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金木犀 長田弘
人をふと立ち止まらせる 何 をしたか、人のが人生だろうか? 「上を向 いて歩こう」の作詞者 であり黎明期のテレビやラジオで放送作家など、マルチなタレントであった永六輔さんが、大橋巨泉さんについで逝かれた。訃報が入ると葬 儀に至 って、メディアは「何をなしたか」をさかんに報道し始める。 そうすると、情報 がない期間 はその人が「何もしていない」ように思 われてしまう。永さんはずっと、一人の真宗僧侶でもあったのだが。 詩人は特徴ある香りで、「咲いてますよ」と伝える金木犀を見ながら、花のない樹を想い「ひたすら緑の充実を生きる」と形容する。花咲く、ことを人の行為とすれば、金木犀はそこでは輝くスターだ。では人は?。 淡々と日々を生き、誰からも注目を浴びることなく臨終を迎える「私」は、咲くことがない樹のようでもある。それが悲しくもあるのだが。しかし、「行為じゃない、生の自由は存在なんだ」と詩人は言われる。 確かに「犀の角のようにただ独り歩め」と釈尊は示された。しかし、そうだと思いつつ、誰かを求めずにいられない私やあなたなのである。仏法に背いてしまうのである。 そんな私に、共に「いのち」を生きてるよというのが、阿弥陀さまのお名乗り。口からこぼれる「南無阿弥陀仏」が、ただ「ある」ことを尊んでくださるから、私たちは樹に憧れ、樹のように立ち続けることができるだろう。 み光のうちにあって、嬉しく頼もしい人生。ほら、仲 秋の月がお照らしですよ。 |

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