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大阪市:同和地区明記、HP公表 区長公募論文、指摘で削除

毎日新聞 2012年07月07日 大阪朝刊
 大阪市の区長公募で都島区長に就任予定の元コンサルタント、田畑龍生(りゅうせい)氏(37)が応募時に提出した論文に、都島区とは別の区の地域が同和地区だとの記述があり、区長内定者の論文を市のホームページ(HP)上に掲載していた同市が外部の指摘を受けて5日に削除していたことが分かった。【熊谷豪】
 毎日新聞が入手した論文では、田畑氏が当初応募した区について、人口当たりの犯罪件数を踏まえ、「決して犯罪が多いエリアではないにも関わらず、安全面でのイメージは良くなっているとは言えない」と指摘。複数の地域名を記した上で「開発が進んでいない状態であるため、いまだに暗い印象を拭いきれていない」などとして、再開発や、区全体での防犯・防災対策の拡充の必要性を訴えている。
 区長の公募には1461人が応募。橋下徹市長や市特別顧問の中田宏・前横浜市長、千代松大耕・大阪府泉佐野市長と市幹部2人が全員の論文に目を通した後、2回の面接を経て合格者を決めた。
 市によると、今月2日に合格者24人の論文をホームページで公表したところ、5日夕、外部から「田畑氏の論文不適切な表現がある」との指摘が寄せられたという。


若い人はご存知ないかもしれないが、かつて「地名総鑑」事件があった。
 
 
全国の主として「同和地区指定された」村落および、都市化された地域を特定して、住所で示すという、マニュアル本が作成されて売られていたという事件である。しかも情報にいい加減なところもあるというもの。
 
 
 
これは、主として興信所(いわゆる探偵事務所)がその作成にかかわり、企業がそれを購入することで、新入社員や転職者の人事の際に同和地区(国が指定した部落差別を撤廃するために行政措置が行われる地域)の人間かどうかを事前に把握する資料として使用された。
 
 
背景に同和地区や解放運動への偏見があり、「地区出身者を会社に入れると何かとトラブルのタネになる」という、極めて悪質な差別意識に基づく行為を、「人事」として合理化するためのツールであった。
 
 
これに対しては、部落解放同盟からの厳しい糾弾闘争があり、これを購入した企業には、国民的課題である「部落差別の撤廃」に背く価値観を有し、再生産するものとして、反省と再生を求めたものである。
 
 
この闘争についても、「厄介なことになった」程度の揶揄があり、問題の根を見つめられないメディアや企業も存在した。しかし、それらの中で興信所による身元調査の問題(これは、結婚差別という部落差別・外国人差別にリンクする)や企業の人事体制の見直しを図った真摯な企業サイドの取り組みがあり、一定の相互理解が生まれたことも大切な収穫であった。
 
 
ところが、橋下府政誕生前後から今に至るまで、大阪府、市の同和行政にはマイナス評価しかされずメディアもまた公務員攻撃と既得権攻撃にのっかってきた。
 
 
大阪の解放運動は、もちろん部落解放同盟が中心であったが、それだけではない。戦前からの府市政においての融和運動の歴史があり、行政側(首長・役所・議会)主導でできあがったシステムも多い。
 
 
戦後はもちろん「同盟」という大衆運動団体の行政闘争にリードされたが、それでも施策は行政責任である。また運動側も大衆政治団体であるから、100%一致などありえず、ある意味で厳しい内部批判を含んで、やってきた歴史がある。
 
 
それらを一切踏まえずに、財政論から施策を両断し、既得権攻撃をして「新しい大阪」ができるという、橋下方式を支持したのは府市民よりまずメディアであった。
 
 
 
さて結果、大阪市がとった公選制区長に、地区名を公表するという見事な部落差別者が登場した。、これまた外部の選考委員は大阪の行政の歴史をふまえず、問題なしとして通過させたわけである。もちろん行政として地域の問題を指摘することはある。
 
