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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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就職したとき、職場にこの雑誌があった。
 
もちろん高校大学と政治の季節であって、社会を変革しようというエネルギーが全てのジャンルで感じられ多感な青年は、公害問題や部落問題、さらには障害者差別や朝鮮人差別、そして平和運動と、様々なウェーブに引きずられていたのであり、また共産党の香り高き京都にあって、地域子ども会というものを拠り所として、コミュニティの再編成まで視野に入れた大学のサークル活動に、プラグマティックな思想と行動を育てられて。
 
 
だから、大阪の地へ戻った時には、それなりの『部落問題』との出会いがあり自己化されていた。また、狭山差別裁判にかかわっていた野間宏が『歎異抄』を読み込んでいたりして、僧侶の出発点から『親鸞思想と差別からの解放』というのは自明のこととしてあった。
 
さてさてところが。
 
職場で購入されているこの雑誌。どの先生も読まないのである。新刊がきて教頭の机にのり書棚へしまわれる。
 
???である。のちに運動側は購入させて読ませるということをラフに考え、また運動側への協力として市が予算を使って各学校に配布するという、副読本「にんげん」に似た構造が存在することがわかった。
 
現場は、組合が強かったがそれでも土着保守という空気が支配的であって、組合運動を真剣に取り組んでいる人たちは、共産党・民青との対抗が第一義であって、運動の概念ですべてを見るという感じであった。
 
当然、未熟ながらも演劇運動や地域再編運動にかかわって個から組織という発想であったnazunaは、内容によってあるいは運動の趣旨によって共産党系の人と行動を共にして組合主流派を批判したり、或いは問題によっては「自分の身体で感じ頭で考えること」を放棄しているように見える共産党系の人たちに反発して。
 
孤立してわけがわからんようにもなったりして。その間、実は、職場では読み放題の雑誌『解放教育』や、職場や当該市を超えた「大同教」の出版物や実践が指標となった。
 
 
『解放教育』は部落差別からの解放だ、と言い切る先生もいたが、nazunaは僧侶でもあったから、『私たちは時間と空間に縛られてしか生きられない』『そこから生まれてくる様々な苦からどう解放されて、自由感や充足感を感じる今を生きられるようにするか。すなわちさまざまなバインドからの自己解放を目指す自律的な教育が解放教育』であるとイメージしていたので、その定義にはうなずけなかった。
 
 
むしろ『解放教育』のコンテンツとして部落解放があり、民族差別からの解放があると、イメージしてたのであった。当然その当時の大同教のメインは『同和教育指定校』の実践を中心に紡ぐものであって、それを掲げるのに精一杯(共産党勢力や保守勢力、さらに無関心層とのたたかい)。
 
 
しかし、実存と社会という地点でしかものを考えられないnazuna には、乱暴にいえば「一般校は差別する側なんだから『にんげん』をきっちり実践して差別をしないさせない許さない教育を実践しなさい」というテーゼに有効性を感じなかった。
 
 
ところがそういう異議申し立ては「敵」と見なされる空気があって。これは政治というフェイズ(権力支配の争い)なので、関連はするが別問題であるという社会分析が共有されていない以上、無理な相談でもあった。
 
 
そこで、部落問題については些か控えめにしつつ、職場ではもっとも話題となっていない『在日朝鮮人児童生徒の教育』という問題を自分の中から拾い上げた。きっかけは朝鮮籍の転校生がクラスに来たことであった。6年生の担任時のこと(Rさんどうしているだろうか?今、彼女は43歳かな)
 
 
この子の親から学び、人間実践から学び。授業づくりをし学校で公開授業を行い。そこには反発もあり、そもそも『本名を呼び名乗る』ということがなかなか理解されず。Rさんは読みだけが日本語読みで本名を使っていたので、日常では国籍は見えない。そして彼女の核となる『朝鮮文化・歴史』は他者には見えない。
 
 
多くの朝鮮人児童生徒は、その状態で義務教育時期を通過しようとし、14歳で指紋押捺義務を含む外国人登録を受けて、ショック状態に陥る。通過えきないのである。システムがそれを許さない。
 
 
見えないものが「指紋をとられる」ということで外部から(国家社会から)定義されるということを想像してみてほしい。親が活動家ならいいが多数の在日朝鮮人家庭はそういう立場に立っていたのである。
 
そこから、どう解放されていくのか。ここに至って二重の束縛という問題立てがなければ方法が見いだせないことがわかる。
 
すなわち他者(社会制度や歴史性に裏打ちされた外部のまなざし)からのマイナス、そしてそれを内部化してしまって自分で自分を束縛する(朝鮮人であることを隠す・日本人としてふるまう)マイナス。
 
これらをきちんと構造化して、それぞれの解決を目指さなければ、豊かな人生を生み出す教育にはならない。最初の部分は当然、社会運動や政治を伴う。
 
 
そんなときに『外交人登録法における指紋押捺義務の拒否』という一人の保護者の運動に出会っていくのである。そしてこの運動を担うことが、いっしょじゃないけど、敵じゃない。共感共考共同するけど他者です、という立ち位置の表明でもあったのである(続)。

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10月 報恩講

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旅から旅のご生涯
 
              野を歩けば       丸山 ( まるやま )  ( かおる )
 
         うっすらと 動かない雲
         高い 高い うろこ雲
         ああ 空は水のようだ

        
野を歩けば
        
草にも陽にも
        
さやかな秋の ( にお )いがする

        
きち きち と
        
音して 光って
        
はたおりはとび立った

         桔梗 ( ききょう )
の花を
        
つんでいこう
        
おみなえしの花を
         手折 ( たお )
っていこう
        
すすきの穂を
        
抜いてかえろう

         今晩はお月見だ
 
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彼岸すぎから秋めいて。あっという間に報恩講さんの季節大阪ではだいたい十月から十二月にかけて「お ( とり ) ( こし )といって、 一月の御正忌の時期を手前に取り越して、各寺院や家庭で ( つとめさせていただきます。お ( 斎には野菜 ( の煮物が多いが、野菜だって生きている。魚や肉を食べることだけが殺生(せっしょう)ではない。命を ( うば )わずに私たちは生きていけない。また、収穫の秋は食がすすみますねえ
 
コントのセリフで「あんたのお腹には死骸がいっぱいつまてるやろ」というのがありました。金子みすずの「大漁」で、オオバイワシの大漁でわく浜の様子を活写された。あれは今頃ではなかったか。ちなみに「オオバイワシ」は大羽鰯でサイズの大きいマイワシのこと。知っていましたか?
 
浜は喜びわいているが海の中ではお葬式が行われている、と言われて。
 
改めてはっとする愚かな私。命を食してある命。今その命を生きる私。何億 という命のかたまりが私であった。このちっぽけな頭でどうこうしていい命ではなかったと、気が付いたとき。
 
今、命が私を生きているのだと、逆転されるお念仏。いただきあげての南無阿弥陀仏であります。


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