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大きくなったトマト 堺市立斎場の返事を掲載します。
ただし読みやすいように、論理が読み取れるように、パラグラフに番号を入れます。
とりあえず、原文を読んでいただければ、昨今の行政と官僚の問題がよくわかると思います。のちほど丁寧な問題提起をしますが、それはこの問題を契機として、社会や教団に問題提起を行うことが主たる目的です。
結論めきますが、堺市や斎場、及びその役人は、訴訟の場でしか態度は変えないと思われます。その準備は大阪弁護士会とたんたんと進めるとして(準備書面と論理構築に半年はかけたいと思います)、一方で実効支配という事実を認めさせうる回答を得ていますので、勝てると見込めば総力戦も有りうることとしてまず仲間内で議論したいと思っています。
心ある方は、関心のある方は議論に参加してください。
御返事が遅くなり大変申し訳ありません。
本件につきましては、当日御住職様に御説明させていただきましたが、あらためて下記のとおり回答させていただきます。 ②しかしながら火葬炉前ホール、通路等の共有部分につきましては、他の葬儀と同事進行することもあることから、相互の影響を考慮し読経は御遠慮いただいています。堺市立斎場条例(使用許可)第6条で「管理上必要があると認めるときは条件をつけることができる。 」としています。③また、告別式の名称につきましては、場内表示システムで斎場入口及び各式場に表示していますが、使用申請の際に式名について表示をしないように申し出があった場合は表示はしておりません。 ④本件につきましては担当葬儀者から申し出がなかったため表示させていただきました。
⑤また、回廊から各式場入口の表示につきましては担当葬儀業者が作成しており、斎場からの指示・指導によるものではありません。
⑥今後とも斎場運営に御理解、御協力をよろしくお願いいたします
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住職、涙チョチョ切れる
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葬儀も「称名」のご縁である。み教えにあうための厳しいご催促
平成23(2011)年7月17日
堺市 市長様
堺市役所健康部様
堺市立堺斎場様
「堺斎場の式場使用について」の公開質問状
〒557-0043 大阪市西成区玉出東2-9-29
浄土真宗本願寺派大阪教区西成組壽光寺住職
℡(06)6661-8982 fax(06)6653-8516
謹啓
暑中お見舞い申し上げます。さて、去る7月11日(月)に、葬儀社Iを経由して当方門徒のF家の葬儀に貴施設の式場を貸借いたしました。その際の対応として理解しかねることがございましたので、当日斎場長さまに抗議を致しましたが時間の都合で回答を得られず不本意ながら貴施設の方針に従って対応いたしました。ここに改めて質問をいたします。なお、このやりとりは真宗僧侶有志のHPにて公開させていただくとともに、大阪教区教務所(津村別院)広報部並びに、浄土真宗本願寺派(京都・西本願寺内)に報告させていただくことを言明しておきます。
①人の死をめぐってはその物理的な問題と精神的な問題とに二分されます。もちろんその両方を分離することはできず相互に深く関係することはご理解いただけると思います。さて、堺斎場で式場を貸借した場合、遺体を安置した上で行われる宗教儀式を、行政の側が一方的に「告別式」と規定されるのはなぜでしょう?私たち浄土真宗には葬儀という礼式はあっても「告別式」はございません。行政が「人の死」の意味やそれに伴う儀式の名称を規定することに問題はありませんか。
②式場の貸与には相当の費用を支払うとはいえ、会場側からの規制は貸与される側としては従わざるを得ない状況を生みます。さて、当日私は、葬儀社から「この斎場では火屋勤行ができません」と規制され、それが斎場側の方針として葬儀社に言い渡されている事実を確認しました。今まで、火葬のみの斎場利用しか経験がなくその際には別室にて「火屋勤行」ができておりました。大変な驚愕とともに不快感をもちました。それは、宗教に基づく儀式を行政によって禁じられたからです。これは、信教の自由を犯す行為ではありませんか?解釈を含めて行政が人の死の意味づけに立ち入ることはあってはならないと考えます。この点についての堺市及び諸機関のお考えをお聞かせください。
