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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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 ドヤ街のおっちゃんと話すのが好きだ。坊主の格好をしていると、時々、話しかけて下さる。中々エリートもいらっしゃったり、愚痴話だったり。偏見なのは承知で、どう見ても不幸の道をあるいてきはったんやろなぁと感じる、ばあちゃんや「うまいこというて一杯飲む銭もろたろ」という兄ちゃんの相手をするのも苦痛じゃない。
 十中八苦、みじめーという思いの暮らしの中で、駅の灰皿にまだ長い吸殻があったら、ラッキーとタバコをくゆらして、ひと時幸せな気分になる。そんなおっちゃんと、例えばゴミ箱に今週の週刊誌が捨ててあったらラッキーと拾ってしまうボクとの間に感覚の距離はない。
 それは「もてるもの」の感傷で、やっぱ雨露凌ぐ屋根がねぇってのはきついぜ、と兄ちゃんに凄まれても、そういう街がボクの故郷だと思う。

 サイバラリンの作品は、そういう匂いが」プンプンする。うちの親父は、晩年大ホテルが好きで高級食堂が好きだったが、パッチ一丁で股座をボリボリかいている方が似合った。おかげで糖尿で往生したが、親父に連れられてそういう場所に行くとつまらなかった。むしろ、大阪球場で酔っ払ったオッサンの聞くに堪えないしかも選手のプライベートを知り尽くしたヤジの中で、焼きそば食ってるときが幸せ、と感じる部分が、西原理恵子の表現でびんびん震える。

 他には名作「ぼくんち」(これ読んだとき、Oを思った。三井三池闘争の後炭鉱閉鎖で失業し、流れて大阪の造船所や鉄工所で職にありついた家庭の息子の一人。中学の同級生で、入学してすぐにボクの眼に蒼痰をこさえた奴だ。6.7年前の同窓会では組関係に就職したが現在シャブ中と消息を聞いたっけ。)や多数のマンガエッセイがあるので、ぜひ読んで欲しい一人。

 江戸期に明治以降の経済的な発展の条件が整備されていた、というのは最近の近世史の世界では90年代以降、常識となっている事である。ただ、歴史学に興味の無い人は、江戸暗黒史観の学校の教科書で学んでからの蓄積が0だから、ビジネス書として、こういう本を読むタイプの人々には、刺激的だろう。

 「テラスで読む日本経済の原型」1993の文庫版で、著者は大和総研のチーフエコノミストであるから、政府や官僚機構の市場への介入については批判的であり、民間にまかせろという自由経済主義の立場に立つ。
 そういうバイアスがあるということを前提に読むと、なかなかおもしろい。また、西南戦争後のインフレ経済を権力的にデフレに持ち込んだ「松方デフレ」が、小さな政府、自由経済を用意したという評価は新鮮だ。明治経済史では松方デフレで、多くの流民労働者が生まれたり、旧来の流通機構が破綻したために、失業者がたくさんでたからだ。
 ちょうどバブル崩壊後の現在のデフレ状況の中で、旧来の仕組みが破綻しリストラと言う形で失業者が増加、またニートが増えているという状況とアナライズする。小泉民営化路線が次の経済発展を用意するのかもしれない。ただ歴史をたどれば、海外市場で大きな利潤を上げた日本はついに市場の確保と国際的地位向上のために、日清・日露の戦争に突入するし、国内では地域格差が拡大し、商品作物の効率のよい生産と流通ルートをもたない(国内インフラはまだ資本投下が少なく未整備であった)地域は、おそるべき貧困に襲われる。ボクもライフワークである被差別部落史でいえば、「部落が貧困に落ち込む」のはこの時期なのであるが。
 利己的な利益追求は「損か得か」の世界であるが、一方生産財に限界がある以上、エントロピー増大という観点をもたないと、かなり毒になる本でもある。その辺は読み手の側の責任だけどネ。

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「だるまさんが転んだ!」東京の人は、この言葉で遊んだらしい。でも、大阪では、「ぼんさんがへおこいだ」だった。20秒読むときは、続けて「においだらくさかった」とする。

うちのお寺にはワンコとニャンコがいっぱい。昔からワンコはいっぱい飼っていたが、となりのお墓のお供えで野良猫が大繁殖。近所の孤独なおばちゃんが、かわいがる。でも、夜にエサをやりにきて、よしよしってしてそれだけ。

