖人750回大遠忌を記念して、お寺に門信徒会館かつ「ライブハウス」を建築することとした。私が住職としてできる最大の事業となると覚悟して。

お寺の本堂を使っての「落語会」「コンサート」はできていたが、本来本堂は宗教儀式の場であり、真宗法義の聴聞の場である。これは崩したくない。


また、現在の本堂は天保時代、「大塩平八郎の乱」で、焼けたあと、12世住職諦聴がその生涯を縮めてまで、再建した本堂。大阪空襲をくぐり阪神大震災を経験し、痛みやゆがみも現れている。

しかし、地縁がなく商都大阪の旦那衆に支えられてきた、江戸から明治の壽光寺ならともかく、地域を離れ都市流入してきた門徒さんの「葬儀依頼」をつないで、月忌参り収入として行く現状のお寺である。「私のお寺」と「お寺の護持をすることが義務」という門徒さんは、0である。老舗の総代さんでも、地震後にお寺が大丈夫かどうか見に来られることは、残念ながらなかった。

父の代でのお寺づくりが十分でなかったからだが、それを批判していても始まらない。そういう現実を踏まえて生き残るお寺をデザインし実践するしかない。

また、ウチの娘たちを観察するに、父や私のように年収500万以上を他所で稼いで生活費を自前で供給できるほどではない。すると、今後、木造の伝統的な本堂を新築することはます無理である。

だから、新築する会館は本堂代わりになる機能が必要である。

こうして、お寺のコンセプトを明らかにして、初めて「寄付を下さい」と頭を下げて募金した。その際に出した文書を上げておく。

生硬で固く今ならもっと焦点をしぼって、わかりやすく書くだろうが、基本姿勢は変わっていないので。長文だから、いくつかに分けて掲載する。

「壽光寺とは−新しいお寺を求めて」―親鸞門徒へのあゆみ―
20084.1 住職 釋慶典

0.20054月、壽光寺は「檀家制度」から脱却して、お寺のメンバーを「会員」とする会員制のお寺になりました。

 

1.檀家制度とは、江戸期にできた制度で、①民衆の間にキリスト教が広がることを禁止したい、②寺社勢力が政治に関与しないように制限を加えたい、③町や村の治安を維持し秩序を守るために、居住地・職業・社会的役割(身分)の3点をセットとして把握したい、という役割を担いました。村でも町でも、家に仏壇をもち葬儀などの際にはその宗派の儀式をきちんとやること、またお寺と交際し、お寺に貢献することが義務付けられました。地域で共同墓地に墓を所持し葬儀に際しては隣組で協力して執り行うことで、相互の宗旨を管理しあうことが慣習となりました。

 お寺もまた、「本山−末寺」という上下関係で組織され命令系統のもと、逸脱を許さない制度にありました(本末制度)。結果、全ての民衆が必ずどこかのお寺の檀家となり、仏教への関心があろうがなかろうか、はたまた個人として信心があろうがなかろうが関係なく、「○○宗の信徒」として教団に組み込まれました。結果、布教努力をしなくとも一定数の檀家が確保できるようになりました。宗派の違いはあれど、お坊さんは民衆を管理し地位も向上しました。

 真宗は、それでも蓮如上人以来の信心を絆とした講や門徒集団・僧侶はあって、あくまでも「仏法聴聞」の道場としてお寺をとらえ、また「信心決定」を第一義として江戸時代も活動を続けました。決して、儀式に傾斜して「念佛のみ教え」を形骸化し「宗教的実践」をおろそかにしたわけではありません。

 

2.明治維新になってこれらの制度は廃止されましたが、明治政府は「仏教に代わって神道、それも国家神道」に同じ役割をさせようと考えました。「総氏子制「祭の復活」「神官の配置」等々の神道優遇策がそれです。

 全ての寺院活動を停止させ、僧侶の還俗(一般人への復帰、肉食妻帯の公認)を指示し、院の地位は低下し神社がクローズアップされました。

 しかし、西洋社会との接触により「信教の自由」を認めてキリスト教の布教を解禁せざるを得なくなったこと、さらに仏教やキリスト教とは違って神道には「文字化された共通の教義」がないこと、また「穢れ」意識により死亡から埋葬までの葬祭に神官がかかわれないことなどから、寺院や僧侶を政策的には排除できませんでした。

 檀家制度のもたらした「葬式は寺で」「我が家の菩提寺」という意識、さらにその奥にある「人生観・社会観」としての佛教の根の力は以外に強靭でありました。各仏教教団は、この困難な新時代に、佛教復興の教学を準備しましたが、「僧侶」たちの中には、世襲化・特権化した地位を失うまいと、汲々とするばかりのものもありました。。