 
が当該論文は、具体的三地名を公表して「未だに暗い印象を払拭しきれていない」ことを、安全面での東淀川区のイメージが向上しない遠因、と指摘している。
 
 
その論文を他の区の区長に任命された人物の判断基準として公開したのが大阪市である。平松市長以前には考えられなかった「差別助長行為」である。
 
 
 
まずもって、その論文を公表しても大丈夫という橋下氏以下の大阪市は、部落問題をどう認識してるのか。きちんとした認識をベースにしない行政の典型で、外部からおかしいといわれるとひっこめてしまいにする。なぜひっこめたかという理由の開示はないのか。いろいろと疑問がでる。
 
 
 
それでいったい誰が傷つくのか実験するという、ネオタイプの鳥取ループは、この問題もたいしたことないと言うのだろうか。
 
 
明らかに、旧同和地区をネガティブにしか見ないというまなざし。区全体の問題は同和地区に集約されるという論法。地域や歴史性を無視して開発(要するにあとかたもなく作りかえれば差別場無くなりいい区になりましたとさ)すればいいという論。
 
 
同和対策に限らず、国からお金を引っ張ってきて選挙民に配る。それが公共事業という形をとり、建設業関連が潤う。また、箱物がいっぱいできて公務員の数が増える。それが選挙母体となって、また国から銭をひっぱてくる(ようにみえる)知事・市長を選ぶ。
 
 
この構造こそ「戦後政治」であったろう。それを根本批判して改変しなければ日本はもたないということはわかる。
 
 
だが、それらのおこぼれであったかもしれないが、教育や社会実践・福祉医療や人権保障の分野で、積み重ねられてきた成果をも、破壊し捨て去っていい道理ではない。
 
ほんのわずかな金額の夜間中学生の就学援助を打ち切り(市でやればいいというが、非識字者や義務教育未修了者は、府下に散在し11校が集約的に生徒を集めているという実態を無視している暴論である)、行政機構論に終始した橋下元大阪市長は、ついに「暗くて犯罪の多い被差別部落」というネガティブキャンペーンを行う人物、それが経営コンサルタントであることで地名総鑑事件を彷彿とさせるが、を数ある候補者から区長にし、その姿勢を支持することを天下に公表したのである。
 
 
ところが自分たちの本質がばれた、とみるや論文の閲覧を削除した。また、それでことがすむという報道の姿勢をみるに、30年前に戻ったとしかいいようがない(毎日新聞も終わったなあ、平川記者はどう思っているかなあ)。
 
 
私たちが教育や社会運動を通して積み重ねてきた、「差別被差別を超えていける生き方」への希求を、根本から否定する大阪市政。大阪市民は以下のところに意見をよせてほしい。https://sc.city.osaka.lg.jp/mail/opinion.cgi
 
 
悲嘆述懐す。
 
 
 
 
 

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月齢である。
 
ごらんは九月であるが、30日が旧暦の8月15日。いわゆる15夜である。仲秋の名月とはこれ。
 
明治維新を行ったものの中のおバカが「文明開化」として、キリスト教暦を採用した。このことは、すぐには影響はでない。しかし、100年たつと大きな影響が出る。
 
 
 
たとえば、たなばたと七夕がひっついてしまったり。関東と関西で「夏越の大祓」がずれて、祭礼の意味が不明になったり。はたまた、「おぼん」も7月と8月に分裂。
 
分裂といえば、親鸞聖人の年回法要である「報恩講」も、新暦11月28日を御満座とする宗派と旧暦のまま新暦にはめて、1月16日を御満座とした宗派に分裂する。
 
 
 
中国で発達した太陰太陽暦は、月の満ち欠けで1月を決める。朔から朔(新月から新月)で1月。15日が満月になる。朔は月はじめであるから、「つきたち」の日。したがって1日のことをなまって、「ついたち」というのである。
 
これだけでは、その月が何月かわからない。
 
そこで、そこに太陽(まはた木星=太歳)の見かけ上の位置移動を測定して、北半球であるために「冬至」を起点として二十四節季を決め、それによって季節をおりこんでいくという複雑な方法で、カレンダーを作成していた。
 
