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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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聖徳太子像(真宗寺院には必ずある。親鸞聖人は「和国の教主」と仰がれた)
 
 
悲嘆述懐である。後世の人のためだけを思い、「人倫の嘲(あざけ)り」を、恥じないのである。
 
 
 
さて、世間では保守とか愛国とかいろいろ看板にする人がいる。
 
その分類によれば、nazunaはレフトなのであろう。
 
けれども、その方々の「適当さ」にはほとほと、参る。
 
 
 
 
きちんと言説をたてずごまかしているだけであるが、桜井某というテレビのキャスター崩れがあたかも論客のようにいわれる時代である。
 
 
 
司馬史観もしかりであるが、はっきりいっておく。
 
彼らは単なる時代錯誤者である。
 
なぜなら、明治維新エライ、明治体制万歳、で、薩摩や長州さらには明治天皇制によって利益をえた一群の論説をばそのままなぞっているに過ぎない。
 
 
天皇の葬祭一つでも、何ら合理的な解説の能力はない。以下は泉涌寺自身の説明であるが、これは事実。
 
「その後、応安7年(1374)1月、後光厳院をここで御火葬申してから以後九代の天皇の御火葬所となり、後水尾天皇から孝明天皇までの江戸時代の全ての天皇、皇妃の御陵もここに造営された。さらに明治維新の後は他山奉祀の歴代天皇、皇妃の菩提寺「御寺(みてら)」として尊崇されるようになる。」
1月6日新年御参詣
1月7日昭和天皇御例祭法要
1月11日英照皇太后御祥忌法要
1月17日新年御合祭法要
1月30日孝明天皇御例祭法要
4月10日昭憲皇太后御祥忌法要
5月17日貞明皇后御祥忌法要 表千家献茶
6月16日香淳皇后御祥忌法要 裏千家献茶
7月10日盂蘭盆御水向法要
7月17日盂蘭盆御合祭法要
7月29日明治天皇御例祭法要
12月25日大正天皇御例祭法要
12月29日歳末御参詣
泉涌寺の年中行事(2012現在)
 
この伝統についてどう説明するのか、「保守」をとなえるものに説明をもとめたい。
 
この天皇方々は、護国の神であるのか否か、神道側からの説明も聞きたいものである。
 
そんなに靖国体制がいいのなら、この泉涌寺を廃仏毀釈のようにつぶせばいいじゃないか。そして歴代天皇の御遺影やら位牌やらも、燃やせばいい。墓も掘り起こして改装せよと主張すればいいじゃないか。 
 
ところが自称、保守の論客たちは、そこまで徹底する勇気がない。だって、そこまでやれば聖徳太子も非実在の人物として、否定せなばならないもの。あなたがたの立場からいえば、「皇室を仏教化した元凶」でしょうが、太子は。 
 
でも、対中国対韓国において太子を持ち上げないと具合が悪いから言わない。
 
対隋の手紙は中国に対抗するには必要。憲法17条も必要。
 
けれど、その太子の仏教の師は、高句麗(朝鮮半島三国の一つにて、北朝鮮から満州方面に展開していた古代国家)の僧侶である恵慈であることは、言わない(このことは後日記事にする)。蘇我氏を天敵にすれば太子も敵の一部だが???
 
 
 
このように私たちは、正確に歴史から学ぼうではなく、都合のいいところを切り取って、自分のために使う。
 
凡夫のならいである。
 
そうなら、あまり、大きな顔をせぬことである。
 
後の時代を思うなら大人たちは以下のこの、宗教歴史問題をこそ、言の葉にのぼらせたまえ、とnazunaは言い置く。
 
 
 
 
もともと現在の神社および神道は、近世までの伝統を破壊してできたものであって、鎮守の社(もり)の伝統はむしろ一般大衆が共同体維持のメカニズムの中でかろうじで民俗として保持してきたのである。
 
キリスト教と権力の結びつきに憧れた維新派のバカどもが、天皇=神道の主として近代国家をでっちあげたものだから、収拾がつかなくなった。
 
調子にのって、朝鮮半島や樺太島、台湾島、中国大陸、南洋諸島と、神社を作った。
 
そのシステムが敗戦により否定されたものだから、簡単放棄。まあ思い切ってキリスト化しようかそれもしょうがないなあと無気力にもなり、また民は民でと、その気のままにと 放置もしたわけで。
 
民の方は、「靖国で護国の神となれ!」と言いながら、「私は人間です」という昭和天皇に肩すかしをくらって。
 
そりゃあ虚無にもなるし、ええい銭ゲバで生きろともなります。
 
この醜悪さを耐え難かったのが三島由紀夫氏であって。氏の志はよく理解できます。
 
三島氏がその志を言論界で全うするには、仏教界がこの現実にふみこんでコメントしていかんばならなかった。
 
だが、各宗派は沈黙。天皇崇拝は現世のサトリ、あの世は阿弥陀さまでサトリとまで説教したご当流もまた、きちんとした総括はせず。
 
 
 
おくればせながら、21世紀初頭の今、課題をあげてみる。
 
もちろん近代化と中央集権国家の建設は、緊切な課題として「キリスト教国家の帝国主義」に対抗するために、避けられないことであった。
 
けれども現時点において、①天皇を現人神とし、軍服姿の絵像・写真で民衆に軍神とイメージさせたことをどう総括するのか②祭祀者としての「天皇」という本来の位置づけを歴史的に説明せずに、皇室および天皇の祭祀(祝祭日を含む)を、戦後も政治側が規定している、いたことの功罪を明らかにする③明治以降に創設された神社の是非をきちんと評価する、の3点について全く理性的な論説がない。これが不幸である。
 
 
だから「保守」とはなんのことはない、無限定に「明治体制』に回帰、保守しようとするのみであり、戦後は占領軍体制を、自前で維持するものであったのだ
 
政治枠では現状肯定。55年体制やマルキストはガス抜きの体制。保守も革新も自前のものをあいまいにしておいて、モデル探しに奔走。だから、現実の諸問題に立ち向かうと、同じ保守といいつつ、様々な違いが出てしまう。
 
近代主義主義保守と、天皇神性保守、さらには国家主義保守。
 
また外交も、アジア主義に親米主義と全く理論も感性も違うから、保守分裂するのであり、現在の論説も政治状況もそうなってくる。いくつ政党が生まれたろう。当人同士も何が一緒でどこが違うかよくわからんだろうね。
 
 
そして政治の一番の悲劇は、メシとカネの話での分裂であるからである。
 
 
国家百年の計は、思想から。そんなことは宗教史からみれば自明のことなのであるが。
 
 
 
このままでは、ますますもって人倫は乱れるのである。宗教的基盤のない社会は、法で拘束するしかない。
 
そして法はその運用実態において権力とは無縁でいられないのであるから、客観的倫理・道徳は成立しない。
 
あくまでも状況倫理である。
 
死生観が大まかでも共有できない集団は、必ず個人主義に傾き、利益主義に生きることになる。
 
人の誕生・成人・結婚・葬祭、という必然の節目を、どのような集団でどのように礼するかということでしか、共同体意識、なかま意識は再生産されないということは、AKB祭が証明する。
 
熱しやすく冷めやすい芸能・スポーツで宗教を代理させていく。今の日本はこれで国家足らんとしているのであろうか。悲嘆述懐。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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