 急激な近代化西洋化が進む中で、教団も国家主義へと傾斜し、東西本願寺はもまた、個人の救済よりも国家目的に貢献する方向へと教団運営を行いました。結果、佛教界は「国家神道」と習合し、明治憲法国家に対して迎合・服従していく方向を辿ります。それは、個々の人生を支え導く「仏教」本来の有様から目を離し、教えを必要とし支えを求める大衆から遊離していく路線でした。

 そのような有様は、1945年の日本の敗戦まで継続し、十五年戦争時には経典の記述や祖師・上人の言説を封印削除し、「聖戦の完遂」「敵を倒す」ことを奨励する教義を説きました。

 

3.戦後、占領下で「キリスト教文化」や「アメリカのプラグマティズム」が様々な言論と生活文化の中でもたらされ、新憲法では「信教の自由」が保障されました。理屈の上では、個人が自由に信仰できる社会となりました。

 檀家制度はとらえ方によっては、より深く民衆の生活とかかわり共に学び共に喜び悲しみ生きる教団やお寺になりうるものでした。おかげで、浄土真宗はむしろ江戸期に飛躍的にお寺を増やし門徒を拡大し、教学や教育機関も発展し、決して宗教的な停滞期ではありませんでした。しかし、制度にのみ寄りかかり既得権を振り回すようであれば、「人生を如何に生きるか」「何を支えとして生き、どのような社会観世界観を持って共生社会を発想できるか」を学び考え語り支えあう教団お寺は生まれません。

 バブル期を頂点とする高度経済成長社会、共同体社会から利益誘導社会への変換は、家族を細分化し職住分離を促し、冠婚葬祭を日常から遠ざけました。仏壇や神棚を置く家そのものが減少しつつある昨今です。そういった状況の中で一般門信徒と僧侶の間の乖離が深まっています。

 「檀家」といいつつ全く宗教的知識や教義への理解、仏さまの信心に、関心のない人、つまり葬儀や法事のみのかかわりを求める檀家。そのような習俗上のニーズで生活費を稼ぎながらも、意識だけは高邁な教義の世界に生きる僧侶。21世紀を迎えて、世界全体が情報ネットワークで緊密化していく中で、以上のような歴史的矛盾が意識されるようになってきました。

 
 

4.現代における、教団・寺院への不満

 

 それをもう少し具体的に上げますと、以下のような不満が、多くの「檀家」が、お寺や教団、僧侶に対して持っていると思われます。

 

①お寺に関する様々な費用・会計明細が不明瞭でやたらと高額に思える(葬儀費用や法要費、戒名代など)。

②「檀家」ということで、お寺の修理代や寄附が機械的に割り当てられて払わねばならないこと。

③場合によっては、それが地域の慣習となっていて個人の意思で拒否できないこと。できたとしても地域生活が実質気まずくなること。

④お経は読むが説法をしない僧侶。一方通行の布教。わからない方が悪いというような態度。

⑤衣食住に一般水準以上の『暮らしぶり』をする僧侶(日曜ゴルフでベンツ乗り放題)。

⑥お寺の門はいつも閉まっていて、お寺で何かをすることがない。また開いていても敷居が高いこと。

⑦お寺と仲良くしても、寄附をつのられる不安は増えてもどんなメリットがあるのかわからないこと。

⑧今の生活の中で、お寺やお坊さんと交際する必要を感じないこと。

 

等等。皆さんにも思い当たる節はありませんか?

 

 浄土真宗は在家教団で昔からお寺は街中にあり、僧侶も家族をもっていましたから、宗教的な自立度は高いお寺や教団でした。それでも、都会では、家族は細分化し既に教団のメンバーであるという自覚は薄れています。

 メンバーシップが育成されないままに、外からの目でお寺や教団を皆が見るようになっている。いいかえれば、教義や信心が継承されず「檀家であるが信心信仰はない」という状況、あるいはその正反対で「葬式や法事さえ引き受けてくれればそのお寺である必然性(檀家である)がない」という状況が、お寺をとりまく現代であると私たち分析しています。そしてその責任の大部分は、お寺や僧侶にある以上、お寺の側がアクションを起こさないと何も変わらないと考えるのですがいかがでしょうか?

