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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

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(写真は「正しく定まりし人」として死を迎えたという意味の卒塔婆)

結構深刻である。

産経新聞による「無差別殺人」容疑者、Kのインタビュー記事。

★成立しない物語を読む


1.「この世の中から消えてしまいたい」
2.「自殺というのはどんな方法であれ、自分で自分の体に痛みを加えることになるでしょう。
  そんな勇気はなかったですね」
3.「死刑になりたい」

この順番で筋道が見えるだろうか?見えまい。そもそも「自分を消したい」理由が見えない。

これは表現が未熟で、神戸の児童殺傷事件の少年のような言語レベルがあれば、「透明な存在になりたい」と表現したと思われる。



★全能への希求

1.「死んで、ファンタジーの世界に行きたい。向こうでは攻撃の魔法を使いたい」
2.「人間を支配しようとする悪者を倒すんです。人々を守りたい」


彼の中に 転生=生まれ変わりのイメージがあることに注目。無条件で生まれ変わる世界があるとして疑いをもっていない。しかもそこでは自分が中心である。


★聞く意味がない!

1.「(記者「あなたに刃物で切りつけられた被害者たちは、かなり痛みや恐怖を感じたと思います 
  が?) 関係ないですね」

2.「(記者「傷つけた相手や遺族に対して、申し訳ないと思う気持ちは?)ないですね」

これは、公表された質問であるが(実際は記事にできないのかも知れんという推測)、愚かであろう。「あなたによって、何が殺傷された被害者に与えられたと思っていますか」と聞くべき。
また、「最初に死なれた三浦さんはどこへいかれたのか教えてください」と聞くべき。
これによって彼の転生イメージが顕在化されるからである。

そもそも無差別殺人をしたものに反省を求めるとはどういうことだ???


★結論


kは、生まれ変わるために殺人を犯しこの世界では裁かれる側で死刑になり、実は世界を救う存在になるという物語を生きていると思われる。したがって、秋葉原の話を彼に聞くという意図がわからない。


で。私は、「この物語」を木端微塵に打ち砕くことが最も重要であると考える。

中華人民共和国政府宛

抗議文


1.チベット自治区への中国政府の支配は、国際社会に認知される主権の範囲ではなく、侵略である。
2.いやしくも人民解放の共産主義を標榜する国家であるならば、チベットのことはチベットの人民にゆだねるべきであり治安維持の名目で軍を駐留させることは軍事支配である。
3.共産主義という政治体制を維持しつつ経済的に資本主義をとっている中国は、道徳を支える宗教を否定する以上、モラルハザード国家になりゆく運命をもつ。今回の事件(チベット自治区の暴動とその弾圧)は、その一端であると認識する。
4.中国政府はただちに信教の自由を認め、宗教活動を容認するように政策転換を行うべきである


以上の事由により、中国政府は今回の事件の責任をチベット人民に帰するのではなく、自らの政策の誤りであることを認知し、政治責任を追及してより以上のチベット人民の人権侵害を行わないことを確約せよ。


佛手山壽光寺 住職 釈慶典

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勝負と謝罪

亀田問題について発言する。

大毅選手については、10戦の実力がありそれ以上に12ラウンドを戦える体力と耐久力もあることは示した。試合そのものは単調で見栄えのしないものであったが、興毅選手の試合分析でかつて書いたが、「固いガード」とプレッシャーで相手を追い詰めて、攻撃するという戦法。これは攻防が分離する戦い方であって、世界でいえばミドルからスーパーミドルで戦う、ドナルド・ウィンキー・ライトが、想起される。

比較していうなら、軽量級であの戦法が完遂すれば無敵であるということ。いくら打たれても吸収してしまうガードで相手の状態を沈まさせない追廻しのきく足があるなら、負けは無い。

