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「だからね。ほら。お日さまが出てるでしょ。だから、まだお仕事の時間じゃないんやで。」 |
物語
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「行ってきます!」と声がひびく。日の出とともに始まるセミの声を打ち消すちから強さ。クーラーなしのベッドの上で、タオルケットをかぶってもう一眠りしよっとと努力してたオレ。でも無理だあ。にじみでる汗がしぼれるほどべちゃべちゃのシーツを握り締めて起きることにする。文さんはお仕事か、と思いつつトイレに向かう。 |
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そう言えばゴミっていくつだっけ。おっと危ない。女性に年齢を聞くのは今のオレに立場からいえば「セクハラ」になるのか?いや「ハラスメント」とは上司と部下の関係で、ゴミとオレはまあ今のところ「知り合い」程度やからいいのか。なんてぐちゃぐちゃと妄想にとらわれていると、「やったあ」とゴミが叫ぶ。 おペピ発見か、とあわててゴミの後を追う。ゴミは爬虫類ブースにまっしぐら。げ、オレ長いの苦手。 「おい、ペピちんいたのか。」とおそるおそるのぞくと、ゴミはニシキヘビにうっとり見とれている。「うん、セクシー」ってお前。お祭りのヘビオンナかあああああ、っと突っ込みをいれたくなる。「おお、グリーンイグアナ」「わ、揚子江ワニ」なんじゃこいつは。ペピちんを探しに来たんだぞコラ。 とトランシーバから「ペピ発見。キリンです」とエガちゃんの声。こんな爬虫類オタクはほっとけ。とキリン舎へ向かう。 キリン舎の前に人だかりだ。飼育員さんの姿もちらほら見える。ヤバイ。なんかえらいことになってないか。とペピちんの高くてよく通る声が聞こえた。「たかおくん死んだ。たかおくん死んだ」 「たかおくん」て誰?人混みをかき分け手進むと、ペピちんとが大きなキリンが互いの顔を見つめている。あれ飼育員さんも泣いてない?そういえば人だかりと見えたけれど、よく見るとみんなハンカチを手にしてる。 「エガちゃん」とこっそりペピちんの手をそっとにぎいっているエガちゃんにささやく。「だいじょうぶです。ペピちん落ち着いてます。」「そうなの?」「ええ」そっとペピの顔を見ると滂沱たる涙に包まれていた。そしてまるでペピちんを中心点にして広がる悲しみのウェーブに引きよせられたように、キリン舎に人が集まり、オリの中のキリンまでもが同じように泣いているとオレには見えたのは、白昼夢であったのだろうか。そしてその輪の中にいつのまにかゴミの姿もあることをオレは目の端で確かめていた。 この日の夕方、お迎えにきたママにさっそく事件を伝えお詫びをしたら、 「あら、それアタシのせいだわ。」 と恐縮された。 「いえね、この子小さいときからキリンが好きでねえ。他のウチの子は4歳にもなれば十分言葉をしゃべるのに、全くといっていいほど言葉がでないもんだから、あっちこっちのお医者さんに診てもらってたんやわ。で、どうもウチの子はふつうじゃないのかなあってうすうす感じ始めた頃だった。パパと三人で病院帰りに動物園に行ったの。今から思うと何かこう普通の親子の風景に溶け込みたいっていうかそういう事で楽になりたかったのかもしれない。ソフトクリームなめたりホットドッグかじったりして、楽しかったんだわ。そしたら〈キリンさんに赤ちゃんが生まれました。タカオです〉って、あそこ子どもが生まれると向日葵のマークついたボードがオリの前に張られるでしょ。で、三人でいったのキリン舎に。」 へえへえ面白い話やんか、と玄関に腰を下ろしたママさんに、車椅子のまっちゃんが冷たい麦茶をすすめる。「ありがと」とママさんは一気に飲み干した。まっちゃんはかがめないから、空いたコップをママさんからまっちゃんの膝に上に返してもらう。他人の為にできることはする、というのがこのベースのルール。台所では文さんがエガちゃんといっしょに夕食の準備をしている。ご飯が炊けるいい匂いが漂ってくる。 「大きなキリン二頭のあいだにねえ、たよりなげで今でもこけそうな小さいキリンが隠れるように辛うじて立ってた。」