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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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石瀧氏の集大成の一つ ずっと待っていた書
 
 農民一揆は、進歩史観〈マルクス主義史観)では、反権力闘争であり人民解放の戦いであると持ち上げられた。
 
 政府や権力に反対することが是とされ、また、支配者はいつも悪であり被支配者は無条件で善となった。
 
 もちろん、これは歴史学の話ではなく、そのような歴史評価を現在の反体制運動や政治闘争においての優位性を主張するために、日本共産党や社会党が用いた言説である。
 
 実際の歴史家は、当然もう少し丁寧かつ厳密な議論をしていたが、とにかく資本主義は悪であり、企業は悪であり、自由主義・民主主義は過渡的でやがて放棄されるものであり、それらを守るように見せかけて、資本家とその手先である政治家が、権力と権益を握って、多くの人民を搾取しているというドグマが先行し、そのように歴史も利用された。
 
「部落差別」も封建遺制であり、それを温存した方が人民支配に都合がいいという勢力が明治政府を牛耳って、天皇制を作成維持して、「貴あれば賤あり」としてきたのであると。
 
 
ところがところが。同対審以降、解放運動の広がりの中で、部落にも天皇崇拝がありまた、女性差別・障碍者差別、そして朝鮮人差別があったことも明らかになっていく。
 
 
さらにさらに、明治維新後の維新政策に不安をもち、反政府運動として頻発する、明治の農民一揆(つまり反権力反政府一揆)が、解放令を受けて一般町村の住民と対等の付き合いを求めたり、そのような振る舞いをしたことを、「増長・生意気」として、被差別部落を襲撃して、家屋破損・放火・傷害・殺人を行ったという事実が掘り起こされてきた。
 
 
これを総称して「解放令反対一揆」としたのは上杉聰であり、上杉はこれをもって、江戸身分制社会の賤民差別から「部落差別」の転換期とする。
 
 
進歩史観が歴史主体とした「人民」が、「人民」を差別し殺戮するという事件をどう理解するか。これについて、運動家は答えをもたず「散発的な例外」として黙殺したのである。
 
 
播但一揆に関しては現在も、関係者の子孫があり加害被害が21世紀の今も、デリケートな影を落とし満足な取材や歴史記述さえできない状況がある。
 
 
一方、筑前竹槍一揆は、地元の解放同盟の活動や石瀧などの史料収集があって、いくつかの事実がフォローされている。nazunaは、石瀧の初期の出版物やこの一揆にかかわった七里恒順や大野義渓など本派僧侶の伝記などから、小さな事実を学び、考え続けてきたのである。
 
 
このたび、それが一冊の本とまとまり、手に入りやすくなった。同朋運動や人権運動にかかわっている人、かかわろうとしている人は、是非手に取ってほしい。
 
ちなみに、nazunaはここから、わが師匠、臼井寿光の「兵庫の部落史」全三巻に導かれ、江戸期の「かわた差別」は地域共同体(コミュニティ)間の利害関係および権力関係に依拠していること、その際それらが合理化されていく過程の中で、由緒〈歴史〉が持ち出されて再生産(言説の取り立て)されていくことを、学んだ。
 
 
明治民法下での部落差別は地域ではなく「家」「家格」という血縁共同体における利害関係と個々人のアイデンティファイの問題が、その中心となっていく、新たな差別であることが認識できたのである(だからこそ明治において、異民族説や蝦夷俘囚説などなどの言説が生まれてくるのである)。
 
 
このような部落差別へのパースペクティヴができたからこそ、地域共同体の核であった真宗寺院、お寺の由緒や歴史から、前述の地域共同体の関係性が読み取れまた葬儀や墓地の問題から明治から戦後の「部落差別」の実態を、把握することも有効であるという視点を得たのである。
 
 
言い換えれば、寺院関係や寺檀関係の中にこそ、部落差別の核があるということであり、それは、教学をいじることや僧侶や教団が社会運動に参加協力することでは解決しないのである。
 
 
もちろん、それらは僧侶個人の体験経験として、蓄積されるべきことであり、方向性のある仕事であるが、教団を変えていく作業は寺壇と寺院同士の関係を歴史的に考察して、そこからの解放を実施しなければならない。
 
 
かつて「穢寺」といわれた「部落寺院」の参り合いに、未だに同じまなざしに晒された同士でしか出勤がない事実。或いは、入寺関係(結婚や養子、養子養女相続)もまた、「部落」同士でしかない事実。或いは本末支配の名残で、未だに下寺の葬儀に上寺を招くことがハクであるという檀家門徒意識。ついでそのような地域意識に依存して、大坊や上寺に同等のはずの地域寺院が使役的に出勤している事実。
 
 
本願寺やその血縁寺院、由緒ある地域寺院の認証による「特権意識」をもつ、講組織や聞法会。或いは、寺院法座や講への参加制限などなど。
 
 
僧侶・門徒を含む「お寺」というものを、問題にしなければ構造的に再生産される差別を越えていく道はないと、いただくのです。
 
 
 
 

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