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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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「行ってきます!」と声がひびく。日の出とともに始まるセミの声を打ち消すちから強さ。クーラーなしのベッドの上で、タオルケットをかぶってもう一眠りしよっとと努力してたオレ。でも無理だあ。にじみでる汗がしぼれるほどべちゃべちゃのシーツを握り締めて起きることにする。文さんはお仕事か、と思いつつトイレに向かう。

階段下で文さんが靴をはき出かけようとする気配。送ってやろうかと思いつつ、はたと気がつく。今日は5のつく日やんか。

「ねえねえ、文さん。今日はお月さまですかお日さまですか?」「はい。お月さまの日です。」エガちゃんがカレンダーのマークを確認しているのである。花王石鹸のマーク(古っ!)がちゃんとついていると夜勤。文さんのお仕事先は「大和寿司」さん。夜勤と日勤があるのだけれど、文さんの言葉ではお月さまとお日さまになる。

「なら、まだ早いですよ。ほら、お日さまが登ったところですから」エガちゃんがゆっくりと話す。「あのお月さまの日です」これは文さんのちょっと困った声。降りていって事態収拾をはかるかと思い、いやこれはエガちゃんに任そうと思い直す。5のつく日は不思議と「大和寿司」の夜は混む。五十日(ごとび)といい関西ではこの日に決済が行われる伝統的な慣習があるんだが、その影響かどうかは知らない。とにかく、文さんは今日は夜勤であるから、午後二時から十時の勤務のはずである。

文さんがこのお仕事を始めて十年以上になる。養護学校の高等部を卒業し就職先が見つかるのは、社会的な適応能力が高い生徒に限られる。だから、文さんがお役所的な意味で「障碍」者であることを承知して受け入れてくれる就職先は、それなりに厳しい条件をつきつける。接客できるのか、仕事内容をどの程度理解できるのか、さらに心身の病状が客商売に差し支えない程度のものなのか、等である。

確かに、普段は大人しいが何らかの条件で急にパニックになることはある。昌子さんやペピちんは見知らぬ人に対する警戒心が高いので、無遠慮に身体に「触られる」と、大声をだしたり暴れたりする。そういう事がないのなら仕事をあげますよ、というのが企業の態度である。だがね、オレたちでも知らない人にいきなり抱きしめられたり腕を掴まれたりしたら暴れるでしょうが。ベースの運営者としてこういうことを辛抱強く説明せねばならん事はよくある。

文さんが生まれ育った町からこのベースに加入したために、今まで雇ってくれていた寿司屋さんで働くことが不可能になったので、仕事先を探すことになった。歩いて30分以内という条件で、寿司屋を訪ね歩いて出会あったのが「大和寿司」。ここらでは知らない人のない名店である。名物の「大和巻き」を腹いっぱい食う、と言うのが当面の人生の夢である中学生は少なくない。

それは、辛抱強いオレが「文さんの仕事能力の高さと文さんがいかに穏やかな人物か」という説明を十数回くりかえし、こめかみの筋がニ三本切れかけてたときだった。もう今日は諦めていったんベースに帰ろうとしたオレたちの目の前で、ジャパンブルーの割烹着を着た兄ちゃんが、紺地に白抜きの暖簾を持って店から出てきて店頭にかけ、水を打ち始めた。その所作が美しくてオレは思わず足を止めてしまったのだが、文さんは何を思ったのかスタスタとお兄ちゃんに寄って行った。あれれ、これまでずっとオレの後ろで「お願いします」とだけ頭を下げ、後はにこにこしていただけやったのに。どうなるやろ。

「あの、ボーそれ好きえす」と文さん。
「へえ、そうなんか。水まきたいんか」「はい」「ならやってみ」
おいおいえらい簡単やなあ。
「ありがとえす。」と文ちゃんはバケツと柄杓を受け取り、とっても楽しそうに水打ちを始めた。とたんに兄ちゃんの顔色が変わった。
「あんた」オレ?「そうあんたや。この人どこかで修業したはったん?」「ええ、まあ。修業と言えるかどうか」「あんな、絶対ここにおってや。ええか、すぐ戻るから」
兄ちゃんはあわてて店中に姿を消す。文さんはご機嫌で仕事に熱中している。水が好きなんか、水まきが好きなんか、なるほど。オレは心の中の引き出しから文さんのカルテを出してこうつけたした。この間わずかに1分未満できれいに打ち水された。
「文さん、それお店の人に返そか」と文さんの手から空になったバケツと柄杓を受け取り、店の戸をあけようとしたら、向こうからがらっと開けられた。鬼瓦?わ、大将やんか。TVで見た事のある「大和寿司板場頭、町田町蔵」その方と鉢合わせ。びびった。思わず身を守ろうと前に突き出していたオレの手から、さっきの兄ちゃんがバケツと柄杓を受け取る。こころなしか青ざめてるぞ、兄ちゃん。

