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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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昨年度のミステリー

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(独自のウェットさのある文体が好き!)

正月に更新できなかったので2008年度のミステリーベストを遅ればせながら。どれもおすすめです。

1.「オリンピックの身代金」 奥田英朗 角川書店 2008/11/27 1890円


ダントツでした。これは世代によるので若い人にはおススメはしませんが。ちょうど北京五輪での中国国内の様々な動きを見ながら、文明と国家とか庶民の暮らしとオリンピックとかいろいろと考えさせられていたあとだっただけに。
堪えましたね。胸に刺さりました。まさに日雇いの町で育ったnazunaにとって、40年以上たって、あの頃を大人の感覚で再体験させていただきました。
「オリンピックの身代金」

2.「スリーピング・ドール」 ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋 2600円
海外代表として、ベテランに一票。あいかわらずプロットが巧みです。

3.「漂流巌流島」 高井忍 東京創元社 1785円
4.「インディゴの夜 ホワイト・クロウ」 加藤実秋 東京創元社 1575円
5.「紅雲町ものがたり」 吉永南央 文藝春秋 1575円

3.4.5.はあまりポピュラーでないけれど文章とテーマに独自性のある作家のものを。

(ふろく)
巷で評判の『告白』湊かなえ、読ませた点でベストに入りますが、公立学校の教員なら誰でも気がつく致命的な欠陥が作品の根幹にかかわっていて評価しません。出版社・編集者のミスだと思います。残念ですが。


 
nazunaは、親鸞門徒であるから、中世史を文学・歴史の両面で学んだ。独学であるが(ここら少し学問履歴をふりかえる。面倒くさい人はとばして太字から読んでください)。

まず、本願寺が描く自画像や一般化された歴史知識から、逸脱した研究や論証に魅かれた。


井上鋭夫「一向一揆の研究」。初期の親鸞門徒やそれを抱合する「一向衆」「念仏聖」のルーツに「ワタリ・タイシ」という、渡し守・杣人に代表される「川の民・山の民」を描き出した。その方法には実証的であるとは言い難い側面もあり、賛否両論のものであった。

しかし、近代や江戸社会という枠組みからのぞくのではなく、あくまでも当時の実態に迫るという迫力を感じたし、何よりも親鸞伝説が伝説ではなく、史実を含んでいるという直観と一致するものであったことに、強い影響を受けた。


歴史学界では60年代において、荘園研究と階級史観による南北朝革命説の是非等が議論の中心で、およそ素人が関心をもてるものではなかった。

しかし、「無縁・公界・楽」をひっさげて網野善彦が登場し、天皇という制度をそれを支える側から描き出して、後年「天皇神秘主義」といわれる、非農業民の世界を歴史の中心にしたことで激震が起こった。

また、同時期に河田光夫に出会い、彼が今宮工業夜間で働く教員でありつつ、中世被差別民研究、親鸞研究を重ねて著述された論文群(のちに明石書店から著作集としてまとまる)に圧倒された。


百姓=農民、というステレオタイプが打破され、脇田夫妻による実証的な中世研究、さらにはこれも敬愛する丹生谷哲一の「検非違使」「非人論」、五味文彦の絵巻物研究、五来重による宗教民俗学。


これらを広く追跡するの中で、石母田正という中世研究の大御所を知り、さらにそれを克服すべく実証的に奮闘し、ついには中世宗教の主流は「鎌倉仏教ではない」ことを明らかにした黒田俊雄を知る。

また教員としてだけではなく自らのルーツとして或いは教団史として「被差別部落の歴史」にかかわり、近世・近代と範囲を広げてきた。それがまた、寺院史や真宗理解に深い影響を与えてくれている。



さて、それらの中で大山喬平をまとまった形で学ぶことがなかったのであるが、このたびまとまった著作に触れられたのが題である。



「大地と海原における自由な生活の本源的ひろがり=無縁の保障が、天皇」!?


先日、産経新聞の正論欄で知ってびっくりしたのだが、「雅子妃の苦痛が宮中祭祀にあるのならそれは辞めたらいい」という学者がいらっしゃるそうだ。網野善彦がいたらどうコメントするか、宗教学者、チベット通の中沢新一にでも(網野の甥であり尊敬している)聞いてみたい。

nazunaは腰を抜かしたね。天皇制を守ろうという人々が「天皇の本質である祭祀を廃止する」と提案するのであるから。彼らの頭が現行制度上の「天皇」という無理をふくんだ制度固執にある以上、仕方がないのかもしれんが、本居宣長がいたら私と同じように腰を抜かしただろうな。


太字は網野の天皇論であるが、私はこれは正しいと受け止めている。ただしもう少し宗教的に。


お説教の導入でもよく話すが、現在でも人口1億以上の国で人口密度が高いという点で、日本は抜きんでている。もちろん上位にはインド・バングラデシュがあるが、かの国が階層社会で極端な富の集中のある社会であることをふまえれば、日本は別格である。