現在でも、日本を除く東アジアではこちらが一般的(大衆的)である。もちろん中央政府は、キリスト教暦を奨励することは変わりがないけれども。
 
 
 
さて、もしも暦を変えなければ、7月の猛暑は5月の猛暑となる。つまり、旧暦の4・5・6月の夏に、気温がどうだったかという判断になる。おそらくは、も少し早く地球温暖化であるとか、都市のヒート現象に、学者先生の謦咳を聞くことができたであろう。
 
 
今年は閏三月があったので、今日は7月11日になる。七夕がすぎたところ。31日が二百十日になる。台風が来ていたのはまさにどんぴしゃ。
 
 
漁業や農業いは潮の満ち引きは重要。さらに、女性の生理周期に代表される月の引力の影響。
 
さらには、星々と地球の位置関係による、さまざまな宇宙線の変化が、その詳細が理論化されなくとも、月の満ち欠けと二十四節季によって、予測されたのである。自然科学には至らないが、科学未満・経験値というところ。
 
 
 
さて、ネットで調べて驚いたのなんの。この月齢にわざわざ「六曜」をつけているバカがいる。現行の「六曜」は、以下のサイトをみればわかるが、新暦に合わせて単に順番ハメした、明治以降の創作である。前述の天文観察を基にしたものとは全く無縁。それを月齢カレンダーにのせるという愚かな行為。http://www.ajnet.ne.jp/dairy/
 
 
大安だの仏滅だの、ほんとくだらん。もっとくだらんのはさもありがたそうに、これを用いる僧侶がいること。日の吉凶をいわず、なんて当たり前の常識。
 
自然から生まれた人間が生みの母体に注文付ける。それに手を貸す宗教者とは、いったい何ぞや。日々是好日である。
 
悲嘆述懐す。
 
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聖徳太子像(真宗寺院には必ずある。親鸞聖人は「和国の教主」と仰がれた)
 
 
悲嘆述懐である。後世の人のためだけを思い、「人倫の嘲(あざけ)り」を、恥じないのである。
 
 
 
さて、世間では保守とか愛国とかいろいろ看板にする人がいる。
 
その分類によれば、nazunaはレフトなのであろう。
 
けれども、その方々の「適当さ」にはほとほと、参る。
 
 
 
 
きちんと言説をたてずごまかしているだけであるが、桜井某というテレビのキャスター崩れがあたかも論客のようにいわれる時代である。
 
 
 
司馬史観もしかりであるが、はっきりいっておく。
 
彼らは単なる時代錯誤者である。
 
なぜなら、明治維新エライ、明治体制万歳、で、薩摩や長州さらには明治天皇制によって利益をえた一群の論説をばそのままなぞっているに過ぎない。
 
 
天皇の葬祭一つでも、何ら合理的な解説の能力はない。以下は泉涌寺自身の説明であるが、これは事実。
 
「その後、応安7年(1374)1月、後光厳院をここで御火葬申してから以後九代の天皇の御火葬所となり、後水尾天皇から孝明天皇までの江戸時代の全ての天皇、皇妃の御陵もここに造営された。さらに明治維新の後は他山奉祀の歴代天皇、皇妃の菩提寺「御寺(みてら)」として尊崇されるようになる。」
1月6日新年御参詣
1月7日昭和天皇御例祭法要
1月11日英照皇太后御祥忌法要
1月17日新年御合祭法要
1月30日孝明天皇御例祭法要
4月10日昭憲皇太后御祥忌法要
5月17日貞明皇后御祥忌法要 表千家献茶
6月16日香淳皇后御祥忌法要 裏千家献茶
7月10日盂蘭盆御水向法要
7月17日盂蘭盆御合祭法要
7月29日明治天皇御例祭法要
12月25日大正天皇御例祭法要
12月29日歳末御参詣
泉涌寺の年中行事(2012現在)
 
