|
「10月11日にとなりの中学校で生徒が死にました。実は数年前まで私が勤務いていた学校です。そのこともふくめて何がどういけなかったのか点検しています」
こうおっしゃる先生が、突然「訪問したい」とおっしゃって見学にこられた。大変感激されて帰られたのであるが、その後御礼と感想のお手紙を寄せてくださった。
いったい何に感激されたのであろうかと見せていただくと、「老齢にもかかわらず仕事後の疲れた身体であるはずなのに、'''意欲的で進んで学んでおられる姿'''に感激」「生徒さんと'''人生を重ねるように交流しながら授業をされる'''先生方の姿に心打たれる」とあった。
逆説的であるが、この2つが昼間の学校に感じられないということか?
生徒たちに学ぶ意欲を感じないような授業時間空間がある。あるいはそういうクラス(人間集団)がある
ということは、解決はシンプルである。校長の決断で1ヶ月だけでもいいから学校独自のカリキュラムをやればいい。先生が自分の好きな内容、熱意をもって語りそれを知り学ぶことに感動した単元を作成すればいい。その準備に夏休みを充てるといい。堂々と休暇を与え授業を組み立てる為に海外旅行でもなんでも取材に行ってもらえばいい。
生徒と人生が重ならないのは、教員が自分をさらさないから。自分の苦を語り悩みを語ることをしていないから。夜間は語らずには教檀に立てないのである。「お前は何者か?」という風に生徒さん一人ひとりの人生から問われるから。
先生たち自身が学ぶ喜びを感じていない日暮しをしていれば、いくらいいことを謳っても、その空気は伝染する。中学でこそ教科の違う教員に「夢と感動を与える授業」ができるかどうか、試せるのである。国語科が自信をもって授業しても、数学科の先生には面白くなかったり為にならなければアウト!
そういう校内研を頻繁にやればいい。
それから、次に生徒間の人間関係の調整と構築であろう。授業でできる関係が学校の8割を占める。まず教材と教えるものの姿勢であろう。
なーーんてね。ちょっと偉そう!?でした。でも実際40分の授業に8時間くらいかけてますから。準備に。もちろん講師で、授業に専念できるというメリットもありますがね。
|