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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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古典の再構成。リクエストによりアップします。

宗教的殉教の話としない方法を模索して、御恩報謝とは最後の一息まで生ききることであるとの観点から構成したもの。まだまだ改訂していかねばならないだろうけれど、一応高座にかけられる因縁話とはなったか???


春彼岸説教 「血染めの聖教」

讃題 南無阿弥陀仏をとなふればこの世の利益きはもなし 

                      流転輪廻のつみきえて定業中夭のぞこりぬ

前席

 「ねがはくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃」

 西行法師のお歌であります。この「花」とはサクラのことでありますが、今新聞テレビなどでいいます桜前線の桜は、ソメイヨシノでして、ソメイヨシノは江戸末期から明治にかけて江戸の染井村で交配された品種で、江戸にて奈良・吉野山の桜が見られると人気になったもの。これは実は江戸彼岸というサクラとヤマザクラの交配種。

 西行法師のお歌のサクラは、吉野山のヤマザクラ。誰に愛でられることなく盛りを見せて散っていく深山のサクラ。その如月の望月のころといいますのは、二月の満月の日、すなわちお釈迦様の入滅、すなわち涅槃に入られた二月十六日のことであります。これは旧暦でありますから、今年の暦では三月十六日。満月でありました。

 涅槃経にて無根の機である、アジャセ王を救われたお釈迦様のおはたらき、お慈悲は「月愛三昧」と申しまして月の光にたとえられる。月は夜に出るものです。しかも変化する。満月こと夜の闇を破るのですから、無明煩悩の闇を破る、弥陀の本願力のお喩。

 したがって、歌のお心をば、

「深山のサクラのように人知れず盛りを見せて終わる無常の命であるけれど、南無阿弥陀仏の如来さまを仰ぎつつの人生なれば、いつでもどこでも満開のサクラのごとき人生。それそのままにおシャカ様と同じ日に入涅槃、浄土へ往生させていただければ有難いことである」

 といただきます。まあ、不思議なことに1190年の216日、本当に歌のとおりに西行法師は御往生になられたそうであります。今、エドヒガンという名のとおりにこの桜は彼岸に咲く。壽光寺の中庭の桜は、先日に満開でありました。

「ねがはくは花のしたにて 春死なん そのきさらぎの望月の頃」 

ならば、在座の我々もまた、西行法師のあとを訪い、仏道を歩むものとならせていただかねばなりません。さて、その彼岸、仏事であるとは思われていますが、現代ではその意義が失われているように思います。

 

「こんにちは」「なんや御前か。こんな朝からくるとは珍しい。さては借金のたのみか」「いやそやない。」「ならんや」「あいわかわらずいらちと色の黒いノンは変わらんなあ」「なにをいうとるこっちは朝から晩まで表あえういているさかい日に焼けてるんじゃ。御前みたいに生っ白い昼間の行燈とちゃうわい」「ぼろくそやなあ。あのな今日は話があてきたんや。あんた日頃から何でも知ってるて言うてなはるけど、ほんまか」「まあ世間並の常識は一通り知ってるつもりやが」「けど彼岸は知らんでしょ」「知ったはるも何も知ってるわい」「あはあ、また知ったかぶりして。教えであげまひょ。あのね今朝、朝起きて顔を洗うてたらね、カラスがばたばたばたと飛んできてね。あほーちゅうてなくねん」「おお、カラスもようしってるやないか」「てんごいいなはんな。でね、こらカラス、人のことばかにしたら承知せんぞ、といううてやった。ほんなら憎たらしいカラスめが、ふんというような態度であほーあほーあほち三回もいいよて、ぼたぼたぼたとウンコしよったんで。頭きたさかいに、そこにあった石を3つ4つ拾うて、一つなげたったらカラスの足にごつんとあたりよったさかい、カラスが何すんねんこのおっさんと」「言うたんかい、カラスが!」「といいようにギャーとないたと思うたら、ばさばさばさと襲い掛かってきた。そこでもう二つ三つ石なげたったら頭にあたってことんとカラスが落ちた。ほんでそこにあった棒でやっつけちゃろと思うたら、この騒ぎを聞きつけた隣の婆が『何をすんねん。あんた彼岸やのにーて、エライ権幕で叱られたん。あんた彼岸てカラスのことやったんやなあ」

「知るかいな。違うがな。それはな、彼岸という仏事のときに殺生するな。生物の命をうばうなよというお釈迦様の教えをいうたんじゃ。そういう御前はほんまのアホーじゃ」「あああんたもカラスやったんか」

 