この伝統についてどう説明するのか、「保守」をとなえるものに説明をもとめたい。
 
この天皇方々は、護国の神であるのか否か、神道側からの説明も聞きたいものである。
 
そんなに靖国体制がいいのなら、この泉涌寺を廃仏毀釈のようにつぶせばいいじゃないか。そして歴代天皇の御遺影やら位牌やらも、燃やせばいい。墓も掘り起こして改装せよと主張すればいいじゃないか。 
 
ところが自称、保守の論客たちは、そこまで徹底する勇気がない。だって、そこまでやれば聖徳太子も非実在の人物として、否定せなばならないもの。あなたがたの立場からいえば、「皇室を仏教化した元凶」でしょうが、太子は。 
 
でも、対中国対韓国において太子を持ち上げないと具合が悪いから言わない。
 
対隋の手紙は中国に対抗するには必要。憲法17条も必要。
 
けれど、その太子の仏教の師は、高句麗(朝鮮半島三国の一つにて、北朝鮮から満州方面に展開していた古代国家)の僧侶である恵慈であることは、言わない(このことは後日記事にする)。蘇我氏を天敵にすれば太子も敵の一部だが???
 
 
 
このように私たちは、正確に歴史から学ぼうではなく、都合のいいところを切り取って、自分のために使う。
 
凡夫のならいである。
 
そうなら、あまり、大きな顔をせぬことである。
 
後の時代を思うなら大人たちは以下のこの、宗教歴史問題をこそ、言の葉にのぼらせたまえ、とnazunaは言い置く。
 
 
 
 
もともと現在の神社および神道は、近世までの伝統を破壊してできたものであって、鎮守の社(もり)の伝統はむしろ一般大衆が共同体維持のメカニズムの中でかろうじで民俗として保持してきたのである。
 
キリスト教と権力の結びつきに憧れた維新派のバカどもが、天皇=神道の主として近代国家をでっちあげたものだから、収拾がつかなくなった。
 
調子にのって、朝鮮半島や樺太島、台湾島、中国大陸、南洋諸島と、神社を作った。
 
そのシステムが敗戦により否定されたものだから、簡単放棄。まあ思い切ってキリスト化しようかそれもしょうがないなあと無気力にもなり、また民は民でと、その気のままにと 放置もしたわけで。
 
民の方は、「靖国で護国の神となれ!」と言いながら、「私は人間です」という昭和天皇に肩すかしをくらって。
 
そりゃあ虚無にもなるし、ええい銭ゲバで生きろともなります。
 
この醜悪さを耐え難かったのが三島由紀夫氏であって。氏の志はよく理解できます。
 
三島氏がその志を言論界で全うするには、仏教界がこの現実にふみこんでコメントしていかんばならなかった。
 
だが、各宗派は沈黙。天皇崇拝は現世のサトリ、あの世は阿弥陀さまでサトリとまで説教したご当流もまた、きちんとした総括はせず。
 
 
 
おくればせながら、21世紀初頭の今、課題をあげてみる。
 
もちろん近代化と中央集権国家の建設は、緊切な課題として「キリスト教国家の帝国主義」に対抗するために、避けられないことであった。
 
けれども現時点において、①天皇を現人神とし、軍服姿の絵像・写真で民衆に軍神とイメージさせたことをどう総括するのか②祭祀者としての「天皇」という本来の位置づけを歴史的に説明せずに、皇室および天皇の祭祀(祝祭日を含む)を、戦後も政治側が規定している、いたことの功罪を明らかにする③明治以降に創設された神社の是非をきちんと評価する、の3点について全く理性的な論説がない。これが不幸である。
 
 
だから「保守」とはなんのことはない、無限定に「明治体制』に回帰、保守しようとするのみであり、戦後は占領軍体制を、自前で維持するものであったのだ
 
政治枠では現状肯定。55年体制やマルキストはガス抜きの体制。保守も革新も自前のものをあいまいにしておいて、モデル探しに奔走。だから、現実の諸問題に立ち向かうと、同じ保守といいつつ、様々な違いが出てしまう。
 
