ここから本文です

スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫学びの家

夜間中学校での授業風景やこまごまとした生徒さんとのやりとりを
中心に記録していきます。
記事検索
検索

全16ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

ある教員の訪問

「10月11日にとなりの中学校で生徒が死にました。実は数年前まで私が勤務いていた学校です。そのこともふくめて何がどういけなかったのか点検しています」

こうおっしゃる先生が、突然「訪問したい」とおっしゃって見学にこられた。大変感激されて帰られたのであるが、その後御礼と感想のお手紙を寄せてくださった。

いったい何に感激されたのであろうかと見せていただくと、「老齢にもかかわらず仕事後の疲れた身体であるはずなのに、'''意欲的で進んで学んでおられる姿'''に感激」「生徒さんと'''人生を重ねるように交流しながら授業をされる'''先生方の姿に心打たれる」とあった。


逆説的であるが、この2つが昼間の学校に感じられないということか?


生徒たちに学ぶ意欲を感じないような授業時間空間がある。あるいはそういうクラス(人間集団)がある
ということは、解決はシンプルである。校長の決断で1ヶ月だけでもいいから学校独自のカリキュラムをやればいい。先生が自分の好きな内容、熱意をもって語りそれを知り学ぶことに感動した単元を作成すればいい。その準備に夏休みを充てるといい。堂々と休暇を与え授業を組み立てる為に海外旅行でもなんでも取材に行ってもらえばいい。


生徒と人生が重ならないのは、教員が自分をさらさないから。自分の苦を語り悩みを語ることをしていないから。夜間は語らずには教檀に立てないのである。「お前は何者か?」という風に生徒さん一人ひとりの人生から問われるから。


先生たち自身が学ぶ喜びを感じていない日暮しをしていれば、いくらいいことを謳っても、その空気は伝染する。中学でこそ教科の違う教員に「夢と感動を与える授業」ができるかどうか、試せるのである。国語科が自信をもって授業しても、数学科の先生には面白くなかったり為にならなければアウト!

そういう校内研を頻繁にやればいい。

それから、次に生徒間の人間関係の調整と構築であろう。授業でできる関係が学校の8割を占める。まず教材と教えるものの姿勢であろう。

なーーんてね。ちょっと偉そう!?でした。でも実際40分の授業に8時間くらいかけてますから。準備に。もちろん講師で、授業に専念できるというメリットもありますがね。

ブログの隆盛も、そうやなあと想うんですけど。

この社会の人は、よく書きますね。こんなに多くの人が書くという習慣、実に「綴り方」教育という地道な教育があります。

夜間でも生徒さんが生い立ちを書くということを最大にして究極の学習としています。まあ、文字の習得をいう表の課題と結びついて真の課題があるわけですが。


何を書くかということは、結果的に自己確認です。どう書くかはあまり重要視しない。で、見たまま経験したままの事実の記述を重要視します。


小中学生には悪評のある「やたらと感想文を書かせる」というスタイルもここから派生しました。思いや受け取りを書かせる、そういえば反省文ていうのもありましたっけ。

とにかくその中でも、評論系よりも身辺雑記に偏るのが私たちの特徴かもしれません。ブログの7割以上はそういう「エッセイというか雑記」ですね。


そこで学校でも、エッセイを書く教育をもう少し力を入れたらどうでしょう。実は私はその反対を一生懸命やったのですが、どうもうまくいかなかったんです。論理の文とか事実伝達の文とかを中心に、綴り方を教えようとしたのですが…。


あれだけ評判悪いのに「感想文系」の方が子どもは書けるんですね。ということは、論理や描写は、高等教育以上で訓練するカリキュラムがいるのかもしれません。

とにかく、日本のいえアジア系は、書き言葉の初期は感情の動きと言葉がいいようです。これ、実に面白いことで、夜間でも授業をしていてふっと「いい空気」になるのは、「今日のできごと」的な話題になったときなんです。

さすれば、紫式部よりは清少納言を目指そう!というスローガンで。あ、男の子は…。

集団主義指導とは

「一人はみんなのために。みんなは一人のために」

ボロクソに批判された「平等主義」として。競争させない学校。そういうフレームで。そして、学校にはエゴが持ち込まれるようになった。


だが、幼年期から少年前期にはその存在を支える母性的集団が必要なのである。そうしないと情緒というものが発達しない。そういう教育理論を踏まえた上で、集団主義は主張されたしその実践における「行き過ぎ」や「思想統制的指導」については、教員内部での熾烈な批判もあった。