 まあばかばかしい落とし噺でありますが、殺生をしちゃならんというのが、まさにこの彼岸会。この春秋の彼岸には、お釈迦様の御説教をお聴聞して、成仏道を歩む御縁とさせていただくのが本来であります。成仏道は、具体的には六波羅蜜と申しまして「布施自戒忍辱、精進禅定智慧」、という六つの仏道実践のことであります。布施―ボランティアでありますが、利他行を無償で行う。まあ一日にこにことすごすだけでも「無畏施」という立派なお布施。次に自戒といいますのが先ほどの殺生するなということ。十悪を止めて十善につくべし、飲酒や殺生など戒律を守ってくらす。忍辱は我慢辛抱でなく許す心。子どもがいうことをきかんでも「よっしゃよっしゃ」。亭主は朝帰りしても「おつかれさま」。決してハラを立てることなくバカにされてもありがとうと感謝する。できますでしょうか?これで三日。後の三日は、精進・禅定・智慧といいますから、お経をいただいて前三日の実践を理論的に学ぶ。行動から観念へという感じでしょうか。そしてお中日には、先の仏さま、オシャカさまを筆頭に、三国の祖師方や、私や皆様が手を合わせる御縁となって下された懐かしい方々を「さきだつ仏さま」といただきあげての、法要を行う。

 これが天皇様がお始めの彼岸会。我が国、独自の仏事であります。ところが、現在はこの中日のイメージだけが喧伝され、また「先祖供養」「お墓詣り」の日となってしまっております。それがあかん、というのではないのです。しかしそこで止まってはもったいない。
 ここに「彼岸」というは、彼岸というは彼の岸と書く。岸とは水上からみたときの、寄りつきどころ。「生死の苦界ほとりなし」という有様の御互いが、渡って寄り付くところのこと、仏道成就の姿、御悟りの世界をいうである。今が此の岸であるなら渡って行く世界は「後生」、この人生を超えて行く世界でもあります。六波羅蜜など、とんでもない、修め得ない御互いに、彼の岸を、「浄土」とお示しあそばされ、必ずこいよーと呼んで下さるその御呼び声が、ご讃題、現世利益和讃にて、「南無阿弥陀仏をとなふれば、この世の利益きわもなし」と、御開山親鸞さまがおっしゃるお念仏。

 流転輪廻とは、生まれ生まれて死に死にてといはう繰りかえし、はい、リピートアフターミー。

「生まれ生まれて死に死にて」〜。この繰り返しが止まらないさま。なぜそうなるかというその因、原因は無明煩悩が縁に触れて生み出すに罪、罪業である。私や皆さんが毎日重ねている罪業があるというのが仏説です。けど、まあそう言われてもねえ。「あんた罪業積んでるわよ」とか、「〜だから地獄へいくわよ〜」とか「悪いなんかがついているからお祓いしましょう」とか、世の中には脅して怖がらせた上で、「はい信心しなさい、信心したら解決するわよ」という仕組みの宗教は多いですからねえ。今日も帰りに「はい、みなさん布施ずるぞ布施するぞ!はい、百万円」といわれるかもしれん。怖い怖い。まあ冗談でありますが。

 ここで「罪業」を思い切ってわかりやすくいうと、「仏さまの教えに従わない、背くということ。それがそのまま、罪を重ねているさまなのです。

 

「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心は長閑からまじ」と桜を愛でたのは在原業平でありまして、桜が咲いてくれるので春が来たなあと長閑な気持ちになれるのだというお心。ところが昨今は桜より、花見にかこつけての宴会が目的。

「世の中にたえてお酒のなかりせば 花や紅葉はどないでもええ」

もう花はどうでもええ、酒もってこい!となりまして。皆も飲んでるやないか。コンパニオンさんホステスさん呼んでカラオケにダンスと大騒ぎ。エライ散財やからやめな晴と言われても、一生にいっぺんぐらいええやろう。とついにはランチキ騒ぎの裸踊り。その姿を写メにとられて追ったーやフェイスブックにあげられて、酔いが醒めて後から見てまっ青―というと可愛げがあるが、「ふん。これぐらいのことはええわい」「こんなことでで叱られたり文句いわれたりしたら割にはあわん」「まあ長い人生、若気の至り。これぐらいの失敗は〜」と、自分にいいわけして平気の平左。

 西洋の言い伝えに「悪魔は四つの言いぐさで人を罪悪に導く」というのがあって、すなわち「誰でもするからたった一度だけ、これしきのことまだ前途が長いから」と申します。まさにこのとおり。皆さんにはこんな経験はなかろうか?

