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当日用パンフレット
8月3日 用意した参加者グッズ1200袋が全てなくなり、大会無事終了。一人のけが人、病人がなくてほっと。ナースの袋井さん、ありがとうございました。ガードマンさん6名、おつかれさまでした。
公益社のお二人をはじめ、大学教授が汗まみれで受付をしてくださり、著名な布教使さんが、場内整理をしてくださる。
涙チョチョ切れるような展開で、のべ18席のご讃嘆が行われた。
全体像は後日のDVDでなければ、誰もがわからない。お師匠さま4名を始めみな一生懸命で。
もう、有難いやら、嬉しいやら。この会のお仲間に入れていただいて、良かっタとつくづく感動。
確かに「一味平等」のみ教えながら、現実の教団は年功序列やお寺の歴史やら、キャリアやら、生臭いものが振りかざされる時も少なくなくて。
でも、『節談説教研究会』はひたすら「法悦」を求める集団で。そこには礼儀はあっても同行・同朋の世界があって。
ご参加の皆様と御開山・親鸞聖人とが直につながる世界を広げよう、説教師が目立ってはいかん。お聴聞の皆様に「信心決定」し「歓喜讃仰」せしめる法座ができればと、事務局長の激のとおりになったなら、幸いです。
ご参加のみなさまに御礼もしあげます。当日不参加の方のために、以下はプログラム記載の実行委員長のご挨拶。
ごあいさつ 大会実行委員長
大阪・北御堂での布教大会にようこそおこしくださいました。ご当流は「聞即信」といただきますように、法座参りによるお聴聞が生命線であります。この大阪で戦前には、住友金属などの大企業の社員間でも「常例法座」がもたれ、また北新地の北陽演舞場においても、芸妓さんや舞妓さんたちがお聴聞なさっておられた歴史がございます。
五木寛之氏がいつかの講演で、「大阪のメインストリートは御堂筋、テンプルストリートなんですから、世界屈指の宗教都市なのです」とおっしゃっておられたことを思います。いうまでもなく蓮如さまの大坂本願寺から始まり、貝塚・天満と本願寺は大坂の地にあり、京都移転後の摂州大坂門徒の集会所、渡辺・楼岸の坊舎が、この津村別院の礎です。敗戦後も、中之島公会堂での布教大会など、「日本復興」と「真宗繁盛」をかかげた青年僧侶・同行の取り組みが行われて、前回の七〇〇回のご遠忌を迎えたのでした。今日、東日本大震災を経験してのご遠忌です。今再び「聴聞」の座を隆盛にしていくことを念じて、この大会を迎えます。ご参加の皆様には、どうかこの「灯炬」を次々とつないでいただくことをお願いして、ごあさいつとします。称六字。
さて、ここからいささかプライベートな話題に。終了後、広陵兼純大師匠と食事しながら親しく面談。
「おらあ、好きだから続けてきた。けど、仲間皆に,『もうそんな、古臭いのは辞め』といわれたがあ、これしかできんからのう。」「ところが、関山先生と小沢昭一さんやらがえらい珍しいもんじゃと取り上げて下さって、なんか世間に知られた」「知られたけど、じゃあ若いもんがやるかというとやらん。ああそうか、こらこういう説教はおら一代で細っていって終わるのか、と本気で思うておった」「ほしたら、東京でやってえ、4年でこんなになった。ああ、山が動いた。歴史が変わるかもしれんて思う。おらあ嬉しい。」
私、泣きました。
思えば、「能登の節談説教」を聞いたのが20年前。なんという「説教」かと思って、次に「日本の放浪芸」を購入した。その間に住職となって、語り口の天才、祖父江省念師の『口伝の親鸞』のコピーを始めたのは、激しい節がなかったので、内容も含めて勉強のつもり。しかし、広陵師は別の意味で雲の上の人で、それは「華麗な節回し」とどこからが節でどこからが語りかがわからんという、ため息つくしかない、もので。
そのお師匠が手放しで喜んでくださっている。これだけでも、大阪大会やってよかったです。いただいたご恩の万分の一にもならないけれど、自身が説教者として実演する身とならせていただいたのも、お師匠に喜んでいただけるのなら、不細工は不細工なりに精進しようと、つくづく思いました。
称六字
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