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わーい。
大好きな噺が一日に、四席も聞けた
最初は、第一回の前座さんであった、笑福亭喬若さん。「時うどん」を達者に。
トップの仕事は、「席を温める」といって、客の緊張をとり寄席の空気になじませること。
くすくすわらいとともに、落語の芸にも心を配らなくてはならない。三喬門下の秘蔵っ子はさすがの腕。
また、この人、鳴り物が達者なんです。見えないところ(下座)でも大活躍でした。
すぐに、染二師匠。替り目の半ばから、御祝儀の「松づくし」の踊りに。新会館「じゅげむ」のコケラ落としに、色を添えていただいて、有難いかぎりでありました。
そして、ゲストの染丸師匠は「蛸芝居」 これも三番叟があるのでご祝儀ネタ。しかし、歌舞伎の素養は大したもんです。次の人間国宝候補であります。堪能しました。
この噺は力量も必要であり、nazunaが生で聞かせていただいたのは、米朝師・吉朝師・染二師と大師匠の4人。大師匠の所作は全部、シーンが浮かんできまして、米朝師匠よりも明らかに勝っておられました。芝居噺では群を抜いていますね。(つづく)
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2010年10月06日
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コメント(2)
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ここから怒涛の三作初演である、と計画したのはよかったが…。まあ、無理はするもんではなかったと。
詳細は最後で(泣)
9月26日(日)午後2時〜 お勤めは「観無量寿経」。満堂である。ありがたいことである。
説教は「夢の浮橋」。前からかけたかった内容。菱川慧学師のものから。浮のりの部分に「浄土の宝殿」を武藤師の脚色を参考に、甘党ずくしで。
師の原稿を生かしたいという思いの一つであったが、法悦・譬喩・因縁譚と、うまく積み重ねられて、セリ弁からおまけで「念仏数え歌」で締めた。
さあ、みなさん。助かる采女が助かったのではない。助からん采女が助かったのは関白有道卿のお慈悲の現れ。助からぬ采女をどうかして助けてやりたいといろいろ工夫をこらし御苦労いただいて出来上がって助かるようになったのが三十一文字のかの歌や。煩悩成就して助からん私どもをどうにかして助けてやりたい仏にしたいと五劫の間脂汗のご思惟され、御身削って御修業くだされ、衆生の助かるタネはわしが手元でしあげたぞ、どうぞ受け取ってくれとの弥陀の一念が南無阿弥陀仏のお六字さまや。昨夜みた有道卿と今日の有道卿、姿にかわりはないけれど今日の関白さまは私の命をお助け下された命の親、昨日拝んだ仏壇の仏さまと今日拝む仏さま、仏にかわりはないけれど、落ちる私を浄土へひきとりそれだけでなく仏と仕立ててくださるご果報と頂戴せしむれば、たった一人の命の親さま、下がった頭があがらんのはお慈悲の声がとどいたしるし。 ふりかえりみれば、仏法をおのが命の一大事と聞くことできずに今日まで、行方も知らずうろうろと彷徨い続けて六道輪廻。かかるいたずらものやとて、とどけおかれた六字のまこと向かうは花の浄土やぞーと、シャバの海原船出して、衆禍の荒波よそによけ、西の彼の岸指しゆかば、右は御恩の山高く、左はお慈悲の海深し、海よ山よと景色を眺め、南無阿弥陀仏と称えつつ、勇み勧める楽しさよ、何に喩えん乳飲み子の母に抱かれる心地して、寝るも起きるも御仏の、光の中に育てられ、不足なき身の仕合わせとは、さても嬉しや南無阿弥陀仏。
我ながらいい台本であると思う。これは何度もかけてみたい。 初めて聞かれた、設計者の文殊さんが「うまいことできてますなあ(構成が)」と、面白がられていた。
ごきげんな、スタートであった。
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