そこで、私の知る限りで易しい解説をしてみたい。


まず、小学校。「クラスのお友達は兄弟姉妹」「先生は学校のお父さんお母さん」です。という位置づけで学校生活の導入をする。このとき、担任は「学校という未知の世界を案内するナビゲーター」でありつつ「未知の世界にとまどい怯える子どもの保護者」という2面をもたなくてはならない。どちらの側面が強くなるかはメンバーに合わせて変化する。決して「私はこういう方針です」と固定してはならない。


子どもたちには事あるごとに小集団で同じ仕事を取り組ませて、うまくいったら「みんなが力を合わせたからだね」と集団の価値をふきこむ。また、トラブルが発生したら「みんなで知恵を出し合えば乗り越えられるよ」と励ます。こうして、清掃や整理整頓という個人の仕事をみんなで助け合わせる。お互いにありがとうという事を教えつつ。

これらは、言語をもたない子どもに行動させそれを言語化することで方向性と意味を与えるという、大切な指導であり、私たちは俗に「ふきこみ」と呼んでいた。

国語の時間に教科書を声に出して読む、ということだって、初めは必ず集団読みで行い一人で読ませるまでに、いくつものステップを作成して弱い個を支え自信をもたせるように配慮する。そしてうまく読めるための練習タイムを設けて、力のある子にモデルやコーチをさせ、一人ひとりの読みを確かにする作業を小集団で取り組ませる。そして一人の成功を「みんなのおかげやねえ」と集団をほめ、いい仲間やねえということを繰り返し語る。

教科指導の価値の上部に、集団観を育てるという価値を置くのです。これが集団主義指導の原点です。言い換えればあらゆる指導場面で、子どもたちに人間は一人では「生きていない」、社会で生きていく存在であるということを教育し人と支えあうことを全面に押し出します。


こういった指導大系が確立している学級では、ケンカや仲間はずれが起きたときには最低立ち止まれる子どもが育ちます。支えあうことが当たり前でお互いが「おかげさま」と評価しあうことが普通になると、子どもたちの方から「○○さんの様子がおかしい」とか「○○くんがいじめられてる」とか「○○さんがブタと言われて泣いていた」とか情報が表面にでてきます。


いじめはなくならない(文化ですから)ですが、その芽やきざしを「子ども自らがつんでいく志向を育てる価値体系」を学校が提示することで、動的な意味で「いじめをなくす取り組みをしている」と言えるのです。

そして何よりもこのような指導大系が1学級に終らず、学校全体のものになるには、職員室の教職員の人間関係がそのように志向されていなくては無理です。学年教師集団づくりが欠かせないのです。そしてそれらを統括していくのに、藝能教科担当教員や養護教諭や学校事務職員の存在が重要になってきます。

このとき校長や教頭が、先生たちの担任の仕事をすることになります。下らん書類や会議に呼ばれて、学校外のことに気をとられるよりも、A先生が体調悪そうやなあとか、B先生は恋愛で悩んでるなあとか、先生たちの状態を把握し読み込んで、あなたのおかげで学校がうまくいっていると自信をもたせつつ教職員集団づくりを行わなければなりません。校長は教職員の保護者役を任されるのです。


こういう話はとても、前近代的ですね。ここでの集団主義は擬似家族主義です。小学校ではこれが大事なのですね、学校ではみんなが家族ごっこする。大人ですから「ごっこ」と承知して。これで実は日本の教育はもってきた。

ところがこれが今、攻撃対象になり嫌われる。第一保護者や子どもの側が、担任は学校のお父さんお母さんという位置づけを承認しません。これがないと苦しい。よその知らんおっちゃんが、ああせいこうせいと言ううるさいなあ、となってしまいます。また、80年代以降に成人した担任の側にも、集団主義思想はありませんから、そんな重たい仕事はかなわん授業をする人でいい、と忌避される。

こうして私の記憶では、おそらく10年以上、「集団主義」とか「一人はみんなのためにみんなは一人のために」とかを、単なるスローガンではなく、主張し実践する声を聞かなくなりました。

開くトラックバック(1)