「雅幸(ペピちんはまさゆきという、ホントは)、キリンさんの赤ちゃんだよ。タカオくん言うんだって。」 「こう話しかけたら、例によってパピパピってパパの手を引っ張ってた雅幸が、はっきりと、『タカオくん』って言ったのよ。」 それが彼が発した最初の意味ある言葉。大好きなキリンの名前。そしてママさんは20年後のこの朝、新聞でそのタカオくんが天寿を全うした事を知る。 「あら残念ねえ。タカオくん死んじゃったんだ。」と臨時の仕事の算段をしつつトーストをかじっていて思わずママさんは呟いたんだそうだ。うん、引き金引いたね。 ペピちんは(ママさんはパピだって言うんだけどオレらやペピの幼馴染には確かに、ペピと聞こえる。オレの耳は左右とも2.0だぞ。あれ?これは視力やったかな〉、だから、ママさんに送ってもらってベースに着くなり真っ直ぐに動物園に向かったんだ。そして真っ直ぐにキリン舎に向かった。そうや、ペピちんはペピちんなりのお葬式をしに行ったんや。それにしてもその行路でも「平行」「整列」にこだわるのがペピらしいけどネエ。 飼育員さんたちが「おおきになあ」とペピちんの肩を抱いてくれたのも、大勢のタカオくんファンとともに出口まで送ってくれたのも、そしてタカオ君の写真の入った下敷きを売店のオバちゃんが10枚もくれたのも、みんなペピが起こしたウェーブ。だってペピは、物言わぬタカオくんの奥さんとその長女の気持ちを全身で受けて代弁したんだから。間違いない。園長までもがオレたちが帰っていくのを直立不動で見送ってくれたんやから。誰かに見送られるなんてオレすら初体験んだからな。 陽が傾いて通天閣の「日立マーク」がくっきりと浮かび上がる瞬間が近づいている。ペピちんは昌子さんといっしょにゴミにへばりついているので、安心してママさんのお話が聞けた。そういえばママさんとこんなに長い事お話したのは初めてやないか。ママさんが綺麗に見えるのは気のせいか。 「オレ、馬鹿だからうまくしゃべられへんけど、今日はベースやっててよかったなって。ママさんやペピちんと会えてよかったなって…。」あれ?うまいことしゃべられへん。え???オレ、泣いてる。うわ。ヤバイ! 「ほれ、ママさん待ってるで。今日はこれでバイバイや。」とゴミがペピちんを連れてきた。 「これ、やるさかいに今度アタシにだまってどっかいったらしばくぞ。」そう脅してペピの手に握らせた絵に、口を真っ直ぐに結んだペピの目から画面いっぱいにロケットのように涙が飛び散っていて、その涙のつぶの中に微笑むキリンが描かれている。 「いやあ、これ雅幸やわ。市川さんやっぱり上手やねえ。」とママさんが感心したので、ゴミが照れた。やっぱこいつ天才? 「あれ、バニさん。ひょっとして泣いてる?」うっさい。あんまり暑いさかい目から汗が出たんじゃ。 「ただいまあ」「おかえり」「…」「おかえり」。仕事先から帰ってきたフジコさんに武さんが、表にでてママさんの車に乗り込むペピたちの横を首をかしげながらすり抜けてく。今日は土曜だから本当はペピちんはベースにこない日なのだ。ママさんが仕事のない土日は家で過ごすのが普通なんだけど、臨時の出勤になったので急遽ベースで受け入れた。 「明日もう一度、雅幸を連れて動物園に行きます。ね、雅幸。」「ペピ!!!」 おお、ご機嫌のお言葉。後ろでは、フジコさんと武さんが昌子さんと抱き合って「お帰り」の挨拶。 そんなオレたちを真っ赤な夕日が静かに静かに抱きしめていく。 スキップするよに発車したエンジン音に、文さんの「ごあーーんだよう」の声が重なった。今日のご飯にはゴミもいて欲しいという思いに気がつき、オレの顔が夕焼けになった。 第一話タイトル 「たかおくん」 (完)
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エガちゃんたちと簡単に打ち合わせして、二手に別れる。平日の動物園にはそれほどの人手はないので、ペピちんを刺激さえしなければ見つけて連れて帰ることは、そう難しい事ではないだろう。 |
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「だってさあ、ペピちんが泣くんだもん」 |




