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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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4月

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四月
            金子 みすゞ
 
   新しいご本、
   新しいかばんに。
 
   新しい葉っぱ、
   新しいえだに。
 
   新しいお日さま、
   新しい空に。
 
   新しい四月、
   うれしい四月


 ヨーロッパでは大昔、三月二十五日が新年でした。種まきに年が変わり、収穫で一年が終わるというのは、地球のリズム、植物の生育リズムによるカレンダー。やがて文明が発達し、都市が生まれますと、富の集中と権力が発生します。三月二十五日から新年を祝う春の祭りを、四月一日まで盛大に行っていました。ところがフランスでは、皇帝シャルル九世が、十六世紀に一月一日を新年とし、これに反発して四月一日を「嘘の新年」として大騒ぎをした人々を 片っ端から捕らえて処刑したそうです。この弾圧にはさすがに批判がわき、ウソの新年を祝うことは黙認されるようになり、「ウソをついてもいい日」として世界中に広まりました。
 日本では四月が新学期。何もかも新しく始まる。北半球の植物の生育リズムに合わせた「農林水産暦」ですね。衣食が足りたら子子孫孫持続できる生活をする。未来から奪いとって財をなし欲を満たすことの無いように。仏教は「少欲知足」の教えです。

今月の行事

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常例法座 十二日(水) 午後二時〜 西原法興師(東大阪・浄向寺)

春季讃佛会(彼岸会) 二十一日 午後一時半〜 「節談説教」住職
三時〜彼岸寄席 林家染二・桂團治郎 三味線:はやしや薫子

出講(節談説教)
3月15日 午後2時〜 彼岸会 安楽寺(東大阪吉田)
3月23日 午後2時〜 彼岸会 長願寺(天王寺区上汐)

3月

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  春の歌     草野 心平
    
 かえるは、冬のあいだは土の中にいて、春になると
 地上にでてきます。そのはじめての日のうた。

 

       ほっ まぶしいな。
      
ほっ うれしいな。
      
みずはつるつる。
      
かぜはそよそよ。
      
ケルルン クック。
      
ああ いいにおいだ。
      
ケルルン クック。
      
ほっ いぬのふぐりがさいている。
      
ほっ おおきなくもがうごいてくる。
      
ケルルン クック。
      
ケルルン クック。


 年が明けたと思ったらもう三月。二月は逃げるといいますが、ソチ・オリンピックの話題であっという間にすぎました。リラックスしすぎて遊び気分でも困るし、思い詰めて練習しすぎてもうまくいかない。どちらも一つであるはずの肉体と脳とがばらばらになって、思うようにならなくなるのです。「楽しみます」という一つに、一生懸命やってダメな場合逃げ場がなくなるので、「楽しむ」としておくというのがあります。当日まで「くたくたに練習する」というのも、これだけやったんだからと、「から」を求めている場合があります。結局、「思い」に囚われてしまい、「楽しくもなくうまくいかない」ことになりがちです。

 「楽」についても「苦」についても、お釈迦様は、どちらも自己満足に偏すると、「真実の人生」から遠ざかると、教えられます。「中道を歩め」といわれたのはそんなことであったのだと、選手達のパフォーマンスから、改めて学んだことです。佛教は「いかなる状況にあっても、今日の命を喜びをもっていただく」ことを教えます。「ほっ、まぶしいな」と生れて「ほっ、うれしいな」と生きる。一日一日が新生。念仏道は、そのように生かされていく道であります。


つまらない仏教談義3

みじかく

「無帰命安心」という問題がある


科学と信条との混同により、客観と主観の使い分けににより おこる大問題

これを、「宗教の世俗化」とした上で、近代社会を無限定に賛美する人もある

そういう指摘をしながら、そこ(底?)から一歩こっちへおいでと、工夫努力をされている

釈徹宗師のような方もいらっしゃるのだが。

しかしながら、これは結構根深く

日本仏教の各宗派は、「如来蔵思想」すなわち、全ての人には差別なく「ブッダになるタネ」があるというのを、無限定に広げたので、収拾がつかなくなった。

A .全ての人がブッダになる可能性がある→悟っていないのは煩悩が邪魔をしてそれを隠しているから→だから煩悩を滅する道を選択して生きる

というコースのはずが

B 
全ての人がブッダになる可能性がある→悟っていないのは煩悩が邪魔をしてそれを隠しているから→死ねば煩悩はなくなるから、死後はみな安楽 

と認識させたのですね。太字赤のところは なーんとなくそうでしょという感じなので、葬式や法事にお経を読んでもらって「保険的な安心」を得ると

あの、Bが本当なら、一切の宗教・宗教実践は必要ないですね

今月の行事

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1月13日御正忌へお参り 御導師であった顕証寺・近松御住職が、写真に入っていただいた。

   二月のあかり      石垣りん
 
        二月には
        にあかりがともる。  
 
        遠足など
        夜明けの
        まだ
        したおさんが
        台所のデンキをつけるように
        のしたくをめるように。
 
        二月にはぽっかり
        にあかるいものがともる。
        もうじきれるって。
               
       
        球根たちが出発する
        その用意をしてげるために
        でも
    おさんがをさましている。


  
  バネをハネさせるためには、ぐっと縮めなければならない。
 寒い寒いといいつつも、ふくらむ梅の花に春の気配。旧暦一
 月二十五日が法然上人のお祥月命日。今月の二十四日が、
 それにあたる。「よき人の仰せを被りて、信ずるほかに別の
 仔細なし」と、法然さまを生涯仰がれたのがわが御開山、親鸞
 聖人。しかし、共にすごされた時は九〇年のご生涯のうち、
 わずか五年でありますが、まさしく「バネ」のように、その後
 のはずみに力を与えた時間でした。さて、私たちの人生に
 もまた身を縮めるときがあります。そこをどうとらえるか。
 詩人の言葉に耳を傾けたいものです。

nazuna
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