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『西院河原の物語』としての探索は進行中であるので、後述したい。
さて、最初に仏教説話のもっている問題を指摘しておきたい。この『西院河原』もそうであるが、一因一果が意図される。蛇を無益に殺生した→子どもに祟る、という構造である。それはそれで庶民にわかりやすいのであるが。
実際にはおシャカさまの思想では、複因複果を示す。縁起である。それを一因と受け止めていくのは「選択」であり、それを選択することそのものが主体性である。
ここに、「すべては過去のよって決定されていて未来はそれを受け取るだけで、どうああがいてもさだめには逆らえない」という単純な運命論を否定し越えていく道が明らかになる。
物語に即せば、
おりんは藤太の裏切りを怒り、熊野から西院へのりこむ。そして藤太と対決するが、男の甘言に騙されて新婚家庭の下女として同居する。しかし、夫婦に子どもができるによって、再びおりんの嫉妬心と瞋恚に火がつき、蛇形となって夢で夫婦を苦しめる。そこで、とうとう藤太はおりんを殺害することを決意し、「家を捨てて熊野に行きいっしょに暮らす」と又もや甘言をもちいて、連れ出す。
淀川を下り、渡辺津から四天王寺、熊野街道を下って堺に来ても、タイミングをのがす。やっと岸和田でりんを惨殺する。しかし、おりんは怨霊となって藤太を襲い、その腹に蛇身となってまきつき離れない。
この姿では西院村の妻子の基へは戻れない。仕方がなく藤太は、高野山へ上り出家となってこの因縁を絶とうとする。不思議なことに高野山へ上り、結界内に入ると、腹に巻きついていた蛇身が消えてしまったのであった。
このように、一因一果の形で展開するが、ここで近代の私たちは外部視点と内部視点を獲得しているので、物語を批評できるわけである。
すなわち、藤太自身が縁起の中から、自己の主体によって選択した結果、このような事態に至ったとみれば、藤太の責任でこうなった。おりん殺害で(因)が蛇身に呪われる(果)ことになる、という見方ができる。ナラティブではそうだ。
けれどもこれをおりんサイドから見ればまた、おりんの嫉妬心や瞋恚が因となって、自身が殺害される(因)となったと見える。
さらには、藤太のおりん殺害という事件は、藤太自身の放埓による勘当からであり、それはまた藤太幼児の際の父の無益な殺生が因となったともいえる。
一方で、「無益な殺生」という見方そのものい「有益な殺生」があるのかという問題、そもそも『殺生』をしない人間があるのかという問題がはらまれている。
この物語は、「モノかたり」であるから、話者と聞き手との間に成立する説話空間において、成立する感情がその基底となるべきであって、物語のスジからの論理的帰結はむしろ物語を成立させる骨組である。
したがってそこに仏教的な装いがほどこされれば、「仏教とは」という新たな「語り」を生む母体となる。こうして、仏法は無数の物語の連鎖によって、「仏教」となったいったのであり、それは歴史的必然である。
けれども、日本神話において、理由もなくカムヤマトイワレヒコによって追いやられるトミのナガスネヒコのように、追いやられるもの排除されるもによって、担保される中央性と正統性こそが、論理というものの中核である。
多因多果という、現在ではむしろパラレルワールドとしてSFのエクリチュール(批評を含む書き言葉)であるものこそ、シャカのパロール(話し言葉・説話)の特性であったのである。
そして高野山。こうなると物語の背景に「高野聖」の唱導を想定できるのではなかろうか。
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2010年12月07日
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