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最高の書物の一冊!
昭和29年である。うちのじいさまが、笙を吹いて付け楽で寺院収入を支えていた時、桂南天師が細りかけた上方落語や雑芸を、なんとか保持してつなげようとされていたとき、大辰(林屋辰三郎先生)さんは、こんな本を書いた。
そして、戦後の日本が「戦前」というある種の勁さと狭さを有した時代への否定観から、伝統文化の総否定に走る極端を戒め、同時にその狭さや勁さを、広く柔らかくそして深く地に足をつけてと、方向性を示された。
それは、歴史学とは民衆史であり、それは「地域史」「女性史」「被差別民史」という提起。
安保があり全共闘があり、解放運動においての同盟と共産党の対立があり、さらには女性解放運動がありフェミニズムの洗礼がおき、一方で「勁さと狭さ」への回帰があり。
結局、歴史学も社会学も、そして脱近代も、大辰さんの示された道が王道であることを証明しつつある。
1963年に芸能史学会を創立。同時期、小辰さん(奈良本辰也先生)とともに「部落問題研究所」で地域史・被差別民史を追及される。その後の活躍と業績はいうまでもない。
岩波新書であるから気軽に読めます。しかし、内容は濃い。50年以上前に、総論としては大辰さんが言い尽くされたのだと認識できる一冊です。
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2011年09月01日
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いよいよ秋(写真変えました)
無慚無愧のこの身にて まことのこころはなけれども
弥陀の回向の御名なれば 功徳は十方にみちたまふ
(親鸞聖人 悲嘆述懐和讃)
「淀川」と言う落語がある。もともとは説教だと思われるが、東京へ行くと「後生鰻」となる雑魚場近辺の「淀川」という魚屋。人前で魚をさばいて見せて売るという商売。今日も黒山の人だかりの中で、鯉をさばこうとしている。そこに通りかかったのが一人の僧侶。目の前での殺生はならんと二分と言う大金で鯉を買って、店前の新町橋からドボンと放してやる。魚屋は大金が入ってほくほく。次の日には鰻をさばこうとしていると又しても昨日の坊さん。魚屋は足元をみて今度は一両せしめる。坊さんはやはり新町橋からドボンと放してやる。三日目、シケで魚があがらん。あの坊さんが通ったら大金がまた入るのに残念、と思っていたら坊さんが来る。何か生きているものは、と探したら目の前に自分の赤ん坊。ええいそれを貸せと、赤ん坊のタタキをつくると言うと、坊さん血相を変えて「殺生はいかんというに、とうとうわが子まで手にかけるか。親ではない鬼じゃ」と、二両はたいて子どもを助ける。新町橋へ行くと坊さん、赤ん坊を川へドボン。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……。
笑いつつ、ふと考えさせられる。縁起とは、人やものと自分とのつながりをいうのだが。それを見失ってしまい「恥ずかしい」とも思わないもの、自分が自分だけで生きている、何でも自分の力で解決できるとするもの、これを「無慚無愧」と親鸞さまはおっしゃった。
大震災があり円高があり総理が変わるという国。けれども、ありとらゆる食材があり、世界中のお料理がいただける国でもある。コンビニ・スーパー・デパートにショッピングモールには人が溢れている。「淀川」の坊さんと同じことをしてしまっていないか?親鸞さまの自分を問うまなざしから、そう考えてみると背筋が寒くはならないだろうか。そして、無意識に重ねた罪の結果を背負って私は何処へ向かっていくのだろうか。
南無阿弥陀仏は、その私を引き受け満ち満ちて下さる真実、と聞くことである。
○定例法座 九月十二日(月) 午後二時〜四時 ご讃嘆 味府浩子 師
○秋季讃佛会 九月二十三日(祝)午後二時〜三時 ご讃嘆 住職
☆彼岸寄席 同 午後三時半〜出演・林家染二師他有料
○お朝事 九月三日・十日・・十七日・二十四日 午前七時半〜八時半
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