近代主義主義保守と、天皇神性保守、さらには国家主義保守。
 
また外交も、アジア主義に親米主義と全く理論も感性も違うから、保守分裂するのであり、現在の論説も政治状況もそうなってくる。いくつ政党が生まれたろう。当人同士も何が一緒でどこが違うかよくわからんだろうね。
 
 
そして政治の一番の悲劇は、メシとカネの話での分裂であるからである。
 
 
国家百年の計は、思想から。そんなことは宗教史からみれば自明のことなのであるが。
 
 
 
このままでは、ますますもって人倫は乱れるのである。宗教的基盤のない社会は、法で拘束するしかない。
 
そして法はその運用実態において権力とは無縁でいられないのであるから、客観的倫理・道徳は成立しない。
 
あくまでも状況倫理である。
 
死生観が大まかでも共有できない集団は、必ず個人主義に傾き、利益主義に生きることになる。
 
人の誕生・成人・結婚・葬祭、という必然の節目を、どのような集団でどのように礼するかということでしか、共同体意識、なかま意識は再生産されないということは、AKB祭が証明する。
 
熱しやすく冷めやすい芸能・スポーツで宗教を代理させていく。今の日本はこれで国家足らんとしているのであろうか。悲嘆述懐。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

個人情報保護と調査権

 
 
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寝屋川でも警察権によって、生徒の暴行事件が立件される。
 
「いじめ」はもともと、1対1であった。「〇〇ちゃんにいじめられた」というのは、受けた方が「意地悪されることが繰り返される」という訴えである。
 
②ところが、それとは別に、昔から「仲間はずれ」というのがあった。
 
これは「ある集団から、一人ないし数人の子が、はみだしている」状態で、意図した結果であることもあれば、はからずもというのもあった。
 
また、はみ出している子(これをハミゴといった)も、それを辛く悲しいこととする子もいれば、望んで入らない子もいて両者の言い分や気持ちを聞いてみなければ、単純にかいかなかった。
 
③またそれとは別に、「ケンカ〈喧嘩)」という文化があり、口ゲンカから乱闘まで、幅広くあった。
 
気持ちがぶつかったり、スレちがったりして、何か気になるというときは、「からかい」というのもあった。
 
④①〜③のことが、その関係が固定的になり、対象がいつも同じになると、それは「差別」であると、私たちは感じたし、また大人になってからもそう認定した。そして、「差別」構造が前提になって、一人に暴行傷害やゆすりたかりが集中したときは、それを「差別事件」として認定し、「差別を許さず差別を越えていく人間関係の構築」を目指して、指導にとりくんだ。
 
 
人間はそれ自身が一個の宇宙であるから、それらが集団となり一定の枠組みの中に納まろうとすれば、必ずそこに権力関係が生まれる。そうでなければ、大まかな統一などできない。無免許で運転してはいけない、というのもそうしたときの罰、つまり集団からはみ出たとき集団が権力を用いて強制的にその個人を処分することが前提にならなければ、成立しない。
 
 
現在では①〜④の内容を全部含んで、多数派が少数派〈個人〉を抑圧して、犯罪行為までいたることを「いじめ」という概念に含む。
 
 
 
さて、学校である。今日とあるテレビで上記のニュースを見ていて驚愕した。
 
 
そこでは並み居るコメンテーターが「警察に入ってもらわなければ認定も解決もできないなんて」と嘆息されたのである。
 
 
おいおい。学校という枠組みの中で、児童生徒に権力的にふるまい強制力を発揮してその集団を一定の枠組みに収めることが可能なものは、教員しかいないぞ。
 
ところが、1970年代からずーっと、あんたたちマスコミは、教員が権力的に振る舞うことを批判し揶揄したのはないか。生徒や児童が「何でも話せる先生」が信頼できる先生としてきたではないか。
 
そんなことは例外的に成立することである、と優秀な先生や教育学者が論説しても全く耳をかさなかったではないか。権力的にふるまうことを禁じられ、親からも地域からも学校に情報を与えられず、結果主義で「失敗例をあげつらい」続ければ、教員の士気は当然下がる。
 