なぜか。それは歴史的に形成され後天的にカテゴライズされた「民族の優秀性」などでは全くなく、自然条件の恵みである。中でも水である。山地と海との間が狭く水がよけいなものを吸収しないで流れる。また島であるゆえに海という防衛ラインがある。兇暴な権力に対してワンクッションおけるのだ。「日本人は水と安全はタダだと思っている」と揶揄される。


明治期の世界的な民族学勃興期のおかげで今日では「差別的」「偏見に基づく」と調査不可能な実態調査がなされて、日本列島には南からと北から流れ込んできたグループが大きく3時代に分けて存在し、それらが相互にとけあっていることがわかっている。

「南方系」「北方系」「旧石器」「新石器」「縄文系」「弥生系」と形容される。これらがグループ間での多少の闘争があっても、ベーダやベーオウルフさらには「春秋・戦国」に見られるような殺戮合戦にいたらず、融和しあるいは住み分けて、島全体を支配するような中央集権的な権力の必要がなかったことが特質である。


それも、自然のよる食物相の豊かさなによる。食えるから争わない。そのような自然が主体である祭祀、それを集積したのが「天皇制」の基底にあると読む。このブログで繰り返し、祭祀権=天皇存在とする理由である(続)。

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「クォン・デ」森達也

今日、角川文庫になっていることを発見。620円(税込)で買えるので、オススメ!

著者は、森達也。オウムのドキュメントを撮った。個人的に、8年ほど前に、フジで放映できた「放送禁止歌」の番組制作とその過程、そして彼の部落問題に対するメディア論を話しに来ていただいたので、個人的知り合いでもある(ただし向こうはもう忘れているでしょうが)。先日、古い資料の整理をしていてその際に、森さんにnazunaが議論をふっかけてやりとりをした記録が割と正確かつ詳細に残っていて懐かしかった…。


まあそれはさておき、8月で靖国問題やら終戦特集やらいろいろと時期ネタでもあるので。クォン・デやベトナム(越南)について、この本を通じて知ることは重要だと思う。ベトナムが対中国ということでは朝鮮と同じような位置にあり、漢字文化圏で儒教文化圏であったことを、どれほどの日本人が知っているのだろうか???

万葉仮名(ヤマトコトバの音に同音の漢字を当てはめて記述した音韻カナ)を研究していて、同様なものに朝鮮の「吏読」とベトナムの「チュナム」ばあることを知ったのは90年代のことだった。


自由主義史観やら左翼史観やらいろいろと言われるが、「大東亜共栄圏」構想にいたるまでの時期、日露戦争後から日中戦争までの間、すなわち1905〜1930年の25年間をもう少し詳しく学び知っていきたいというのが、nazunaの今のモチベーション。それにぴったりの本でした。

1951年の日本とベトナム。カオダイ教。今日のベトナム。フランスや列強の植民地支配。そして我が日本のあの戦争と。どうぞ過去に戻って等身大の自分で旅をしてみてください。犬養毅や頭山満に会いにいきましょう!


この値段、安いと思いますよ。

「靖国史観―幕末維新という深淵」 小島毅 ちくま新書


靖国史観は儒教である。びっくりした。迂闊でした。見落としをいっぱい指摘された気分です。

国家神道は薩長の創作であることはわかっていたけれど、なるほど水戸学ですか。

著者は「水戸学が天皇のために闘う軍を官軍とし、その戦いを聖戦と思想した」ことを指摘し、明治維新を成し遂げた勢力が江戸城中にて倒幕の同志の招魂祭をしたのが「靖国神社」であると喝破される。

平泉史学がそうであるように、「天祖アマテラスが天孫ニニギに命じて統治させたという祭政一致」という国体の護持が歴史であり、それにそむけば天皇であっても省いてよいというのが、朱子学の大義名分論である。天皇の軍隊といってもこの「天皇」は現人神として祭政一致の存在である観念上の天皇のことで、昭和天皇のような立憲君主主義者はむしろパージされるのである。

その意味で、昭和天皇の「靖国への不快感」をやっと正しく理解できた気がする。

著者は、司馬遼太郎も石原慎太郎も小泉さんも小田実もそして立花隆も、近代の立場で「靖国」を語っているので同じものの表裏であると指摘する。「明治維新そのものを肯定する史観」に組しないとおっしゃるのである。

私はてっきり「御霊信仰」か「怨霊の魂鎮め」という伝統的な「魂」観に基づいていると思っていたのだ。江戸城内でそういう儀式をしたというのは嫌がらせ以外の何者でもなく、だからこそこの後、大政奉還をした徳川慶喜を殺そうともするし、會津や津軽を切り捨てていくのである。

「小御所会議」の正当性を疑うという立場で、「靖国」を国内問題としてとらえるという感覚に脱帽であります。確かにおっしゃるとおりです。

テロを防ぐ特殊警察隊隊長の近藤勇を東京裁判よりもひどい一方的裁判で復讐心で処刑し、大政奉還した幕府側に戦争をしかけるということ、さらに江戸に放火した薩摩に御所に発砲した長州が全く謝罪もせずに、官軍にすりかわって政権を奪取したこと、これらにより成立する靖国神社に、著者は参拝しないというのも頷ける。

つまりは、明治維新というものをもう一度きちんと検討する時期にきていると思われた。

とにかく、刺激的でした。オススメ!!!

