|
さて、内容の分析である。総体は「因縁譚」であるが、大変よくできている。原話を知らないので、物語の出典を示せないのが残念である。
講談・浪曲の中にはなさそうであるが、御存じの方がいらしたらご教示いただきたい。
ベースになっているのは、賽の河原の地蔵和讃である。そして、作者は念仏聖「空也」上人である。その話をする前に、物語の前提を言おう。
賽の河原というのであるから、賽の河、賽川が存在する。京都は桂川と鴨川が合流するあたりを指すといわれる。
一説に御所の西の離宮のある地域として「西院」という地名ができたともいわれるが、これを「さい」と読ませて、さい村の立花家の因縁譚として語られる。
現在、浄土宗・高山寺というお寺(栂ノ尾ではない)が、右京区にある。ここが「西院之河原」の旧跡であるとされる。
もともと京都の無縁の墓地・埋葬地であったといわれる。nazunaの見るところ、市中で流れた死体が自然地形として両河の合流点付近で流れが反流し、できた河原に打ち上がるということが多々あったのではなかろうか?
水害・事故。或いは、四条河原での処刑等々で、自然死ではない者を中心にして、中には死体処理として、川に流された遺体の処理場となっていたと思われる。
賽子(サイコロ)は六面であるから、「南無阿弥陀仏」を一字ずつ配せられる。「賽」の字義の話は次回にするが、とどのつまりは、最後の行き所としての河原が、京都に実際にあった、ということである。
それをベースにして、物語がリードギターを奏でる。そしてメインボーカルとして空也上人地蔵和讃(賽の河原和讃)が歌い上げられるという、構造になっている一冊である。したがって語りには、当然、フシがかかるわけである。
(続く)
|
過去の投稿日別表示
-
詳細
2010年11月11日
全1ページ
[1]
コメント(0)
全1ページ
[1]


