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(師に導かれて最初に購入した説教本。懐かしい) お盆というと、仏事のようであるが、仏事とはいいきれない。そのストーリ自体は、 釈迦集団の合同学習会、安居の最中に十大弟子の一人目連尊者が亡くなった母親の姿を探すと、餓鬼道に堕ちているのを見つける。喉を枯らし飢えていたので、水や食べ物を差し出したが、ことごとく口に入る直前に炎となって、母親の口には入らなかった。そこで、それが目蓮の苦になる。哀れに思って、釈迦に実情を話して方法を問うと、「安居の最後の日にすべての比丘に食べ物を施せば、母親にもその施しの一端が口に入るだろう」と答えた。その通りに実行して、比丘のすべてに布施を行い、比丘たちは飲んだり食べたり踊ったり大喜びをした。すると、その喜びが餓鬼道に堕ちている者たちにも伝わり、母親の口にも入った。母は餓鬼道から救われ目蓮は安堵する。
「仏説盂蘭盆経」というお経です。実は、このお経自体が中国成立のものであるともいわれ、単純オリジナル説からは「偽経」とまでいわれたりします。そこで、この説教が仏説か否かという観点ではなく、そのような「物語」としてみるならどのような面が浮かび上がるかと考えてみたいのです。 中国では既に6世紀において盂蘭盆の行事が、祖霊崇拝をともなって実施されています。盂蘭盆はウランヴァーナというサンスクリットの音写で、アップハンガー=倒懸と解される。すなわちさかさまにして吊るす拷問のすがたであるから、最苦を説いたといわれます。しかし、よくよく考えればどこかこじつけがましい。毎年の7月15日は中元節と春の清明節に祖霊に額づくというのは相当古い風習でありますから、目蓮救母の伝説とつながりやすいでしょう。しかし、それと仏教の「四苦八苦」が直結するとはなかなか思えないのです。 むしろウランヴァーナがイラン語のウルヴァンが語源であるという説の方が、十分うなづける。イラン語のウルヴァンは「祖霊」に近い意味合いですから、祖霊の再生の話としたほうがすっきりとおるのではないでしょうか。 東アジアの母性イメージは「観音信仰」に結び付く。西遊記しかりであり日本においても観音信仰は根強い。厳父慈母のイメージから「妙善公物語」など、堕地獄・餓鬼道の苦を代理受苦する「観音」のイメージがある。以上のことから、祖霊が母霊へと変形することは、中国においては必然であったように思います。 そこでものがたりは増殖します。目蓮の救母の物語に、その前生譚として、羅卜とその母の物語が用意されます。ここでは、子を救う母というイメージから既に、救われる母への転換が行われます。救う仏菩薩と救われる母。この二重構造によって、母は「真実の母(理想の母性)」を体現していきます。 ところが、仏教がわでは仏菩薩の優位を説く方向へ物語を導こうとする。したがって、夏の安居の最終日に諸僧への供養という救済のための行が登場すると思われるのです。 このような変性は、七世紀の中国、唐代というある種の大衆文化時代に、俗化されて変文していくと推測します。中国においてもやはり、朝廷の儀礼や皇帝の信仰あるいは宮中の行事のうち普遍性を内蔵していたものは、時代とともに広がりより多くの人々の心性にマッチするように変わっていったのでしょう。 またこの推測には、だからこそ遣唐使や留学僧などの中国文化との交流によって、仏教的なものとして俗化されたものも日本に持ち込まれた証ともなるのではにでしょうか。既に分化したものがいったん日本では中央集権的に集約され、再度、中国と同様の経過で日本化されていく。そのときには、民間で伝承された同一ルーツの物語も既に存在したでしょう。それらが、経「目蓮救母経」や御伽草子「もくれんのそうし」、説教節「目蓮記」となる。あるいは口寄せや祭文カタリ「太子の本尊」となる。また、「目蓮尊者絵詞」ともなり、さらには「口説き(石川・富山・大分など)」となって、現在では盆踊りに唄われます。 また中国では、「目蓮戯」という人形芝居になり引き裂かれた物語の民俗の側で生き続け、今では葬送儀礼の一部として行われます。また、法楽という形で庶民からの布施をつのるために寺院が行うイベントの中で、十大弟子の出家の物語を伎人演じる演目にもふくまれています。 さて、今回はこれらをすべて、「ものがたり」として見ました。ものがたり、すなわち、もの・カタリです。法説を絶対視すると、お経→講説→芸能、という単純な筋道しか見えません。聖から俗ですね。 目蓮の物語はそれを支持するでしょうか。nazunaにはそう見えません。歴史を以下のようにとらえmす。 全ての人が無意識に希求する「理想の母像」に支えられて語られ、「目蓮のものがたり」は、その設定やストーリが変遷されてきたと思われる。より感動的により盛り上がるように。そしてそれは、その受け手の有り様に規定されるがゆえに、ある種の地域偏差を当然のことながら生み、バリエーションを再生産する。経典もその1つである、と。 「俗情と結託」という言葉がこの項目のキーワードです。それが全てだと考えているのです。だから、この言葉を方法論的にとられていただいてはこまります。演じるものと見る者との共同作業であるライブパフォーマンスは、全て、(今のところは大きな仮説であるけれども)、あらゆる人間に共通する「感覚の体系・感情の体系」によって成立すると思います。そこからズレている芸能は、一時期隆盛をほこっても必ず滅びるのでしょう。この大系そのものは演繹的にしか記述できません。したがって、語られるものの内容屋表現の一部をとらえて「あまりに俗すぎる」という批判は、ライブ力を低下させる方向へとパフォーマンスを導きます。大衆性の喪失です。 今回は「目蓮の物語」をとりあげましたが、アジアにおける葬祭での「泣き女」の風習もしかりですが、それらがどの程度継続するのか、どのような心情によって支えられて存在し続けるのかを、きちん測定することは、「説教」を考えるのに大変重要なポイントとなるのです。
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2010年04月16日
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