ここから本文です

スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫ニュース・エッセイ

時事ネタを『仏教』の観点でチェック!!
記事検索
検索

四十肩、五十肩?

PCはクラッシュから立ち直ってが気がつくと、夏である。台風は昨夜通過したが通過してくれないのは、「肩痛」である。

お医者がよいでもう3月。書庫整理とスライド本棚の導入の作業をしていて、ある瞬間「ギク」っとなっちゃいました。ああやった!と思って1週間ぐらいで忘れていただが…。

夜の通勤で、肩からPCをかけて京阪電車に揺られていた時に、がっと揺れたのでつり革をぐっと掴んだそのとき…

「………(5秒)」肩関節の内から脳天にキリを突き刺すような痛みが。


で、結局何かの拍子で、左腕を使う(たぶん回転の伸びのミックス動作)と、激痛である。

小学校からの幼馴染のドクターに診察を受けると軽く、「まあ半年は治りませんで」といわれた。毎日飲み薬と塗り薬を使ったけれど。全く痛みは去りません。

耳鳴りに加えてまたひとつ増えました。四十肩といいたいのですが、正しく年齢でいえば五十肩と申告すべきなのでありましょうねえ。ちぇっ!

光市母子殺人事件

いきなり他人(ひと)の家にあがって、「お母さんになって」とお願いして、「うんいいよ。ボクちゃんしっかり甘えなさい」と甘えさせてくれる女性がいるのだろうか?

不謹慎にも、そんなことが可能なら今すぐお世話になりたいと思うのであるが。しかし、おそらく「お会計」のついた、盛り場にある「お家」でないと、ありえない話であろう。

そんな「ストーリー」を描ける頭を「妄想」というのではないか???

億が一、兆が一、本当にそう思って、上がり込み抱きつき結果的に犯行に及んだとしても、そのような妄想男に最初にしなければならないのは、思い知らせることである。

すなわち教育だ。
「あなたはあなたの願望を実現するのが世の中である」と思い「それがかなわないのなら相手を破壊しても願望を遂げる」行動に出た。

それを「身勝手」といいあるいは「エゴイスト「といい、古代から今にいたるまで、人間社会では「渥」であり「罪」であるという。罪の重さを知りなさい、というのが責任ある大人の態度である。被害者への罪悪感、あるいは謝罪感情が芽生えてこその、量刑判断である。

「死刑」には私も留保つきの賛成であるが、その議論は量刑の問題である。大前提の「罪」がわからない者には、それを教えることが先である。

取り調べを受け、拘置されている期間に弁護士が接見することは大きな意味で社会の側から、「あなたを動物ではなく文明人として扱いますよ」という社会の側の好意なのです。「死刑」にしないことが「ヒューマニズム」ではない。

罪悪と業悪を別物であると認識できる指導者の指導が、必要であると痛感する。まず、弁護士さんにその学習が必要だけどねえ。

なにせ、あのモーゼを拾って育ててくれたお方でありますぞ。


彼女なかりせば、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教もなかったのですぞ。


という、「女王さまあ!!!!」の遺体(ミイラ)が、その歯から確認されたという発表があった。

トトメス1世の娘として、早世した夫、トトメス2世の後をついで男装してエジプトを統治したといわれる女王。3500年前のことである。



私は音楽業界の人々との交流も多少あり、そっちへ就職しようかとも思ったこともあって、ある時期すごく専門的に音楽を聴いたのであるが、ZARDはそんなに心に残らなかった。

今日、ワイドショーを見ていてびっくりしたのは、同世代ぽい男たちが「お別れ会」に続々と詰め掛けていたことである。東京人の中に何かそういう儀式ぽい行動美学が形成されつつある傾向もあるので、多少は割り引いて評価せねばならないかもしれないが。

詩(ウタ)には、人や時代を動かす力がある。しかし、「負けないでもう少し」などという言い回しに、そんな力を感じないし、そのメロディラインにもノリの良さを感じても力を感じない。