「こいつか」「はい」鬼瓦が文ちゃんの顔と道路を交代に見る。「ナメ」と低い音が鬼瓦からもれた。文さんが「文です」とにっこり。なんのこっちゃ?ああ名前を聞いたんかと思ったときには、文さんは二人に両肩を掴まれて店の中引きずり込まれてガシャンと戸がしまる。いかん、トラブル。

順を追って説明せんとヤバイなあ。確か〈浪速テレビ〉の番組「若手料理人寿司バトル」とかで、アボガド寿司の向こうを張ってパパイヤマンゴー寿司を作った職人の頭を、ゲンコツで殴りつけて「半端な仕事するぐらいやったら目かんで死ね」と怒鳴り、再起不能にしたはったなあと思い出しつつ、おそるおそる店に入る。

「あ、あの彼はその少し常識に欠けるところがありまして、何かお気に触りましたら、オレいや私がおわびします。すんません!」とりあえず頭を下げる。

「文さんよ、どうや。」「おいしいえす」「そうやろ」「こっちはどうや」「これもおいしいえす」
「そうかそうか」「ほんなら包丁変わってみ」「はい」

え、何。オレって無視されてる。頭をあげると、正板一枚の磨きあがったカウンターの向こうで、文さんが包丁を握っていた。横にはさっきのお兄さん。前に鬼瓦がどっかと坐っている。その後ろにジャパンブルーが5人ほど直立不動。どういうこと?

まな板の上の切り身。文さんの顔つきが真剣になり包丁がキラッきらっと光る。ヒラメの薄作り?すごいやんか。
「もうええ。」鬼瓦が軍団を振り返る。「文句ないな」「ハイっ」と一一斉に返事。さっきの兄ちゃんがにっこり笑う。
「文さん、いや文」「はい」「時給800円で8時間。週のうち二回は夜勤あとはランチタイムにつく。詳しい事は池元に聞いとけ」そういうと鬼瓦がこっちを向いて「あんた、誰」とようやく言った。

気を取り直して、オレと文さんのことを説明すると、鬼瓦いや町田さんは「気ぃ悪ぅせんといてや。ウチは誰でも時給から入る。半年同じレベルの仕事ができたらそれから正式採用やから」と頭を下げられた。恐縮するオレに「ま、今日は入店祝いや」とカウンターに入られ、文さんとオレにTVでしか見たことの無い寿司を握ってくださりお土産に「大和巻き」までいただく。何やらしたんが、文さん、様様やねえ。

その間に、池元から、これが最初に店前であった兄ちゃんで若手の教育係りでリーダー格だったが、仕事の詳細や勤務の詳細を懸命に聞きつつメモる。Kとらからも文さんには知らない言葉やわからない言葉があることも伝えたが、十年修業されてますから心配ないでと、笑顔で返された。

こうして、文さんの仕事先があっさり決定。後になって池ちゃんに、経歴も聞かず履歴書も見ないこの不思議な採用のことをたずねると「俺も同じです」と言われて二度驚いた。池ちゃんも若い頃ミナミでぶいぶいいわした過去があり、その後幾度かの別荘暮らしを経て普通の就職先は無いという状況になりからっけつ、ヤケになって「無銭飲食」に入ったのがたまたま大和寿司だったそうだ。

店に飛び込んで一番高いものを食うだけ食ってやると決意をして暖簾をくぐったが、今よりもっと怖い形相の親方がいてぎょっとし、次の親方の「いらっしゃい」の声が顔に反して、あまりにも優しくてあったかくて、一瞬足が止まってしまった。これはあかんと、回れ右して店を出て行こうとしたら、「そこに坐り」とカウンターに坐らされ「おまかせでええな」と最高の寿司を振舞われた。夢中で食べて最後の「あがり」を飲み、覚悟を決めて金が無いことを言おうとしたら、「時給500円。8時間で五日。まずは掃除から。寝床は二階の奥。先輩が三人。挨拶だけはきちんとしとけ」と言われたという。

