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86年の夏

びっくりしてしまいましたわ。何気なく付けたTV。NHKに写しだされたのは尾崎豊。

1986年の夏。今はもう姿形もない「大阪球場」で行われた19歳の尾崎のコンサート。

な、な、なんと。nazunaが写っているではありませんか!!!!

そうなんです。あの伝説のライブに行ってたのですね。記憶をたどると、まだ東京に演劇の研究や演技のレッスンに大会の運営にと、通っていた時期。教員から芸能界への転進も少しは考えていた頃だったけど、娘が生まれ所帯への責任感のようなものがあって、小6でギターに触れ手以来フォークロックと音楽に浸っていった学生時代の感覚と「オサラバする」ことが現実味を帯びてきた30代。


その頃にラジオで聞いた「15の夜」と「シェリー」の詩に撃たれた。

 シェリーいつになれば俺ははいあがれるだろう? シェリーいつになれば俺はたどりつけるだろう
 シェリー俺は歌う 愛すべきもの全てに

「夜の校舎窓ガラスこわして回った」「信じられぬ大人との争いの中で」と、あれだけ学校や社会や大人たちを暴力的に否定しツッパリながら、その実「転がり続ける俺の生き様」と「自己への疑い」を忘れていないことが、シャープだった。それでも歌手をなりわいとして選らんだのならば歌うという行為すのものが生きることであると。


あのコンサートでもラストでシェリーだった。つぶれたかすれ声n「シェリー」に19歳とは思えない、断固たる決意を感じて、ステージそのものにも打たれた。さすがに横でキャアキャア言っている10いくつも年下の娘と(といっても今ではみんな30代後半だねえ)一体感はもてなかったけれど。


グランド組まれたステージの前から向かって右側の10番目あたり。汗と涙をまきながらエネルギッシュに一瞬に自分を開いていく彼のステージ。


そしてこの夏、nazunaは娘の分と計算しつつ、収集し聞きコピーしていたLPレコード200枚と決別したのであったなあ…。


ちょっちょっぴセンチメンタルに、そして大いにコッパ恥ずかしい8月10日午後11時です。

死体が残る地域では復活思想が生まれる。遺体を保存しておくというのが、埋葬の意味になる。そうすると復活するプロセスが理論的に必要になる。あくまでも契約関係で「神様」とのお約束で復活する私であるから、肉体も復活するのが必然となります。

それらを前提にしてキリスト教は成立する。後は卵が先かニワトリが先かになるが、要は宗教とは死と再生の言辞でありそうであるからこそ、個々人の人生のありようを本人の衝動や脳のススメるがまばではなく、様々に規制し刺激していく。そうして宗教は、私たち人間が個を超えた社会というものを形成する契機となるともいえるし、はたまた類としてのヒトの種の保全という戦略から、必然的に生まれるともいえる。


では、死体があっという間に腐敗分解してお骨になってしまう地域、あるいはヒトが食われる(他の生物が死体を食料とする)地域では、そういう「死と再生の物語」は生まれない。別の肉体に「輪廻転生」と生まれ変わっていくという思想が生まれる。

これらの死にまつわる観念に変化が生まれるときとは、自然風土そのものが変動してしまったときが考えられる。さらに、無意識に私たちを規定していたものを私たちが意識化できたときに変化が生まれる。

この2つ以外には、むしろもっともっと無意識化が進行しつまり人類という種へのノーテンキな信頼なのかもしれんが、死や老いについての思考やシュミレーションの放棄による変化がある。

で、nazunaはこの最後のが最近のわが国でなければエエのになあ、と危惧しとるのですわ。

唐突ですが、「藪入り」です。ええ?唐突ではない。そうおっしゃってくださる方は、相当民俗宗教学に熟知されてこられたようですぞ、フッフッフ。


実は、「お盆〜先祖祭り〜墓参り」という路線は、存外に歴史的に新しい(過去の歴史の再生かもしれんが)のではないかと思われます。


前にもお知らせしましたが、山科言経(やましなことつね)という公家さんの日記が残っています。天正年間から慶長年間まで1600年をはさんでの日記でして、特に石山合戦と信長、本能寺の変から秀吉政権、さらに関が原の合戦から家康将軍誕生にいたる証言のつまった、一級の歴史史料です。


で実は、言経の日記部分の生涯は、天皇の勘気を受けて京都にいられなくなって、本願寺・興正寺に面倒みてもらっていたので、そういう宗教史における貴重な証言もいっぱいあるのです。