③堺市HPにおいて健康部の項から堺斎場の案内が検索できます。そこでの利用規定には、勤行の制限や名称の規制についての記述はありません。ならば、今回の問題は、現場での恣意的な判断なのでしょうか。この点についての堺市の見解を求めます。
④最後に、①②の2点について堺市が行政としての妥当性を主張なさるのであれば、その根拠をお示しください。条例や施行細則等、内規などが存在するのであればそれをお示しください。
以上4点について、真摯な回答を期待しております。なおこの質問状が確実に届くように、郵送とともにメール送付もさせていただきます。二重になることをお許しください。
謹白
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石山合戦の想定図
大阪市の南に堺市がある。
堺市は市立斎場をもつ。本日はそこの式場を借りての葬儀。
ところがところが。
市(行政)から、式場内以外での勤行は禁止されているというのである。こんなことは大阪府の他のどこでも経験しなかった。勤行でいえば火屋勤行をさせないというのである。権力でもって。
伝統的な葬儀は、葬送つまり遺体を葬る際の礼儀作法をいう。
遺棄葬や土葬水葬の場合、入棺したご遺体を皆でしかるべく場所へと運搬して、処分する。この際に他の動物と人間を区別すべく東洋では儒教における「禮」でもって遇したのである。
ここでのポイントは、「禮」という手続きが、人間の感情と知性の総枠をコントロールし、集団化社会化していく際の具体的なツールであって、それをわきまえて身口意を仕様すれば一定の効果が得られるということ。「禮」とは単なる思想(つまり心の問題)ではなく、貨幣や武器のように具体的に人と人との関係や国家と国家の関係、宗教と宗教の関係を構築解体するものであることは、『陋巷に在り』で酒見賢一が描いた。
いかに家族同然であっても犬猫には禮は通じない。したがって生者が死者との関係性を具体化する「葬礼」においては、遺体をどのようにして運搬するかが重要事項である。
一方で葬儀において、生者(遺族・知友)と死者(臨終者)との関係を行為ではなく音声言語と身体表現によって提示するのが儀式である。この儀式において宗教は具現化する。
真宗においては以上のような人類学的なポイントや文化的見地を意識してか無意識かは別として、歴史形成の中できちんとポイントをふまえた「葬送儀礼と法式」を構築してきた。
①臨終に際しては、本人が最後の聴聞をかねて家の内仏にて勤行。阿弥陀経を聴聞し、阿弥陀仏の救いと願生浄土、往生成仏決定を味わう。本人が未信心な場合や勤行できる状態出ない場合、家族や手次の住職が代理して勤行し、本人には最後の回心の場とする。
②臨終後は、「禮」による清拭や着替えなどを行い布団に寝かせる。臨終中であることをふまえて、家族や知友のうち「暇乞い」をしたいものが臨終者に語るという形で「悔やみ」を述べる。それが遺族への「おくやみ」となる。この連続を臨終者に対する「夜伽」という。これが多くの人の参加によると夜通しとなるので「通夜」というようになった。
③真宗においては信心決定者は「臨終即往生」であるから、別離の悲しみをふまえつつも「浄土往生」といただいて、遺族知友の信心決定の勝縁とする。皆で勤行して称名念仏のご縁とするのである。これは通夜にともなって行う勤行であり、法座であるから調声(お勤めのリーダー)者と讃嘆者が招かれて、皆で念仏し勤行し聴聞する。布教がない場合は、蓮如師の「ご文章」を拝読する。
④通夜が明ければ、ご遺体に服を着せて納棺する。真宗ではこの際にも勤行し念仏のご縁とする。ちなみに納棺でもって遺体は亡骸。その亡骸を通して仏と遇うていくので、「納棺尊号」「入棺名号」と言われる本尊を棺桶に納める。遺体を拝むことはない。このとき、帰敬式予定者や信心決定者であっても帰敬式を受けていない者があって、本人の希望や遺族の希望があれば、門主を代行して「剃刀」して「法名」を授けることが、住職には許される。必要に応じて行う。
⑤したがって必要がなければ、「法名」はいらない。もちろん法名を何かに書いて人に見せる必要もない。したがって当流では位牌は用いない。あってもなくてもいいのであるが用いれば、礼拝の対象でないものを対象としてしまう迷いのもととなりご本願を疑うことになることが多い。既に帰敬されている方は折り紙が軸で「法名授受」されているので、それを荘厳してもいいが基本は必要ない。