 
今更、手のひら返して、学校の先生しっかりしてと言われても、教育界はこ20年で変わったんだよね。
 
 
そこで、マスメディアに訴えたい。学校の中の子とは学校で解決するという当たり前を取り戻したいのであるなら、上記のような人間社会当然起きる①〜④の事例に対しての「調査権」を教員にいただきたい。
 
かつて多くの教員は、そんなものが無くても家庭訪問し地域行事に参加し、情報提供を受け、そして「本当にしんどい子」は身銭を切っても支えた。
 
しかし既に80年代後半ぐらいから、おかしくなる。
 
「母親が別の男と駆け落ちし、『次男は可愛いからつれていくが長男は嫌いな元主人に似ているからいらない』と捨てられた子」を担任したことがある。
 
夫は家のことをせず、ゴミため同然の部屋でカップめんやパンにかぶりついている子を見て、ほっておける大人はいないだろう。nazunaは家に入って掃除をしたり朝食抜き子に朝ごはんを食べさせたりしながらつきあった。
 
もちろ父親から、「ほっておいてくれ、かまうな」と非難を受けた。また、他の子どもや親たちの中には「えこひいき」をしていると言う人もあった。
 
そんなことはどうでもいいことで。仕方のないことで。何をするにしても全ての人に理解されることはありえないのだから。わかってくれる人はわかてくれるとして、それも私の人生なんだから。
 
 
生命の危機にあるのだから緊急避難であった。最後は行政に入ってもらい施設入所で解決となって、ある種の安心と敗北感(つまりこの地域と学校で解決できなかったという感情)にまみれたが。
 
これらが、今は全部ダメである。だって、家庭内に入り込む権限が教員には全く保障されていない。
 
①〜④の事象を把握しても、調査権がにから、保護者や地域に入り込みを拒否されれば、クビや訴訟を覚悟で踏み込まねば、問題の解決にいたらない。解決できないとわかっている問題に手を出して、解決できる問題(生徒の進学や学校行事の成功、そして日々の授業による学力向上)がおろそかになると、橋下元大阪知事・現市長のように、「現場はアホか。ロクな教師じゃない」とののしられるのが関の山である。そんなリスクを背負い、しかも朝から晩まで休日もなく働くなら、月給は100万ぐらいもらわないと割に合わないだろう。
 
まあそれは冗談だが。とにかく、警察権力の導入という、学校の対応に社会が不満があるのなら、学校にプライバシー権を超えた調査権を、先に認定してほしい。また懲戒権も復活してほしいものである。無限定なら危ないというなら、学校が「いじめ」と認定したら、上記の権力を教員に与えて欲しいと思うのだが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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学校や教育委員会という組織の問題と、個々の教員のパフォーマンスを分けて考えるべきで。学校という組織を非難しても仕方がない。外部のものは事件とその経過の問題と、2012年度の教育課程を進行している当該校のことを同一視しないこと。当該校は、今この学校にいる生徒のことを一に考えるべきである。
 
桑名正博さんが、重篤である。
 
お酒が過ぎていたので心配もしていた。
 
今のnazunaにかかわって御縁があったので、いくつか思うところがある。
 
 
1950年代生まれにとって、青春期はスポーツと音楽と演劇であった。
 
どちらも、アメリカやヨーロッパの情報がどっとはいいてきた時代で、今と違って月刊「情報誌」で、知識を手に入れラジオ中継や番組で曲を知った。
 
高校生時期にはいわゆる、「外国人ライブ」が大流行。ビートルズの来日がセンセーションとなり、洋楽マーケットが拡大。さらには、政治の季節とあいまって60年代フォークが、アメリカの反戦反ベトナム戦争のムーヴメントの中で、誕生した。
 
