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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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歌詞の保存研究と節の譜面化を進めた 保存会
 
さて、問題提起の②と③である。
再掲すれば、

②見えない状態の高座が、地上(ご門徒・大衆)に触れたときに、可視化されて竜巻となるぐらいの勢いやレベルをキープしているか
③そのための基礎構造を会が提供できているか(しょうとしているか)どうか。

小林顯英師は、『「臨終の法話」といつも思え』と戒められる。桐谷和上は「自身に聞かしめる如来の声」とおっしゃり、灘本和上は「ご本典(教行信証)を歪めることなかれ」とおっしゃられた。いづれも、nazuna自身のお聴聞の中での記憶である。
 
多くの善知識に恵まれてあるのは、「常例法座」のおかげである。祖父が住職となって現地に移転して以来、「月に両度」の常例を続けてきたことのおかげさまで、お聴聞が自然となった。
 
nazunaの少年時代では、渋川敬應師や小山法城和上、緒方秀樹師、雑賀貞浄師、渓間浄観師、そして梯実円和上である。大叔父の西王地寿真師は、「かずまのおっちゃん」であり、最晩年までお聴聞させていただいた。また、高座でのお説教姿がはっきり記憶に残っている師である。
 
10代で得度した直後から父の命令で「葬儀」や「法事」をまかされ、一座10分から〜20分の御法話をせよ、という場に立たされたが、「倶会一処」のお話が不思議と口にかかって、させていただけたのは、聞いたまんまを語っただけであった。
 
やはり、お聴聞につきるのではないか。法務につくものは、正直、時間と手間でなかなか自坊以外でお聴聞できない。②と③をかねて、「節談説教」を沢山お聴聞する、できうる場を設定する。これが大事であろう。
 
現在、会の中心は「セミナー」と「錬成会」である。これは非常に有難い。何せ、一日中お聴聞だ。また、自分の「高座」を多くの仲間に聞いていただき、お師匠からご示談いただける。
 
このうち、「錬成会」を地域で行えないかと、思うのである。その際、前述の「好み」に偏らないように、師は複数きていただく。会員相互の意見交流の時間を平座でとる。「錬成部分は伝統にのっとり師のご示談」で「会員相互はざっくばらんに意見交換する」という具合になればいいが。
 
 
その際に、中心観点は必要である。これはある程度客観化したいものである。たとえば、技術技能的には
・マイクなしでの声の通りと発声
・高座での作法とふるまい
・語りと節の混ざり具合
など。
 
そして説教内容については、
・五段法をふまえた台本づくり
・教学的な正確さ
・譬喩、因縁における用語や言葉遣いの検討
・高座に限定せず、「立って話す」形で節を抜いても、成立する展開内容
など。
 
これは、個人的な例であるが、議論すれば現在でもいくつかの共通理解は確認できると思う。
 
またそうすれば、「節談説教研究会」の、布教基準というものが、外部にも明示されて、④の各宗派内の理解へとつながっていくのではなかろうか。
 
以上、現在まで愚考した次第。
 
 
 
 
 

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