「赤いりんごに唇寄せて黙って見ている青い空」から感じとれる、敗戦の中での実存。「砂まじりの茅ヶ崎、人も波も消えて」からかもし出された全てを面白がり風景化していく強い意志。あるいは、「勝つと思うな思えば負けよ」と高度経済成長を男根的孤独で乗り切らせた力、その逆に消費万歳と贅沢志向していく後ろめたさを「わかっちゃいるけどやめられない」と歌ったお気楽。

ZARDは、それらに匹敵しないと思う。ではなぜ40週もチャート入りしたのか。答えは簡単。ウォークマンとカラオケである。みんなで聞く楽曲ではなく、自分だけに語りかける楽曲。80年代後半から90年代ZARDファンのおっさんたちは、母や姉や恋人の言葉として聞いたのだ。

蒲池家から、出た二人のウタ姫が、かたや女性性を典型としかたや母性を典型としているのも興味深いが。ZARD自身が病のために母性に生きられずに死んでいったことは悲哀である。

ちなみに、ハトシェプストは、女性性や母性を否定して、集合的無意識(国家)のために生きて死んだ。そのために、その義理の子(妾腹)トトメス3世によって存在まで否定されてしまうほどに。

ああ、女王さま、である。

ミートホープの偽装

わあい、ママ。今日はハンバーグ!!!

昭和30年代生まれにとって、ハンバーグは特別だ。

初めて食べたとき、こんなに美味しいものがあると感動した。

時が流れ、我が寺の前にも大きな大きな「びっくりドンキー、ビグドン」ができた。

毎晩、親子連れが訪れている。ウチも家族で一度いった。ハンバーグが1000円でおいしくいただける。ああ、それで流行っているんだなあと、感心した。


「牛肉表示がブタ」から始まって、次々といろいろな肉を使用していたことが、明らかになっている。「くず肉」、「賞味期限切れのコロッケ」等々、悪い事例の中で使用される言葉…。

食の安全という観点で、大いにやっていただいていいのだが、反面こわいなあと思う。

「くず肉」という価値観。ブタであれトリであれヒツジであれウシであれ、その命を奪い肉を食するときに、「くず」という評価をする。そこにある構造的な(つまり無意識の)驕りが恐ろしい。


表示と違う内容ということで人間社会での裁きはされればいいだろう。がしかし、その根本に「命を尊くいただく、他の生命により生かされる」という謙遜が失われていくことの方が、重大ではないか?


どうかミートホープさま。ブタの心臓とヒツジ肉などで血で作った「おいしいハンバーグ」だと、食物としての肉には、捨てるべきもったいない部分は無いのですと、改めて安価で販売していただきたいと思うのである。

開くトラックバック(1)

スパ事故

第一報は、ミヤネヤで。聞いた瞬間、ブタンガスかメタンガスだろうと思った。結構長時間に滞留したガスに引火。


今、やっと今年の授業で「原子論」にふみこめたので、原子模型を事前制作している最中の報道だった。

結局、昨日になって3人がお亡くなりになったとのこと。


様々な報道を聞きながら、炭鉱の落盤事故や粉塵爆発のことに思いを馳せる。


若い人は知らないであろうが、昭和30年代は石炭から石油へとエネルギー政策が転換した激動期であった。「三井三池炭鉱争議」は、それにともなう急激なリストラと生命の安全保障も不十分な労働環境の中で、文字通り命をかけて働き続けた労働者の戦いであった。


あれから40年がたち、私たちの欲望は次から次へとふくらみとどまることを知らない。都会でスパ(温泉)に入れる!魅了されます。


しかししかし、そのために労働する人々の生命の安全をも消費していく実態は、まったく変わっていなかった。いやむしろ、私たちの消費社会とはいつもどこかで、誰かの生命と引き換えにその繁栄を得ているとさえ、思われる。

私たちはどこかで、そういう後ろめたさをもう知っているのではないか。


「安全対策」というのは、いつも後手であり、ある種「言い訳」っぽいニュアンスを帯びるということを………。

nazuna
nazuna
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

ブログバナー

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事