自分の言葉を自分の好きな音楽に乗せて歌う。また、心の振動をアンプを通して増幅して爆発させるエレクトリックサウンド。
 
生き方や思想的に最も影響を受けたのが、ウッドストックコンサート。
 
nazunaは、ここからCSN&Yのコピーバンドを結成する。
 
ラジオ全盛期。中高生のフォークバンドやロックバンドが生まれ、ギターを手にする若者が拡大。また大学の軽音楽部やアメリカ民謡研究会(アメ民)などが、アマチュアの音楽連盟を汲み、コンサートを主催。
 
ウチのご近所では、ピン高の谷村慎司(ポートジュビディのロックキャンディースからアリス)と桑名正博のファニカン(ファニー・カンパニー)。帝塚山三丁目の「白い家」に加川良さんやら高田渡さん。玉出のピエロに、のちの憂歌団。
 
そして、心斎橋YAMAHAのイベントから、上田正樹とサウストゥサウス、玉出商店街合唱団。天王寺野外音楽堂コンサート「春一番」から、ディランⅡ。金森幸介や豊田勇造。
 
 
中でも桑名興業の桑名兄妹は、いろいろな意味で著名であり、ある種のやっかみ(大金持ちで楽器やスタジオが自由になるので)や、酒・タバコ・クスリを自由にあやつる取り巻きグループも含めて、どこか手の届かない危険な香りのする存在であった。
 
 
まあ、はやばやとプロになって、やがて、『セクシャル・ヴァイオレット№1』でCMに乗りブラウン管の向こうの人となり。後は芸能誌が詳しい。結果、クスリでつかまり、東京を撤退して地元へ帰ってくる。
 
 
気が付けばうんと遠い人となって。それで、こっちの目が覚めたところがある。まあ、父親とバトルしながらのバンドでしたから、お寺を練習場にしてというのも限界であったのだが。また、地元に帰ってきてから、近所のスーパーで会って、ラジオ時代のことやファニ・カンの元メンバーの消息をうかがったり。
 
 
やがて、少し重なるフィールドである、障碍者支援コンサートや、人権運動や教育の集会でミニコンサートをしていただいたりして、接点がまた生まれ。
 
 
今、お寺のコンセプトである「地域性」という思想には、近年の桑名さんの活動ぶりに裏付けられたところもある。自分のできること(彼の場合は歌うこと)を通して、人とつながり人と思いを重ねること。それができる限り具体であること(メディアで露出し何万人ものコンサートではどうしても発想がマスになってしまう)。
 
 
「じゅげむ」を、大阪の芸能のためと限定し、阪堺線と南港通りを動線とした位置づけもまた、大阪市南部を活性化し、人のつながりを深める機能をお寺の存在価値とすることである。
 
 
区でいえば、浪速・大正・天王寺・阿倍野・西成・住之江・住吉・平野・東住吉。そして堺市。ミュージシャンや劇団、噺家さんや浪曲師さんに講談師さん。民謡、詩吟、カラオケ教室。そして、陶芸や造形に美術などの展覧会や教室。多様な活動を受け入れられるタッパの元に、知ってからおよそ30年の「クワナマサヒロ」の存在はある。
 
 
さて。こうして書いてみると、中学高校時代、「学校だけが世界である」とは全く思っていなかったことがわかる。桑名さんはnazunaにとって、外部に通じる窓口であったとわかる。彼の歌手人生を通して、東京やマスメディアや裏社会のことやら、音楽ビジネスやらを覗ていたのだったと気づく。
 
 
大津という市を原点とするのは、そこに生まれ育ちおそらくずっと腰を落ち着ける予感のある人であろう。しかし、現代の大人たちにそのような腰の据わり方があるのだろうか。聞くところでは、かの事件のいじめっ子とされた家は、はやばやと引っ越しをしたものもあるらしい。
 
 
子どもを含む家族が、大津の中で、どのように風土をとらえ、そしてそれを内部とするならば外部からどのような風を吹き込ませていたのか。
 
 
どうでもいいことのようで、重要なことである。校区にかかわる大人たちのスタンスと、事件に対する感情的ではないコメントをもう少し聞いてみたいと思うのであるが。
 
 
 
 
 
 
 
 
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