⑥納棺が済めば、内仏にて「往覲偈(おうごんげ)」納棺勤行する。シャバを出て、浄土へ向かうのであるから、「シャバ世界を出発(往く)して、真実の王・アミダ仏にまみえる(覲)のだよ」というお釈迦様の仰せを聞く。
⑦ここで遺族・知友は、葬儀バージョンに入り「儀式」に望むべくファッションを整える。いよいよ棺桶(ご遺体)が家を出る。その前に『帰三寶偈」を勤行、聴聞し、遺族知友もまた故人にならい、仏法僧の三寶に帰依して仏弟子となるべく、この葬儀を縁とするということを相互で確認する。こうして葬儀場へ出発する。
⑧家から葬場、葬場から火屋という、2度の行列が「葬儀」である。葬儀の道行は「野辺送り」ともいい、列をなして遺体を尊敬する形で葬送する。この際「路念仏」を調声は称えて、皆に念仏を促す。
⑨火屋に向かう途中で結界越、つまり生きている側の便宜上、非日常の空間と区切られた世界に入ったところで、いよいよ死者は戻らないことを参列者全員で確認し、浄土往生を間違いのないものと聴聞するために「勤行」し「称名念仏」のご縁とする。これが葬場勤行である。当流では正信偈をいただき親鸞聖人同味の如来のお慈悲を味わわせていただく。
⑩葬場から火屋(遺体を火葬する場所)まで再び葬列を組み路念仏。火屋にては、「重誓偈(三誓偈)」を勤行し、弥陀の救いを重ねて聴聞し、遺族知友の信心決定の勝縁とする。
⑪火屋にて骨が焼きあがったら、収骨する。収骨の際もしくは収骨が終了した時点で、先ほどの葬場にて、収骨勤行として「讃仏偈」を勤行し、法蔵因位の本誓が生まれたその所以を聴聞する。
⑫遺骨を自宅に持ち帰った時点で、還骨勤行を家の内仏もしくは手次寺院にて行う。阿弥陀経二首引きもしくは添引念仏和讃を勤行する。還骨の布教があれば行うがなければ、蓮如師の『白骨のご文章』を聴聞する。
こうして葬送儀礼に真宗法式をミックスして、死者を葬る文化と死者の再生を示す「真実教」の弘法が追体験されて発展継承されるのである。
さてさて、堺斎場。この⑦⑨⑩を禁止するわけだ。どんな権限でか?????
一見してわかるよう、⑦⑨⑩の禁止は「家族と教団の信教の自由」を脅かす。それだけではなく我が国の葬送文化の破壊する政治である。
おそらく堺市は、葬儀と「勤行」をごっちゃにしている。また、宗教と民俗の区別ができない。つまりもっとも近代的な設備をもつ斎場おいて、最も愚かで文化的素養のないものが「葬儀」を指図し、宗教と文化を破壊し続けているのである。
そしてもっとも腹立たしく悲しいのは、堺斎場を今までも使用してきたであろう、堺やその近辺の真宗僧侶が、そのことに異を唱えずに唯々諾々と「誹謗正法」しかつ、葬送文化を破壊することに手を貸していることである。
もちろん、その中には「本来葬儀にはかかわらない」という方針の剛の者がいらっしゃって、放っておられるのならそれはそれでいいのだが。
とにかくここ数年、葬儀社や家族や企業や行政が、愚かな知恵を振り回して、僧侶分の領域を踏みにじることが目立ってきた。「仏法」や「布教」にともなう儀式に外道が口だしするのである。末法も極まれりであるな。
売られたケンカは買うという性分である。怒り心頭である。煩悩であることは承知であるが、「重誓偈」を読むな!と、ご法義を侮辱されては黙っていられない。堺斎場には公開質問状を送り、まじめにケンカしようと思う。
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3月11日午後2時46分。お客を待ちつつPCで説教大会の写真を再吟味してきたとき、ふーらふーらと長い揺れがきた。当寺は上町断層の近所に建っているので、揺れは発表される震度よりも常に+1である。
すぐに阪神大震災の記憶がよみがえりったが、あのときの激烈な縦揺れが無かったので、離れたところが震源地であると悟った。で、揺れている間は耐えて、揺れが収まってTVをつけると、岩手県沖という表示と激しく揺れる東京のスタジオの様子が映し出された。
このときは地震の規模がわからず。一階にいる娘とワンにゃんの様子を見に降りたら、娘はいなかった。さっさと親父を置いて、外へ逃げていたそうな。さすがに経験者である。と同時に、お寺の建物を外から点検していたそうな。
