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3月19・20日と昼夜昼で三座・五席の御取次を、従弟のお寺(大谷派)でさせていただいた。 よく笑い欲泣いていただいた。講演形式であろうが高座であろうが、nazunaの御取次は五段法であるから、構成は変わらない。しかし、折角高座があるので「夜の一座だけは高座に上がらせて」とお願いして、節談を語った。 初めは違うネタを用意したのだが、従弟が「この高座に前上がってもろたんは30年ぐらい前で、祖父江省念師やった」というので驚いた。 なんでも、「すねいる」にもかかわったという住職(叔父)がお呼びしたのだが、当時はものすごいことになったらしい。出講のお知らせに対し、大阪教務所からもやめてくれという相談があったり電話でいきなり「どなりこまれた」ことも、一件や二件ではなかったらしい。で、当日、祖父江師は「前段では節なしでぼそぼそっと教学的なことを話されて、後段では『堅田の源兵衛生首』を思いくそ語られた」そうな。お聴聞の門徒は「ええなあ」と皆、大喜びであったという。 なんでそんなに、高座説教が目の敵にされたのか???であるが、「今は全く問題ないんとちがうかなあ」とのんびり従弟がいう。 で、祖父江師の後にnazunaがあがることとなった。そこで、不肖の弟子としては急遽「口伝の親鸞・出家学道の段」をかけることに変更。新作(21日に自坊でやるものを前倒しと思っていたのだ。正岡子規を因縁譚にしたもの)は結局、自坊出が初演になった。 当日は夜なので15人ほど。しかし、「懐かしくしみいるお話やねえ」と総代さん方が喜んで下さったそうな。節や展開は瀧川師やnazunaの研究を織り込んだもので、それでも40分の高座となった。「よばり」も試してみたが、祖父江師のよくとおるダミ声を思いつつ申し訳ないやら感激やらで、少しウルッときました。 従弟は「いづれは、祖父江佳乃さんにも来て上がってもらいたいなあ」と。 前回に少し学術的に書いたけれども、近代化や反差別の運動をもって任とする人の中には、全く空中戦しかできない人がいる。自前のフィールドとそれを客観化して批評する仲間を有しないタイプである。批判することで終わる、造反有理というものだけの人であるな。 反権力・反差別というのがスキ!というシュミの人もいるのであるが、反権力であろうというのは相当厳しい自己批判とともに正確な認識が必要なのである。 世代論として前にも書いたが、それをどう引き受けるのかが重要であって、実は批評行為そのものには直接の生産性はない。言論の徒であるnazunaがいうのであるから間違いない。 しかしまた、経論釈の表現を金科玉条にする人もいて、これまた「先師を検討するということはしない」ことが仏教の伝統であると勝手に思い込んでいる。なに、ヒンズーが密教という仏教づらをしているように、仏教だってその時代精神で再々リミックスされている。 誰かが何かをする、したことに憤ることはある(止み難き悪性として、ネ)。だが、それは私はこうなのだということとセットである。解放教育運動でおしえていただいたのは「全ての人と対等な関係を結ぼうとするものは、人の皮をむく(他人の過去や心にふみこむ)なら、自分がまず自己防御の皮をむかねばならん」ということである。児童同士生徒同士、生徒と先生、先生同士、「向き合い・剥き合う」ということでしかキズナは育たない。 言うたもん勝ちでは、仮説実験はできなくなり、様々な可能性を閉じてしまう。nazunaは、「絵本説教」や「ギター弾き語り法話」もやる。また、因縁譚の部分を「みんなで歌おう」とすることもある。メリシャカや迦陵頻伽などもあるし、人形劇の親鸞伝もええじゃないか。 メディアミックスの時代なんだから、形にこだわってはつまらない。要は内容が「仏徳讃嘆」「自信教人信」のレベルでどれくらいかということでの評価であろう。そこでは善し悪しがあるし、批評はあってもいい。 結局、今日まで法事も入れて都合、9席の御取次であった。いろいろ勉強になった。また、練らなければならないところもわかった。特に今回は自作のセリを法悦の部分、墓参りの日ではなく仏法聴聞が本筋という紹介のところで一遍上人絵伝の風景を描写するところで試したが、良かったといわれて嬉しかった。こういうのである。 ※太字は節後は語りである。 さて、大阪の彼岸といえば天王寺詣り。中でも西門には参詣の人々が群れ集う。悩みのある人のみならず障碍を持った人、さらに当時は不治の病とされたハンセン病の人々。乞食(こつじき)に僧侶。その日の食さえ怪しいものが、老若男女・貴賤浄穢をこえて集い、西に向かい沈みゆく夕陽を見る。沈む海とは大阪湾。ご讃題にあるように、生死の苦海と見ゆるなり。極楽の東門の真ん中を、真西にまっすぐ夕陽が落ちて参ります。鈍色の海が金色に変わる。 さて、今ここに大阪湾と申すはボウテイの海、チヌの海。淀川・大和川の水注ぎ込み、煩悩の嵐吹きぬれば、貪欲の葦は生い茂り、愚痴の汚泥渦を巻き、瞋恚の魚はねあがる。苦悩の姿そのままに、彼岸の陽はやかたむきて、水平線に落ちぬれば、苦海一瞬にして金色の浄土にかわる〜。ぱあっとこう泥の海がね金色になる。我らの祖先はみなこのさまをみて、「ああ私の帰る世界はあそこじゃなあ」「煩悩即菩提のさまじゃ」とよろこばれた。リクツやない。感性でつかまれた。だからこそ天王寺というお寺が今日まで栄えた。死んで行くとこが明らかになったという安心は、生きて行く向きが確かになったということ。生死は紙の裏表。まちがわさんの仰せとは、弥陀弘誓の船。さあ共にのせていただき、安養の浄土へ参ろうや…(略) いかがでしょうか。
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2010年03月24日
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