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仏教精神として素晴らしい。しかし「返せ」という相手は直接的には米国であろう。
それを「日本帝国主義」であるとするのは、すりかえである。もちろん、「東京裁判史観」である。戦争を始めた「日帝」が悪いと。悪くないというつもりはない。しかし、戦争が外交手段であった時代いおいての「戦争」は、双方の外交的な駆け引きの結果でもある。現代史研究として、別の選択肢があり得たかどうか、シュミレーションはこれからである。

2000年代前半は、いわゆる月忌参りと年回法要の財施がお寺の収入源となっていて、これは現在でもそうである。ただ、これを「双方向お法施」とするには、法事のスタイルを変えないとダメだった。月120件、1日あたり4軒の訪問。そこで一軒あたり最低30分として、月忌の勤行は「正信偈六首引き」と「御文章拝読」として、親鸞聖人と蓮如上人の声がひびくようにした。

法事は追悼色を払拭して、「聞法・念仏相続の勝縁」とはっきりわかるような、表白と勤行から讃題を引いた「法話」で1時間とした。これはいっしょにお勤めといっても、しれてくれない、そして称名が後ろから聞こえてこない、という実態をふまえたもので、とにかく「門徒意識」を得ていただくことから、と案じたからであった。

大阪は空襲でやられたので、地縁が切れている。さらに、戦死・戦災死・戦争影響死と「異常死」が大量に起きたため、「死者祭祀」という意識が生き残った人々の「宗教意識」の中心であった。

「死者を祭祀することで送福・追善する」というのはリクツではなく、「異常死」した肉親・知己への感情であった。

だから、稲城和上に「大阪の人間は仏壇を死人の入れ箱にしてしまっておる。なんちゅうもったいないことをするかぁ!!!」と叱られて、「そうだそうだ」とうなずきながらも、死者祭祀を担当していただく檀那寺、という江戸以来の慣習に支えられた社会の側の受け取りと、教えを説く側とのギャップに、現場の住職は悩むこととなる。


この「追善送福」路線は手強い。なぜなら、私たちはずーっと後ろめたいから。

現在のトランプ米政権と安倍政権の有り様を眺めればわかるだろう。

あれだけ「日本自主防衛」「核武装する」「基地はいらない」「自主憲法制定」等、過激主張を繰り返してきた、安倍応援団「日本会議」が、「日米同盟堅守」という安倍さんや「トヨタはアメリカに投資しアメリカ企業の一員だ」と媚びる「TOYOTA]を、「国賊」といわない、批判しない。

私たちは「親族・同朋を空爆で大量虐殺したアメリカ」にしっぽを振る「ポチ」だ。

だから、「東洋文明と西洋文明は必ず衝突し、東洋が勝つ」「米英に代表される欧米植民地主義に対抗して、帝国がアジアを開放する」という「正義の戦争」である、と戦い死んでいった仲間に、まっすぐに顔を向けられない。

「神様」と祭り崇めて、我々の不甲斐なさに首を垂れるしかない。

こういう「鎮魂」の感情や論理が「国是」となっているのが、戦後日本社会の底流であり基調である。

しかし、このリアル遺族層が、全て死に絶えていく。戦後70年。19の息子を失った夫婦は100歳を超えて數えるほど。戦中を生きた人々も80〜90代。

この時期こそ過渡期であった。すなわち、「死者祭祀を合理化し市場経済の商品化していく」時期であった。

そこに路線転換のチャンスがある。

ここで、壽光寺は檀家制度の廃止を宣言し、「会員制」とはっきりうたうこととしたのである。



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          勇気を得た書でした

うして新たな方向性を抱えつつstartした壽光寺。
この時期には組の役員をし、教区の機関運動本部の委員会にも所属して、主として教員側で蓄積されていた「部落解放教育」や「歴史認識」それから「参加体験型の教育」を、宗派の方へ提案し始めた頃だった。

共産党と社会党の立場の分裂と、解放運動側の分裂によって、政治的社会的に混沌として、一般大衆の生理感覚から遊離してしまい、「差別」「反施別」「解放」というような言葉が手垢に染まってしまった中で、経済的優遇措置がなくあったあとの「運動」。

さらには、其の中に「ジェンダー差別」や「障害者差別」そして「外国人差別」と、「差別者退治では解決しないフェイズ」が生まれてきた。

政治レベル社会レベル心理レベルでの「人権保障」、という概念が要請される。それは同時にどのような「対立点」を有しているのか、その対立を隠蔽することが、「差別」ではないのかという、新たな問題を照射して、日本における議論や言語文化の有り様、さらには地域コミュニティの形成と崩壊、その維持という小社会の様相、そして家族や家族史が無効化される市場経済の支配と進行などが、全て関係性のある世界として視野に入ってきた。

世界的なイスラム圏国家とキリスト教圏国家の対立緊張(実は政治利権であったり、パイプライン建設という経済的利益問題であたりする)やユーロ誕生に至る融和の方向とが、同時進行するという世界史状況とリンクする問題の階層化と複雑化を目の当りする時代がきた。

それはIT革命と同時進行で起こり、結果、いよいよ釈尊と提示された「世界は全て連動していて誰しもがその外側ではいられない」ということが、より多くの人が実践的に実感される時代になった。

