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先先週の週末、節談の大会の前から、ゴマの様子を娘が気にしていた。
獣医さんに見ていただいたら、胸に腫瘍があるとのこと。
見るまに食が細り、ニヤーニヤーと娘を探す。
8日に再度検診していただいたら、注射器8本分、胸に水がたまっていた。呼吸が苦しくで眠ることもできなかったのだ。固形食を諦めて、流動食をとらせて一週間。
日曜に寝たままとなり、昨日月曜日に入院した。濃い酸素ルームで少し元気になり呼吸が楽になったと。やなせなな三のコンサートが終わり、今朝、娘が病院へ行くのを待っていたかのように、目を開き臨終を迎えた。
歴代の犬や猫は境内へ葬る。
振り返れば9年前のこのお盆に、境内フリーなお寺であるので、ダンボールに入れられて捨てられていたのがゴマだった。。口元にホクロがあり、ゴマのようでゴマ。娘がきちんと世話した最初の家猫となった。
何か嫌な経験があるのか、なかなか体を触らせない。だっこも嫌い。極めてわがままで神経質。娘が大学へ入り京都へ半年下宿したが、娘もゴマも離れ離れは耐え難かったのか、娘は再び帰ってきた。
それからは、子どものネコが大きくなるパターンであったが、ゴマだけは人にこびずなつかず。かといって家からは離れず外へ出せということもない。年中娘部屋で過ごしたのであった。
お念仏とともに埋葬したのであるが、人間の力ではゴマの痛みや主張はなかなかわからかった。お風呂のお湯を飲むのが好きで、それだけはnazunaにも要求し、飲ませてやったこともあった。
出会いがあり別れがある。シャバはそういうところであるなあ、と身をもって教えていただいた。
いくつかのショットで在りし日を偲ぶ。
ゴマは 優美な子でありました。
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2011年08月16日
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梵鐘の型 なんとなくカワイイ
大師匠・広陵兼純師、『日本の放浪芸』に収録された「加典兄弟」。
エミレの鐘ともいい、師の師であられる範浄文雄師の録音も残る。
広陵師の「ま紫の煙をはいた溶銅が〜」というフレーズを想像しながら、工場へ。
土と水で炭粉でこねられできた鐘の型。
さあ、どうどうどうどうと流し込まれる溶銅は???と見ると、ありました!!!
この窯の中で溶けているのです。1500度ぐらいの温度にしてから、1,200度にコントロールするそうで。
なんかこう、床上に通路みたいなのがあって、そこを真っ赤な溶銅がこうつーっと流れていって、地下の型にすーっと流し込まれるイメージは、妄想でした。
この溶銅を注ぐための入れ物、「坩堝大」ですが、ここには藁灰を敷かれる。これは大昔から変わらない技法。不純物を吸着するはたらきと、溶銅の飛沫を防ぐはたらきがある。
大きな実験室にいるようで、職人さんの作業にもわくわくします。
型の方には、炭粉をペイントして準備。順に積み重ねて、最後に上部のドラゴンの部分の型を載せて完了。
熱による金属の膨張と、冷却にによる収縮。これらによって、鐘本体に歪みやキズがおきないように計算され経験の中で継承されてきた細かい技術がそこにある。
仏教伝来とは「テクノロジー」の伝来であるということが、よくわかる。
経典には、紙と墨の技術が必要であり、また保存を前提とした保管の技術も必要とされる。
仏像には木造もあって、これには素材の選定から加工の技能、さらにはやはり保存の技術が、要求される。
これ以外にも、建築・建造のノウハウに、布・衣服の織りや綴り、鳴り物(音楽)に聲明と、ありとあらゆるテクノロジーが「仏教」という塊なのである。
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