|
染二さんとのコラボも4年目になった。
当寺では、彼岸会に参って続いて落語を楽しむというパターンが、春と秋の年二回あるということになりますね(笑)。もちろん、公益法人ですから、誰でも入れます。これ、案外知られていないのは、見えない『檀家制度』にしばられるように思われるからでしょうか。
先日もご近所のマンションの方がご夫婦でこられて、「将来二人きりであるから、お墓を持つのはナンセンスであるし、永代供養?をしてくれるところを探している」とのことでした。ゆっくりとお話をうかがうと、実家の末の男子で家の宗教からは自由であって、特定の宗教に帰依していないとおっしゃる。
nazunaが「戦後の日本は『お墓』教ばかりでしたものねえ」と申し上げて、イメージとしては「家族のある家なら死後に誰かが自分たちのことを供養してくれるが、誰もないから死後の保障のためにお寺が永代供養してくれればいいと考えられた」ということでしょうか?とうかがった。
そいうである感じであった。で、かいつまんで、「仏弟子となること」の意味をお伝えし、「死んでからでは仏説は聞けませんねえ」というと、奥様の方がさわやかに笑われた。
nazuna夫婦よりもおそらく10年あたり上の世代。死生観というものはもたなくてもOKであった世代でしょう。
老後の年金や保険に入るように、どこぞのお寺にお金を積んで(それもできるだけリーズナブルに)死後をまかせておく。そのときに、葬儀をしてくれるお寺と戒名や法名をちゃんとつける約束、そしてできるだけ日常はお寺や僧侶とつきあわずにすむ、という3点セット。これがトレンド。
なんとなくこういう空気を教えていただいたことである。坊守が「好きな時に来て好きな時に離れていけますよ。ゆるゆるです」と申し上げたが、お寺の役が回ってきますか?との質問もあった。
自由意思で学び自身の帰依するものとして選択していくという、主体的な生き方は、こと「宗教」に関しては、等閑視される社会であり、時代。お寺の仕事は大変である。
そんな中でのセットイベント。これが仏教入門につながりますように…。
|

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用