時代感覚として「仏教が要求される時代になった」と現在も感じるが、当時の宗門や仏教界の空気は、ゆるゆるな感じ。創価学会や幸福の科学という新興第宗教集団に於いてすら、「除災招福」レベルが中心で、権威の象徴のような「本部」「支部」ビルを建てるが、自らの宗教を拡大することと世界情勢がどうリンクしどう有効化というような考察を示さず。

そういう中で2005年、『お寺の経済学』が生まれた。http://1000ya.isis.ne.jp/1498.html

カール・ポランニーやモーリス・ゴドリエらの「経済人類学」が示す、市場経済以外の経済活動を寺院という場で展開してきた歴史事実(網野史学でも指摘されてきた無縁化からの貨幣経済)、キリスト教圏での教会の果たした社会的役割というものを照射する考察など、読みながら「そうだそうだ、そのとおり」「それが私がやろうとしていることだ」と、大応援団を得た気分であった。

そこで早速、著者の中島隆信慶大教授にコンタクトして、研修講師として大阪へ来て講演をしていただいた。けれど、残念ながら他寺の住職方の関心は薄かった。

しかし、10年後20年後、お寺が潰れていく時代が来て、さらには「選ばれるお寺」「捨てられるお寺」を社会や政治の側だけでなく、檀家・門徒そして一般大衆から選別されるだろうという予想をして、そこで「選ばれるお寺」「社会から必要とされるお寺」をハード・ソフトの両面から構想していた。現在に至るまで、この方向性には揺るぎはない。(ただ、日本全体でいくと、有難いことに我が宗派は、教えの力、その歴史と伝統で、都市部以外では、旧態のお寺で十分機能していることもこの6〜7年の布教体験で知らされた嬉しい事実であるが。それにしても、政治学や経済学を踏まえないと、過疎と地方棄民問題には僧侶は対抗できないと考えるけれど)

2005〜6年の2030年の予想
①個人・社会を支える「生きた教え」として「真宗」は、世界からニーズされている。だから、習俗に載らずとも「まっすぐに仏教・真宗を説く」ことで、よりコアで多くの支持者をえることができる。時代はホンモノ志向。
②しかし、それには、一定の大衆性のある「表現」が要請される。いわゆるPOPな芸術芸能ジャンルでプロとして通じていくぐらいの力量のある宗派やお寺の「パイロット(水先案内人)」たるプロ僧侶、スター僧侶を育成する必要がある。
③その舞台は、お寺に限らない。むしろ都市的な場へ進出ししかけていくことで、内から外へと宗門を開いていく。これが活動の柱である。より大衆的な展開を築きうるということである。
④しかし「マス・メディア」に乗るということはイコールではない。露出は消費される。特にTVは限定され矮小化されてエネルギーを失う。それを承知で利用しされるルーツである。

そしてそのときお寺は、
①公益法人としての価値、つまり市民国民がいつでも入ってこられて、恩恵を受ける空間として機能する。奈良京都の観光寺院の如くであるが、そこでのパフォーマンスはあくまで、現在的恒常的価値が優先されることで、差異化される。すなわち「個」が漂流するなら繋ぎとめるアンカーとなり、制度や因習に縛られて「個」がつぶされるなら軛を断つ利剣とな利『自由』を描く。そういう場が寺。
②具体では、建物や庭園や歴史遺産が一般に無料で開放され、定期的にイベントがあり、地域文化や芸術や芸能が行われる場であり、市が立ち等価交換や贈与、互酬という「市場経済」でない経済活動が行える場であり、その宗派宗教に限らず多くの宗教や哲学や社会科学、そして百科全書の如くに、あらゆる先行知見を提供する営みが可能な場であることである。ただし、規模は小集団に規定され大量消費を行わない。
③真宗僧侶はそも在家僧であるから、サンガの活動は土日に限定されていい。即ち上記の理想のお寺の運営主体は、寺族ではなく門徒であるべきである。すなわち、真宗寺院は門徒の道場であるから、門徒がそこを利用して地域文化地域芸術地域経済を断仕上げ支え発展させていくのである。このとき住職や法人役員たちは、そのファシリテーター(活動支援者)である。
④僧侶は道場の管理人夫婦としての報酬と個々のファシリテーターとしての報酬を受ける。現行の「葬儀」「年回法要」「墓地管理」など「死者祭祀」は継続して行うが、それはパートの一部となっていくべきである。
⑤この場合、対象地域を巡回したりできるアクセスを有していればよいので、平日は近所で門徒に雇われてpart労働や社員をしていても差し支えないし、むしろ素晴らしいこととなる。
⑥お寺は、憩の場、出会いの場、学びの場、楽しみ(遊び)の場、として地域に根付いていく。

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