揺れる心とつきあう

夜間の生徒さんは、「夜間中学」に出会って、学ぶ喜びや学ぶ仲間ができて、明るく元気になる。それはそうなのだが、そういう切り口で見てしまうのもまた「偏見」である。

ペースメーカーを埋めている生徒さんもいる。ドクターストップがかかって一日おきにしか通学できない人もいる。彼、彼女たちの日々も平坦ではない。身体の不調や老化により気力を奪われることだってある。


3年前と今で明らかに、弱ってこられたなと感じる生徒さんもいらっしゃる。そして、何十年生きてこられようと「愚痴」や「懺悔」からは免れない。


ああしておけばよかった、こうしておけばよかったと、「先生、もう、イヤになったよ」と泣き言をおっしゃる日だってある。


また、ささやかな希望の花が咲く日もある。「英語ができるようになったら、定時制高校に行きたい」「昼間の高校に編入したい」等々。特に中国からの引揚者の家族は、学齢期の子どもも多いので、そういう希望をぼんやりともつ。しかし一方で、現在通学している小・中学校では、日本語がわからずに授業についていけないし友達もできないというジレンマを抱える子も多い。

こういう子たちは、ちょっとしたストレスで崩れることが多い。諦めと苛立ちで、安定した日常が送れない。中国の子たちはそうすると、言葉の通じる仲間を探す。そこで学歴期の子たちも、親や祖父母の通学について「夜間中学」にやってくる。そういう子の心配をする親や祖父母の相談に乗ることも、夜間の先生の仕事である。仕事というか放っておけないでしょ。で、昼の学校との橋渡しをしたり、地域の教育委員会と連絡を取り合って、様々な方針と手当てを考えたり実行する。


このようなことは、昼の学校にだって多々ある。私はロクな教師ではなかったが、それでも小学校時代に子供を置いて、家を出て若い愛人の元へ出奔した母親を追いかけて、探し出して談判したこともあるし、両親が蒸発した子どもたちの食事を兄弟の担任三人でローテーションして支えたり、学校にはナイショであったがいっしょに寝泊りしたことだってある。


現場主義。そこにいる子どもたちの抱えている問題が学校やクラスの中で「事件」として噴出して、パニック状態から出発する取り組みを通して、「事件になる前に子どもたちはいろいろな事象を通してサインを出しているんやなあ」という事を学ぶ。


で、うん?という首をかしげるような事象が起きたときに、子どもたちを集めて話を聞いたり他クラスの担任や専科の先生から情報を集めたりする。これが高校の先生になると、生徒自身との話し合いと信頼関係を築くのに時間をとられるであろう。


確かに、週五日になって仕事はつまった。総合や選択やらで教員間の会議と意思統一が必然的に増えた。しかしだからといって、子どもの実態に目をつぶったり「忙しいから仕方がない」と諦めたことはなかったし、大多数の教員はそういうスタンスで精一杯目の前の児童生徒と向かいあっている。


そういう教員たちは、マスコミで何が報道されようと識者がしたり顔で「学校は先生は教育委員会は」と批評しようと、そんなことにうつつを抜かしているヒマはないので、黙って今日の課題と問題に取り組んでいるのである。


そういうサイレントマジョリティの存在をこそ、報道されるべきではないのかと、「もう少し日本語を覚えたら高校へ行きたい」という少女の笑顔を見つめながら、深く思う。

のどかな運動会

イメージ 1

イメージ 2

夜間中学でも「運動会」はあります。

でも、風景がちがう。だって応援にくるのが、4,50代と子ども。競技しているのは60以上のお年寄だ。


先生たちもスタンドも「いけー」「勝てー」なんてのは皆無。


「ゆっくりね」「こけないようにね」「ケガしないでね」というのが普通。


いいですよ。中国からの引揚者やその家族が競技すると、各学校対抗的ムードが盛り上がって、一瞬ヒートアップするのも一興。でもすぐにのんびり穏やかに戻る。


みんなで楽しむ運動会。今回は会場が難波で、すぐ下のスケートリンクでは第二の浅田真央を目指す子どもたち(3歳〜)を連れた、お母さんたちが熱い視線をリンクに注いでいた。一種独特のライバル意識とプライド、そして女性のフェロモンが…。


なんかすごい世界が、同じビルの中で繰り広げられていました。

全16ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

nazuna
nazuna
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

ブログバナー

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事