 自分の目でみられんものは自分の目とむかしからいうが、仏道は自己を習うことなりとその見えぬ自分の真実を学びとらせる道。南無阿弥陀仏の親様は見てみて見抜いて下された、煩悩成就の衆生よ、そのままでは落ちるぞよ、シャバの縁が尽きたなら鬼に片腕ねじられて、火花飛び散る火の車、地獄参りに片足が、かかっておるではないかと、みそなわされての御呼び声。

「我称え我聞く声や南無阿弥陀仏、連れてゆくぞの親の呼び声」とは御当流の和上さまのお導きですが、「後生」人生の未来をば、光輝く浄土に生まれ仏となるぞと示された、大悲の親がここにある。背くお前があるからこそ、摂取不捨おおさめとって捨てずという我がある、ずっとお前と共にあるぞというのが、南無阿弥陀仏のお心。

「世の中にたえてお慈悲のなかりせば 愚痴なる心の晴るる日はなし」

 

 後生が決まると未来が明るい。闇に落ちるのではなく光の浄土が私の未来と定められたら、先が明るい。それが今定まるから今が明るい。そして常に共にあるという阿弥陀さまのおはたらきが今ココの私をお育て下さる。こういう嬉しさは、罪業深重おかまいなくという現世利益があるから「流転輪廻の罪消えて」と親鸞さまはよろこばれたのですね。

 

 いまここに、仏道を自ら歩むべしという自覚があれば、西行さまのように生き死ねるかもしれん。けれども、シャバ大好きのもの、仏道を歩む自覚のないものには、その身に合わせた成仏の道を与えなくてはすくわれない。そういう御慈悲心で如来さまがご苦労なされたのです。

 

 昔、大工細工の名人といわれた、左甚五郎と菊池藤五郎が技比べとてネズミを彫ってどちらが上手とて、判定は猫にさせることにした。できあがりは素人目には、藤五郎のネズミまことに本物とうり二つ、一方甚五郎のネズミはやや稚拙に見えた。

 さあ、猫はというと藤五郎のネズミへ走りをさっとくわえたから、大衆は藤五郎の勝ちと思うたが、猫はすぐにそれを放して甚五郎のネズミに走り、両手でかかえると縁の下へ走りガジガジと噛み出したで、甚五郎の勝ちと決まった。それは藤五郎のは細工はよくできているが体は木。ところが、甚五郎のはその体、カツオブシ。細工はどうでも猫の好物じゃから猫が飛びついた。今、諸善奉行と品行方正にして戒律を保つという安心の体のならん末代在家の御互いなれば、その数わずか六字と細工はいたって簡単なれども、その安心の体が本為凡夫といかなる衆生も名号を聞きて信ずる安心のネズミは、六字のカツオブシゆえに、在家の素人のネコもニャンマンダブツと食いつける。喰付きやすいよう願力によって荘厳されたが言うに言われん誉めてもつきない凡夫好みのお浄土に、あなただのみのそのままで、そこへ知らずにまいらせていただくとは、なんともったいないご果報。ちょっとノド休め


後席

 さて、ご讃題「南無阿弥陀仏をとなふればこの世の利益きはもなし 流転輪廻のつみきえて定業中夭のぞこりぬ」といただきまして、南無阿弥陀仏の現世の御利益をお話しかけましたが、そうすると「定業―定まった命が、中夭―途中でおわる」ことのない人生になりましたよと、そういう御利益をいただきましたよと、親鸞さまはお喜びになる。

 ははん、なるほどやっぱり念仏すると長生きするんや、御院さんも人が悪い、御本願たら往生たら難しいことをいわんと、「念仏したら長生きしまっせ」というてくれたら簡単やがな。ほんにそのとおりですけれども、ちょっとお待ちくださいや。この御文は長生きバンザイとおっしゃってではないのですよ。

 かつて、「きんも百歳百歳、ぎんも百歳百歳」とおっしゃったお二人に、長寿の感想を聞きましたら「嬉しいような悲しいような」とおっしゃった。みんなが長生きすりゃあいいというが、寿命は人によってばらばら。きんさんぎんさん、娘や息子の世代の葬式を沢山なされたのですね。こっちが分かれていくだけではない、家族友達が皆離れていく。父が晩年にく申しておりました「友達はおらん。おらんはずじゃ、皆戦争で死んだ」と。  

 必ず別れていく世界において何を長い短いというのか。長ければいいのなら、科学技術で伸ばすことはきっとできるでしょう。人工心臓人工肺、人工肝臓、ついにはノーミソまでいれかえまして1000年生きてもら、それはいったい「私」???