そこで7月の「盂蘭盆会」のころを調べてみますと…。精霊棚をつくり先祖霊をお迎えし、16日にそれを流したりお送りするというような風習の記述はないのです。



まあ、当たり前に皆がやっているからあえて記述されていない、という解釈もできますが、神仏習合でしかも仏教優位の彼の日常から考えると、お盆の始まりに家の床の間に軸をかけてその前で「お経を読む」ことをしたりはしていても、いわゆる現代人のしているような迎え火送り火はしていなかったと思われます。普通の風俗として「お盆灯篭」の鑑賞にでかける記事はありますから。



そうすると、むしろ社会的事実の方からアプローチするのが正解かも。で、「薮入り」。薮入りとは江戸期に出来た習慣で、街場の店の奉公人が出身地へ帰ること。草深い田舎を「藪」と表現しているわけです。そういう習慣が形成されるには、田舎を離れて労働人口として城下町に人口流入が起きていることが前提でありましょう。さすれば、それは寛政年間以後文化文政にいたる時期になります。

その時期に檀家制度宗門改め制によって残された「過去帳」記載が安定した制度となりさらに毎年毎年、ものすごい量の葬儀を行いそれらの「家」は3代ぐらいで消滅していくという現象が確認できます。

1月16日の小正月という民俗、7月16日の盂蘭盆、こういう歴史民俗に根をはった言説を援用することで、江戸期に急激に発展する商業社会における休日や休暇制度を整備したのではないかと。そしてそれが今日にいたる、お盆=死者の帰ってくる日という観念を形成していくきっかけになったと思われるのですが、いかがでしょう?

人が死んだら「ほとけ」になる。それが深山や森の記憶と重なると、遺体の早期分解という日本列島の自然がもたらす特徴により、他界観念とも結びつきやすくなる。


で、結局、死や再生をめぐる複雑な観念や論理構造を用意しなくても、「死者は変身」したと無条件で思われるし、そう受け入れられる。

「死をめぐる、死と再生の論理体系」こそが、宗教であるから、そうすると、この島は宗教を生まない自然環境であったといえてしまう…。困ったことです。


例えば、この自然がインドのような熱と光と水が過剰な世界であれば、或いは砂漠のような生を奪う過酷さを度々示せば、単純な生活感情で「肉親の死」や「仲間の死」を受け入れられない。村ごと消滅することが度々であるとか、一族の滅亡が数年単位であちこちで起きるとか、大地が数年ごとに形が変わってしまうとか…。


「生」を支える芳醇さと四季という微妙な変化を蓄えながらも、大規模な破壊と殺戮が起きない風土。過剰な生命が過剰なまま調和する世界観。古神道の中にこのような自然に依存した観念が多数育まれる。

それは海流の多様性。飲料水の豊かさ。植物相の多様。これらによって、外来の人々が争うことなく分立できる。だから神々の殺戮が起きない。共存共立するのである。


そして今回の結論をいうと、この日常と地続きのノーテンキな死後観は、人間が社会化される或いは組織化国家化されることで、体系的に編まれるわけで、海に規定される水の民たちは一足早く、「宗教」を組織することになるのである。そこでの基準は共同体における利益と損失であった。

また中国ネタである。まあここしばらく、中国文化へのバッシングはブームになるのであろうが。

チャウチャウにカラーリングしてパンダにした話であるとか、ヤラセであることがわかったと言われる「段ボールギョウザ」の話やら、まあ花盛りでありますなあ、中国ネタ。

今度は、動物保護の観点から問題がある施設を、全日空のCMでアピールしたとして、速水もこみちのCMが中止されたそうだ。


まあ、犬に洋服を着せることには何の問題も感じないで、色を塗ると可哀相というのが「先進的」あるいは「文化的」であるらしいから、無理はないかとも思われるが。

しかし、どうかねえ???

問題の「トラ牧場」では、「ワシントン条約で商業取引が一切禁止されているトラの骨が入った酒やトラの肉料理を観光客に販売している」と環境保護団体に報告されて国際的な非難が高まっていたらしい。

トラを食っちゃいけねえ、ってことだと。


「クジラは神のつかい」とか「知能の高いイルカを食うのは野蛮」とかいうのと同じレベルの話だね。


生命倫理といのは「宗教」から生まれる、というのがnazunaの考えである。宗教的な思想が中国では現在どうなっているのか、よくわからないのだが、明治維新後に外国(といってもキリスト教文化国)にバカにされないようにと、わが国固有の裸体文化を取り締まったのと、北京オリンピック前の中国は同じ状況に立たされているかもしれない。

ならば、アジア的なものや何でも食べます中国文化を、思いっきり弁護してやりたいと思ってしまうのも、「美しい国」の国民としては当然であはないかと、少々憤っているのであるが。あまり興奮すると、肩があいてテテ!であるから、ショボンである(笑)

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