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いなくなる
谷川俊太郎
わたしたちは
いつか
いなくなる
のはらでつんだはなを
うしろでにかくし
おとうさんにはきこえない
ふえのねにさそわれて
わたしたちは
いつのまにか
いなくなる
そらからもらった
ほほえみにかがやき
おかあさんにはみえない
ほしにみちびかれて
夏八月、旧暦の七月、「おぼん」。かつて「祓」といって、半年に一回、無意識に自然や社会を損なう罪咎を反省してリセットする行事がありました。その時には地域や家族の歴史をふまえて「祖先祭」をするのです。これがお正月とお盆にお墓詣りをするという習慣となりました。
詩人が言うように、私たちは全て去っていくもの。身体は骨となりやがて大地に溶けて消える。でも、その人の話(生きてきた証や価値)が誰かに記憶され受け継がれれば、その人は現に生きているといえないでしょうか。お墓詣りや仏事には、そういう意義もあります。けれども、やがてその記憶を持つ人も去る。二度目の死。もちろん著名な人の話は、物語となり歴史となって残るでしょう。しかし庶民はそうはいかない。
「そら」や「ほし」は、それらを知り抜いた「視点」を表します。これが仏様、アミダさまです。だから、「誰もの話、全ての人の話である、この阿弥陀の願いに生きるあなたであるよ。浄土で永遠の仏 ( ブッダ )となるあなただよ」という仰せにほほえみ、「南無阿弥陀仏」に導かれて歩む人生をたまわれるのです。「すくい」であり「めぐみ」であります。二五〇〇年 もの間、口から口へと受継がれた、「ふえのね」。はたらきつづけの如来さまのお話の主人公が私であったとは。お念仏あるところに、ずーーっと死なない私がある。うれしいですね、南無阿弥陀仏。
今月の行事
○歓喜会(お盆)どの法要・行事も、誰でも参加できます。
十二日(水) 午後二時〜 〇法要 清岡隆文師(吹田・大光寺)本堂
十三日(木) 午前十時〜 〇絵本と歌の集い 住職 本堂
午前十一時〜 ○工作教室(竹細工・流し素麺)じゅげむ
別紙どおり有料
十四日(金)午前十一時〜 〇墓地納骨者追悼法要 本堂その後墓地焼香
〇歓喜会・兵戈無用コンサート「〜街に森の風〜」於じゅげむ(別紙)
十五日(土) 午後六時・開場 六時半〜 会員協力金:千五百円
出演 田畑裕美(vio.) 伊藤麻衣子(十六絃琴)
〇大人の寺子屋 三十日(日)午後六時半〜 五〇〇円
「声を出そう、仏讃歌を歌おう」 堯正教先生(指揮者・龍谷保育園長)
〇お朝事 午前七時半〜 八日・二十二日・二十九日
★十七日〜二十六日は、夏安居でお参りはお休みです。葬儀法事は承ります。
★お家でお勤め希望は、お寺までお申し出くださいませ。
★住職不在(布教等)一日、四日〜六日 十五日〜二十三日 二十九日
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