 そこでは長さではなく質が問題、つまり人生の値打ちであります。ところがそれもまた私たちは損得利害ではかります。役に立つ命役にたたない命。立派な死に方みじめな死に方。そういう価値そのものを無効にする視点が、仏教・浄土真宗から得られる。それは、一人一人の命を成仏する命である、自らがブッダとなりシャバに残る人々にまた「仏への道」を導き続けるはたらきとなる人生となってあるよと、こちらの自覚はあろうがなかろうが、そうなってあるよと、輝くのです。

 

 

 福井県の北潟湖の北。吉崎山というところに、蓮如上人さまがおちつかれたのが文明三年七月。さあここで御当流繁昌の礎がでけた。爾来、文明七年までのあしかけ五年間、本願寺にかわって、この吉崎御坊に門徒衆が集まる集まる。やがて御堂の周りに定住する門徒僧侶も増えて、多屋という宿坊ができ南北の馬場大路に大門ができる。あっというまに棟数200を超える寺内町が形成されたのです。

 蓮如上人はここで沢山の御文、御文章を作成され、文書伝道に力を発揮されるとともに、詰めかける多くの門徒衆に説法を重ねられて、念仏の教えはいっそう繁昌となりました。

 ところが、文明六年の三月二十八日のこと。夕刻に南大門近辺の寺内の家屋から出火すると火は瞬く間に大門を焼き多屋に火の粉をまきちらします。おりからの風にのって家から家へと火は移る。

 丁度そのとき、蓮如上人さまは書院にて、お聖教を開いての学びの最中。急を知らせる早鐘がガンガンガンガン鳴り響きますとおつきの僧侶が「上人さま、火事がそこまできております。御堂はもはや危なうございます。早く御退転あそばされませ」とのお知らせ。「おお、これは大変なことじゃ。建物はもはや風前の燈火であるが、またたてればよい。わかった、わしも御本尊とともに退転する。が、皆も無事ににげよ」「承知しました」

 早速、御堂の本尊をかかえる、経蔵の経典や論釈をかかえてにげるものもある。さあ火の粉がいよいよ御堂の屋根にかかる。屋根裏に吹き込む。ぱりんぱりんと瓦が飛ぶ。あっという間に大屋根から炎があがる。この炎は、遠く離れた永平寺の北山からも北西に見えたといいます。

「皆無事か」「はい」「御本尊は」「ここに」お書物はあるか」「はい」 ああよかったと、山を下ろうとしたそのとき、「ああえらいことじゃ」とお上人。「いかがしましたか」「なんと、親鸞さまの御本典、顕浄土真実教行証文類の御本をば置いてきた!」すると、お弟子の中でも一番元気な本向坊了顕、この方が「いえ、御心配なく。御開山様親鸞さまのご真筆。お書院の手文庫ごと私が持って参りました。ご安心を」とにっこり。「いやそうではないのだ。火事だーとの声をきいたあのとき、その手文庫から六巻中の一冊、証の巻をば閲覧しておったので、机の上にそのままとなった」「なんとお聖教中のお聖教をば」

 皆茫然とするなかに、蓮如上人さま日頃の沈着冷静さはどこへやら「もったいないことじゃ。とりにいく!」と書院へむかわれたから大変。「上人、それにはおよびません。幸いまだ座敷の方までは火が回っていない様子。手文庫をとりながら中を確かめなかったのは私の落ち度。なあに私の足ならすぐに戻って参ります」かの本向坊了顕、蓮如上人押しとどめると、止める間もなく再び御堂の中にとって反した。

 火というものは廻っていないように見えてまわっているもので。玄関から入ると廊下はもう煙でいっぱい。「ごほんごほん」前が見えん。そこを何とか進んで書院の座敷に入りますと熱風がすごい。熱いの熱くないの、あわてて襖をぱっとあけますと、ばーん!あっという間に炎が噴き出す。今のように気密度が高いとバックドラフトといって爆発的燃焼になります。日本建築ですから幾分か風が通りますがやはり一気に火の手があがって、四方に走る

 本向坊「ああ、あった」と証の巻を見つけた時には、周りは火の海。もう逃げることならんようになった。「ああしもた。凡夫の浅知恵。たかが火事とあなどったは一生の不覚であった。ここで一生の最後かや。」後悔先に立たずであります。

 思えば我等もそんなもん。気が付きゃ臨終でありますな。「久遠劫より今日まで流転せる 苦悩の旧里はすてがたく、いまだ生れざる安養浄土はこひしからず候」じゃ。

 