「その日からずっとここにいます。」とは池ちゃん。アンタのことはわかったけど、文ちゃんの採用は?
「文ちゃんの水打ちに吃驚したんですわ。均等に水溜りができひんように薄く広く撒く。中々一朝一夕ではでけんのです。」
後は大将の目ですやろと、池ちゃんはうまそうに生ジョッキをあおる。奢りやけどアンタよう飲むねえ。それに串カツかって30本越えてまっせ。財布の心配をしながらオレは一級の職人というものを見直した。

こういう経過で、文さんは「大和寿司」に通勤している。年中無休の「大和寿司」では、休みは職人のローテーションでとる。文さんの場合はニ週に一日というペースだがこれももうすぐ正式採用になると変わるらしい。いづれにしでも今日は朝出勤ではないはずだし、文さんがここに来てからこういう間違いをしたことは今日が初めてである。

だからこそ、出て行きたいのを辛抱して、エガちゃんに任せてみるべきだと、回想を終えてオレは再度思う。

別の稿にも書いたが、かなりのボクシングフリークである。wowowのエキサイトマッチは今でも欠かさず見ているし、ボクシングマガジンも購入歴数十年である。

憧れではなくスポーツとして興味をもった。「なぐりあい」というレベルの西日本新人王戦お観戦から始まって、やってみようと思って親に隠れてこっそりとジムワークをしてみてつくづく感じたのが、酷なスポーツであるということと奥の深さである。

自分のパンチがとどくというとき、同一重量の相手なら相手のパンチもとどくということである。その距離というもの、それからリングという四角いスペース。空間と距離と自分の身体感覚。ところがそれを試合で発揮するには基礎体力が要る。そして筋肉の質も。柔らかい動きができるのかスピードがあるのか、様々な個人差や特徴がある。さらに。ラウンドマスシステムという採点がある。

ところが、それらに対して当時のジムや日本のボクシング関係者は「興行中心」であり、スポーツとしての分析力はなかった。ガッツ石松氏のコメントを聞いていると今でもそうか?とも思う。

強いパンチ力があろうと当たらなければ倒せない。また仮に当たったとしてもその衝撃を80%に和らげる技術や筋肉を相手が持っていたら倒れない。

技術とパンチが100のA対70のB対戦があったとしよう。結果予想はAの側の勝ちと大方は予想する。ところが、Aの側の維持力が50で、Bの側の維持力が80であったなら、12Rまで進めば5000対5600で、Bの側が勝利する。

またところが、その最終12Rで判定勝ち目前のBにAのやけくそで振り回したフックが入るということだってある。

選手たちは実にそのような100%の担保がまったくない形で最後まで闘うのだが、人間の自意識と実際の身体感覚は意識とズレルことが多いから、それを客観的に観察しながら的確なアドバイスをする存在、「セコンド」の力も結果に対して重要である。

さらにゲームプランをもとに必要な準備をするトレーナーの仕事、また大前提としての選手の身体能力さらに心理を理解し支えるメンバーも必要。つまり、チームで闘うことになるのである。

スポーツとしてのボクシングとはそれほど繊細で身体的にも頭脳的にも最高のレベルを求められる。日本のジムにはこのバックアップ部分やチーム機能が低い。さらにボクシングを「興行」と原始的な「なぐりあい」のレベルでとらえたがる。

確かに単純ななぐりあいは素人にもわかるし、結果も派手であるから人気も集まる。別の格闘技だけど、曙をリングにあげたりするのをスポーツとはいわない。おそらく曙本人に関係者たちが何らかのマインドコントロールをしリングにあげたのであろうが、殺戮を見せるのをスポーツとはいわない。だから対戦相手に加減をさせたりするのである。そういうことが可能なのも格闘技の宿命なのであるが…。

とにかくマイスター・ミゲールカントのように、ボクシングというスポーツの本質を知る傑出した選手の存在がボクシングを深化させてきたことも事実であり、興行成立の可否というスポーツとは別の要素に左右される、実情からは仕方のないことである。

リングを降りる時には勝者と敗者。年齢的に30前後がピークだとされるこの世界で、40をすぎても賢くずるく勝ち抜いているチャンピオンもいる。そういうところが面白くまた考えさせられる。

少しは魅力を語れたであろうか…???

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