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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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砺波の郷土展

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昨年10月に、富山県砺波の「郷土資料館」で開催された展覧会。「真宗の説教者たち」である。
 
図録ができて、資料館から送っていただいた。有難い展覧会であった。
 
富山県は寺院の7割が真宗寺院。砺波ではその割合が8割になる。まさに、真宗王国である。
 
nazunaの評価によるトピックは、
①説教者個人の伝記が示されたこと
②能登の説教者系譜が作成されたこと
③一説教所(真寿寺)の説教記録が編年で整理されたこと
の3点であろう。
 
これによって、「説教」=布教実態が、立体的に理解できるようになった。
 
nazunaのお寺での経験は、勤行(法要)が30分〜1時間あって、一座二席でのお取次ぎ。一席が30分〜45分。間の休憩でお茶をする、というもの。
 
門徒宅での法座でのお聴聞という経験がない。それはつまり、聴聞のために僧侶を家庭に招き、ご近所に告知してきていただいて法座をもつ、という習慣が、nazunaお寺のご門徒からはなくなったということである。
 
今、二人の娘さん一家が時折、法要やお聴聞にこられるM家が、お二人のご両親が健在であった昭和30年代に「在家報恩講」として、法座を起てて下さったのが最後である。
 
葬儀であれ年回法要であれ、「法供養」すなわち『仏法聴聞』こそ、一大事という価値観や習慣を、私たちはいつ失ったのであろうか?
 
「法座のときは、感動しええ話を聞いたと思うていても、それが日常生活になったときには、忘れ去られる。この矛盾を超えるために、日常の中の念仏者を問い説いていく」と、戦後東西本願寺の主流は主張し続けた。
 
けれども、今の現実は「法座」そのものが減少し、日常生活の中で「称名」が聞こえなくなっている。
 
これを、古いものにしがみつく後進性によって改革が遅れているというのか、方向そのものにも問題があるというのか、で、今後の方向性は変わる。
 
そういうフォーラムを今こそ、持つべきではないのか。
 
などなど。過去を賛美するのではなく過去の姿から学ぶものをこの展示会は多く示唆していると思う。
 
 
 
 
……さて。
 
節談説教研究会では、アーカイブづくりも大事な仕事である。大学に依拠される直林師とはちがい、こちらは民間研究者であるから、古本屋周りから始まった研究である。
 
今回、これほどきちんと内容整理をされて、系統だった展覧会を企画実施されたことは、画期である。
 
宗派内でもきちんと研究されず、記録化もされず、歴史の彼方へ消え去ろうとしている「説教者」の記録。
 
この図録を通して、また考えることが明確になってきた。
 
このような資料発掘と保存を今やらねばならないのである。
 
さしあたっては、
 
①東保流のデータを、「東保の説教者たち」というくくりで、発掘保存すること
②調流について佐賀中心に九州の説教記録の発掘保存
③大阪・獅子吼寮の実態解明
④木村徹量、服部三智麿、宮部円成、など昭和に活躍した説教者の記録保存
⑤現存の説教者の系譜づくり
⑥そのた現存しない説教者の既存テープ(音声資料)や映像の発掘保存
⑦説教ネタの系譜づくり
 
などを実践していかなくてはならないと思われる。
 
 

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