さて、一段落して飛び込んできたのがマグニチュードの大きさと「大津波警報」。大阪市史や堺市史を調査したときの、安政の大地震(東南海・東海地震)の絵図とデータを頭の中で繰る。
和歌山・高知・徳島で多くの村が村ごと津波にさらわれた。両地震による死者の合計は約3万人との説もある。余震とみられる地震は9年間で3,000回近く続いた。
これらが一瞬にして頭をよぎり、錦絵や絵図の倒壊家屋と火事の絵や、木津川河口から津波に運ばれた船の絵(一心寺下の坂あたりか)も浮かんだ。まさかね???
………そして。こおあとの経過はみなさんも知っておられるとおり。未曾有の大地震であった。また、津波の実態を映像でとらえられ、見せられたのも、驚きと恐怖と哀しみと。
門徒のおばあちゃまが(12日は常例であった)、「空襲後の風景と重なったわ」とおっしゃった。ほんとうに土台のみで家屋の無い世界。さらに、バラバラになった材木・コンクリート・金属が山のように拡散集積した世界。
茫然自失である。
宗祖が「まあさてあらん」と仰せになったことが身に染みる。自分の命を守ることで精一杯。大事な家族を失い、あるいは手をはなしたがゆえにと自分を責める。「なあんもできない」「なんもできなかったよう」と。
そんなニュースの中、婦人会長さんの娘さん、幼馴染のKさん一家も消息なしと聞く。多賀城の高崎在住であった。12日朝からずっと、連絡がとれるように手を尽くす。携帯ネット、グーグル。それぞれの地域のHP。
そうして今朝、「連絡がとれた」という嬉しい知らせ。松島におられたご主人は庁舎ごと流され脱出をはかった車ごと流され、自力脱出して多賀城まで帰ってこられたそうである。
よかったねえ、といいつつ、単純に喜べない。「友達や近所の人が沢山亡くなった」という報告も。
失われたものがこれから明らかになる。確かに「ノアの方舟」のように、何度も何度も地球内ではこういう出来事が繰り返されてきたのであろうけれど。
願わずにはおれない祈らずにはおれない人間存在を改めていただくことである。と同時に、こんなときでも「自己とのかかわり」でしか考えたり感じたりできない「醜さ」を想う。
「まあさてあらん」 ならば、何をなしうるのかを深く考えていきたいものである。
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本願寺派の葬儀における勤行は、
①臨終勤行②納棺勤行③通夜勤行④出棺勤行⑤葬場勤行⑥火屋勤行
⑦収骨勤行⑧還骨勤行
の8つである。
最後の還骨勤行のあとに「白骨の御文章」を拝読して、「後生の一大事」の解決として、念仏相続を勧めるわけである。
ところが…このあとに初七日法要を併修する輩がいるそうである。いや、いるどころではない。わが宗派に限らず「大阪の僧侶の9割はそうされる」とは、某葬儀社主任のK氏の談である。
まあ、驚いたねえ。
私も住職初心者のころに、門徒からそういうリクエストがあって、
①真宗のお領解があれば(信心獲得後)、中陰思想は乗り越えられているので、七日七日のお参りをするしないにこだわる必要がない
②そういう説明や確認に時間がかかるので、時間的にコンセンサスができない
③自分より年配にあたる門徒さんのお申し出であるから、無下には断りにくい
の理由で受けた。
ちなみに本願寺派の規定では、七日参りには「阿弥陀経二首引き」に準じる勤行を行うこととなっている。さらには、「追善」という考えそのものがないので、全てが「仏徳讃嘆」の法座である。だから、お勤めは三部経の法事に準じるから、
①三奉請②表白③経段(六首引き)④願以回向句(願以此功徳〜)
となる。そして、たとえ5分でも法話をするわけである。
だから、初七日法要は1時間を見なければならない。
で、若気の至りでおっしゃるとおりにした。
結果………
喪主であらせられた70代の息子さんが椅子席で居眠りをし、また、親戚の一部は時間なのか忍耐できなかったのか聴聞できずに、途中で退席。そして、オチは、「年寄りが多いので早く済ませてください!!!」と孫さんに怒鳴られて、はいそうでうすかと話をやめまして、ジ・エンド。
そこで、つくづく悟ったのである。葬儀から勘定すれば初七日法要を併修すれば、都合6時間〜6時間半はかかるのである。前日にまじめに通夜をすればほぼ徹夜で葬儀を迎えるのであるから、そりゃあ草臥れるし眠くもなる。
そもそも無理なことであるね。じゃあどうやって併修するのか????