夏になるとノミ被害がすごいのに。さかりがつくと、夜な夜なスンゲエ声が響き渡って、みんなを寝かせないのに。そして、赤んぼニャンコをいっぱいウチの寺の床下で産むのに…。

頭にきたうちの奥さんが、片っ端から餌付けした。いえいえ、とっ捕まえて処分!なんて恐ろしい事を考えたのではなく、きちんと避妊手術をして、放すため。でもね、気がつくと最後の「放す」が消えちゃって、ちゃっかり3匹居つきました。

さて、この間の日曜日、法事が全て終わって、ほっとした隙にゴマほくろ1匹が玄関から前庭へ。するとおっかけっこの大好きなしましまが追っかけてった。二匹はにらめっこしてた。そこで、「おうちへ入ろう」とお坊さんのボクが、説得にいったのですが…。

なんと、遊んでもらえると思ったか辛かったか。2匹が門から外の道路へ。車がビュンビュン。前で一時停車のタクシーが。「ああ、轢かれる!」とあわてたボクは、しましまを捕まえにいったが、逃げ足の速い事。でも、塀のスミに追い詰めて首根っこをきゅっと掴んだ、と思ったら、
スルリ、首輪が抜けた。あ、あ、あ、ドシン、ゴツン。まともに後ろにひっくり返った。わあわあ言ってたのかな、ワンコも心配して外へ覗きにでてきたが、ご主人さまの醜態にストップモーション。
すると、止まっていたタクシーの運転手が「ぼ、ん、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だ、ぁ」と言って。電信柱にデンをついたとかつかなかったとか。気がつくと、ワンコもニャンコもきっちりオウチへ帰っておりまして、起き上がったボクと目が合った近所のおばちゃんが、ニッコリ。災難でした。

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 坂木君と鳥居君の物語。連作短編で、「仔羊の巣」「動物園の鳥」と三冊で完結。

 鳥井君の成長物語に見せかけて、坂木君の成長物語である。文体のしめりけがお気に入りの人もいるだろう。僕の印象は「ラムネ菓子」。甘酸っぱくてくせになる。

 ただ、二冊目(仔羊の巣)を最初に読んだせいか、口の中が甘さに辟易したことも事実。コンピューターというツールが登場したことで可能になった物語だ。石田衣良の「I.W.G.P]シリーズにも通じる空気があるが、ちっと毒がない。

 悪く言えば少女マンガでも描けたようなお話が多い。でも、今どきの若者の思考や心理には忠実なんだろうなぁと思わせる手管はある。

 どうも21世紀のJ.Boyは、傷つくことが上手で傷を追わせることを恐れるようだ。ひきこもりはそういう神経の現実化なんだろう。澤田やキャパの被写体であった「子ども」たちの強い瞳の方に、より強く惹かれるのは、こちらが年を食ったということなんだろうか。

 引きずり出されてボロボロにされて、だから闘うという事はダサいのかい、坂木君。おじさんとしては、鳥井君との感情を守るためなら、人を脅し騙して、悪びれない、そういうピカレスクに成長してほしいな。

 こんなに書いちゃったんだから、刺激された一冊である。一読の価値アリ。

 『葉っぱのフレディ』が、評判になった年がある。静かな死生観を静かに語るというスタイルは、どこか「禅」の香がした。だが、現実に死を前にして納得して死んでいける人は少ない。

 フジTVが追いかけていた、元ウィンドサーファー日本代表のAさんのガンとの闘いから共生への道を描いたドキュメンタリーにも、それと共通するトーンがあった。

 だが、ハワイに移住し家での臨終を望んだAさんが、臨終の間際に「救急車、病院へ」と言われたそうだ。奥様のコメントとして週刊誌に載っていた。

 それが人間だと思う。だから、この記事を読んだときには「ほっと」した。そしてAさんや奥様に心から哀悼の意を表したいと思った。

 大無量壽経というお経の下巻には、人間の日暮しの様子がリアルに描かれる。「家族といものは、互いに愛惜し別れたくないと思いつつ別れていく。」「失ったものを嘆きかなわぬ思いに悩み、そして気がつくと一生が終わっている。」と。

 どこまで言っても悟りえない「人間」の姿が切ないほどに、愛おしい。そんな思いを抱かせてくれた絵本が「いつでも会える」だ。

 設定が秀逸だった。普通は逆のパターンを考える。何よりもまして、絵がいい。シロの表情がいい。
『葉っぱのフレディ』を読まれた方は、ぜひ、読み比べていただきたい。

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