 胸つまった土壇場の本向坊に目の前に開げられた証巻に目が行く。「しかれば大聖の真言、誠に知りぬ。大涅槃を証することは、願力の回向に藉りてなり。還相の利益は、利他の正意を顕すなり。」との最後のご化導、御文がとびこんだ。ああそうだったそうだった。迷わず往けよ、往けよ往けよのおシャカさま、必ずこいよ、こいよこいよの阿弥陀様、釈迦弥陀二尊のお導きで、今まさに行くも帰るもにっちもさっちもならんこのありさまの私が、浄土の仏となるは如来の願力、またシャバへ再び帰り来て他の者を仏道へ導く身となるも願力、南無阿弥陀仏、もったいなや。かたじけないことじゃ」と涙します。とはや袖に火がうつる。「最早最後、ああ、そうじゃ。ここにいたってまだなせる御恩報謝があった。有り難や、―南無阿弥陀仏」

 

 外では懸命な消火活動。けれども、山上ゆえ水はたらん。類焼を防ぐために、飛び火を受ける多屋を倒しての防火が精一杯であります。夜が明けますと、吉崎山、一山すっくり焼けておりました。

 蓮如上人様戻らぬ本向坊を心配して、どこかに避難しておらんか、内庭に井戸があるがそこにはおらんか。皆して探しておりますと、「上人さま、本向坊がおりました」「おお無事か」「いえこんな姿に」

 皆が驚いて駆けつけますと、屋敷の焼け跡にうつ伏せになった焼死体。ああ憐れなとお上人自ら本向坊をばだきおこされますと、はらりとお聖教がこぼれた。なんと、その表紙が血で真っ赤に染まっております。本向坊了顕、最後の力をふりしぼり、自らの腹を守り刀でかっさばいて、腹の中に聖教をおしこみ、うつ伏せになって、お聖教を守られたのであります。

 蓮如上人さま「わが同行となじんだ本向坊了顕は、なんと生身の菩薩さまであったかや」とその眼を閉じてやるとほろほろっと涙こぼされてご合掌。「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし」 念仏の声も涙でかすれる、全山僧侶門徒とも袖の涙を絞らぬ者はなかったと申します。

 

 こうして残されたご真筆の教行信証、一巻欠けることもなく、今日に伝わりまして、真宗十派のみならず日本仏教の聖典として、多くのものを導きたまうである。この故事にちなんで、御当流のお経御文の聖典は、朱本、赤表紙と、血染めのように作られて、了顕菩薩命がけの伝道を偲びつつ「大事にせよ」とのおさとしと伝承されております。

 

 さあ今この話は、聖教のために命捨てよ、殉教の美談ときくではない。老病死からにげまどい、いよいよ臨終となったなら「こんなはずはなかった」と、うろたえあわてるものなれば、生まれ甲斐も死に甲斐もあればこそ。今その命をまかせてくれよの呼び声に、ついて離れぬ親さまのお慈一つで浄土へ生まれ仏となる身であったかと、我が果報を喜んで、臨終の一息までシャバの命を御恩報謝とよろこんだ、了顕さまの生き様こそ、今日この私の口にかかって下された南無阿弥陀仏のお導き、いつなんどき命終わっても、そのままが満足のいく定業寿命。定業の中夭は除こりぬ。先立つ人は仏菩薩、皆私を仏道に、導く先の仏さまと仰いでくらすが、称名報恩の日暮らし。長い短い計らずに良いも悪いもそのままに、シャバの命のある限り、仏讃嘆、御恩報謝の南無阿弥陀仏。

 ナモは願なり阿弥陀仏は行なり、ナモはたのむ機なり阿弥陀仏は助けたもうの法なり、たのむ機もあなたからなら助ける法もあなたから、頼み役にもなられたり助ける役にもなられたり、願も行も機も法も、共に一体ご成就なった願行具足の南無阿弥陀仏、行者が本願やら本願が行者やら、参られまいとて参らさいで何としよう、死出の山路は本願の駕篭かき迎えに行くわい、三途の大河は弘誓の船で渡してやるぞ、右も左も光明摂取、よそに逃げ道あらばこそ、むこうところは安養の浄土、むかえとらねばおくまいとの、切なる声がナモアミダブツの六字なり。

 念佛いただく日暮しはいつ何時命終わっても、そこが寿命。往生のとき。仏と生まれ変わるときと知らされたのがまことなら、遇えてうれしや南無阿弥陀仏、いただきあげての南無阿弥陀仏、御恩尊や南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏〜と、胸いっぱいの報恩の思いを、家族知友へご相続と申しあげまして肝要は御文章にて。

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