再びK氏に尋ねてみた。「初七日を併せてやるとどれぐらいの時間なん?」「きっちりしはる方もいらっしゃいますけど、早い人は20分ですね」「ということは、実際は還骨勤行だけ行って『初七日法要をしたことにしておく』ということ?」「まあ、ざっくり言えばそうですねえ」「でお布施は?」「お布施は葬儀分以外に初七日分をもらっていかはります」
つまり、三日後乃至は二日後に中陰思想に従うならば勤めねばならないものを、「いやあ、わしが言うたんとちがうねんな。檀家の希望でなあ。やりたいいうさかいなあ」とやるわけ。従わんのならば「中陰思想は仏教では否定されとる」と最初からせんでもええ、と教示しなければフェアではないです。
お寺は「日程が減ってお布施は増える」という話。喪家は「別の日に時間をとられて、さらには食事を含めた接待をするテマヒマと費用が節約できるし、世間にはちゃんと七日参りをしてますとカッコウがつく」という話。
なるほど、都合のエエこっちゃ。なるほど、これをして 坊主丸儲けというのではなかろうか!?
ここには、仏教の論理は一切ない。消え失せている。せいぜいが「坊さん読んでお経を読んでもらう→死んだ人はええとこいく」という得手勝手な論理であって、これ、厳密にいいますと死んだ人も生きている人も(僧侶もふくめて)地獄必定です。
せっかく葬儀をして、みんなして地獄行く算段をしているわけですねえ。当流でも、
一切法話のない僧侶も多い。お経を省略する僧侶も多い。いやむしろ宗派の規定どおりの勤行をし、きちんと法話をしてお取次ぎの努力をするという僧侶が、稀であると、葬儀社情報である。この10年、ずっと葬儀社の方に通夜勤行をして法話をされるかどうかを確認すると、そうなるのである。聴聞の宗派なのに(泣)。
まずは自分が経典や祖師の偈文を頂戴することを放り出し、仏法を伝道する機会であるともせず、儀式のBGMに甘んじて、ドノツラさげて、釈尊の弟子であるというのであろうか?いやあ、お釈迦様は「出家は葬儀にはかかわるな」とおっしゃったからねえ」というのいなら、天台・真言・禅・浄土の僧侶は撤退しなさい。
出家ではない在家であるならかかわったらいい。その場合、出家づらは止めて欲しいが。
恥ずべし傷むべし。これは結局、僧侶自身が「葬儀」の場での読経の意味や広く宗派の考え方をきちんと受け継いでいないということではなかろうか。
かの経験から、nazunaは、妥協を一切やめることとした。葬儀に僧侶が呼ばれるのは、相手はどうであろうと、「釈尊の御教えを頂戴せよ」ということ。わが宗旨に即せば「称名の御縁―どうか我が名を称えてくれ。いや、必ず必ずお前の口にかかる名乗りとなるぞ、という如来の仰せを聞きそのお徳を讃嘆する御縁」と思い定めて参加する。
28日(月曜日)は12月、6件目の葬儀である。
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