うちの教団も迷惑な話で。本願寺にエセ右翼に火つけられたりして。何かと話題です。最近ではカラー法衣を着用とのことも話題ですなあ。困ったもんであります。

さて、「信長と石山合戦」である。

明治時代には「親鸞さんは教団のでっちあげ」と謗られてみたり、戦後は「一向一揆こそ中世における民衆自治の典型」ともてはやされたり。

まあ迷惑なことである。特に戦後の進歩史観というやつは、まず「思い込みありき」であるから、観念にあう事実を探すというまあきわめて山師的な思考が「唯物的」とされたのであるから、ブラックジョークである。

で、神田千里氏に習おう。

「中世から近世の変換は、一揆勢力が戦国大名との戦に破れて支配下に組み込まれていくことによっておきた」というのが定説だそうだ。岩波の日本歴史講座など小難しい論文ばかりであるがなーーんだ。民衆=善、支配者=悪ってことね。すると江戸時代つまり近世社会は悪モンが支配した事になるわけ。なるほど、だから農民や町人は武士の理不尽な支配に苦しめられた時代になると、ふんふん。

そうすると、明治維新はその暗黒を打ち倒し「四民平等」を実現しようとした、明るく楽しい進歩になるわけだ。

まそれはさておき。神田氏は「そういう定説では、石山合戦にて本願寺が信長と和睦し(実質敗北?)、大坂を明け渡して鷺の森へ転出した事実をもってエポックメイキングとする」のだが、それは嘘だ、と静かにおっしゃるのである。

根拠は簡単である。本願寺はむしろこの和睦後に発展している(寺院数の増加、朝廷の認知、自剃刀権の確立等)し、門徒たちも仮説に反して殲滅などさせられ安堵されているのであるから。

だいたい、信長を初め戦国大名が敵視した「一向宗」というのは、本願寺ではなかったと神田氏はいう。まあ、ここが原始真宗(古真宗と私はいうが)と重なるところで、最も魅力的なところですね。今私たちがイメージする真宗は教義も教団や僧侶のありようも、「蓮如以来」、つまり蓮如上人が組織し展開したありようが原点なのである。

呪いを禁じ、他宗や神道への誹りを禁じ、寺院や神社などへの攻撃などもっての他とする。現実社会では「世の中安穏なれ」と王法をなるべく立て、世間にさからわず目立たず、しかし内心ではしっかりと仏法をいただき信順する姿を理想とし、そのような穏やかに生きようとするものが集まる世界を「仏法領」とした蓮如上人。

戦国大名たちが敵対しあるいは禁じた一向衆は、まさにこの蓮如上人が禁じたことを「造悪無碍」的に行うものであった。そこには山伏や歩き巫女、さらに陰陽師や聖等の雑多な宗教者が介在しそれらのとく念仏や弥陀への帰依は「原始真宗の受容レベル」に止まり、「ご開山一流」の「選択本願」の念仏ではなかった。いやむしろそのような道々の輩に姿をやつして、他国に潜入霍乱するスパイも多かったろうし「宗教権力」を利用して人々を扇動することもあったであろう。

加賀一向一揆にしても、蓮如上人はこれに否定的であったし、そこには本願寺の勢力も確かに存在したが本願寺の命令一過、右向け右とはならない在地権力が構成されていたのである。実如、證如、顕如と、少なくとも本願寺中央は、王法仏法二元論から大きく逸脱することはなかった。さらに本願寺教団はそれぞれの寺院の自立度が高く、一揆結合の動静については在地が決定力をもっていたのである。

これらのことを史料を駆使して明らかにされ、信長が「意にそわぬものは殲滅した」「一向一揆を憎しみ殲滅した」というのが大きなウソであることを示された。簡単にいうと信長の中に他者にも理解される明確なルールがあって、それを違反するものは撫で斬り(殲滅)にしたのであり、協調できるものには安堵を与えている。石山合戦時にも信長に安堵されて大坂方につかなかった寺内も存在する。

まあ、知的なエンターテインメントとしても楽しめます。

でそうなると、戦国大名や江戸時代の評価まで変わってくるわけで。様々な一揆が乱立し国侍と言われる地域軍が散在するようになった中世後期の社会状況に対して、新しい秩序で社会を再編する力としてあらわれてくるのが、戦国大名という権力であるという見方が正しいように思われる。さすれば、民衆も経験の中で地域エゴや地域権力の弱さを超えて、大名の保護下に入るメリットを計算したにちがいないので、徳政の乱発による貸借関係(つまり信用制度)の崩壊や、刈り取り自由という原始的暴力社会の出現に、やがて辟易して秩序と平和を求めていくと見るのが自然であろう。堺や大坂がその自治能力の高さにより住民の安全保障を行えたように、信長・秀吉・家康もまた、平和で安全な社会を実現しようとしたと理解するのが自然であろう。

神田氏の論文が発表されて10年。確実に神田氏の指摘の方向へと、時代史の書き換えが進行していることを思うと氏の炯眼に感服する。ただ、未だ少数派であることは納得できないのであるが。

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