ただ、この日の大毅は期待はずれであった。追廻し打たせてプレッシャーをかけるが、肝心の攻めがない。手数が出ないし、クリーンヒットも奪えない。

それは、内藤選手が打ったあと止まらず左右にウィービング、ダッキングをして的をしぼらせなかったことと、大毅自身がガードを固めるためにヒジを高く構えたために、スムーズなジャブやフックが打てなくなってしまったためである。

クリンチして太ももや尻を打つ。あるいは倒れ際にグローブで内藤選手の傷をこするというシーンが、目だってしまった。あげくのはてに最終回にて3点も減点された。

注意を受けたり、減点1を食らうまで反則を有効に使うのもプロの手である。卑怯とか汚いという批判はあてはまらない。サッカーでFWの自由を奪うために、DFが一瞬、FWの○○タマをにぎる、なんてことは国際試合では日常茶飯事である。プロスポーツの世界では、そういうダーティな部分を含んでテクニックが成り立っている。

ただそれを取り立てて放送したり議論しない。知ってて知らんふりが大人の態度。でもうつっちゃったしねえ。声も録音されちゃったしねえ。

今回、亀田問題となってしまったのはメディアによる過剰な報道が理由であろうが、前から言っているように、アマチュアの亀田父トレーナーをはずせなかったことが原因である。それこそが、プロ選手亀田大毅の失敗である。

プロのトレーナーならTVで映像と音声が公開されている場での、反則の指示などはもっと上手にわからんようにやるんだよ。ただそれを可能にする選手もまた、オスカー・デ・ラ・ホーヤをボディイブロー一発で悶絶させた、処刑人、バーナード・ホプキンスのような実力が必要なのである。

ジムは練習システムを有料で提供し、トレーナーとマネージャーが選手を管理するという欧米の「プロボクシング」の有り様に比べて、○○ジム所属という「大相撲システム」をとっている日本のプロボクシングは、マネージメントに逆らうと試合を組んでもらえない。また、マネージャーを簡単に変えられない。何よりも、メディアと放映権契約をしているのは選手ではないのであるから。


で、謝罪。処分されたから謝罪か???これが不思議。試合は−3点で反則の決着がついている。では、そのような反則をする選手に世界戦ができたのは、どうしてか。それを許可したコミッショナーがいたからである。「世界戦にて前代未聞のできごと」であったことは間違いない。ならば、選手とトレーナーを罰するだけではおかしいではないか!

コミッショナーの責任は?処分は? TV放映された結果、影響力が大きく日本のプロボクシングを傷つけたのならば、そのような可能性のある試合いを銭をとって放映させたのは、誰か?放映権料は誰の懐に入っているのか?それらの人々も責任をとるべきであろう。

そして、亀田父の謝罪などどうして必要なのであろうか? いったい誰に謝るの?トレーナーとして?セコンドとして?さらに、大毅は試合でした反則を謝罪するのか?ばれたからか?


今日、亀田父の会見をTVで見たが、予想どおりでいやいや謝罪していて(つまりなんでマスコミ相手に謝罪させられるのかわかってないし計算で謝ることもできない)、今回のことを全く理解できていないことがよくわかった。バッシングによって内向している息子の方が心配というのもよかった。

ならば、もっともっと国民の反感を買い、TBSはJBCに抗議して処分を撤回させ、試合を組み、大毅は勝つことで道を開くのである。

心配なのはあの親父が天然キャラだからなのである。協栄ジムの金平会長を見よ!ワルはああでなくてはいけない。猫なで声も時には使い、ヒツジのふりもできなくてはプロの世界ではやっていけんのですよ。

先頭きってメンチをきるようなセコンドは、よっぽど計算がなければ、ただのバカである。バカも徹底すれば立派で、12ラウンド目にはコーナーにつまった内藤選手を、父がリングに乱入してケガをせん程度になぐればよかったのである。それで反則負け。息子の仇を討ったとねえ(そういう試合も世界にはあった。試合で相手の耳をかじりとっても、復帰できたタイソンの例もある)。

私の希望は、「反則もふくめてありとあらゆる方法を使っても、大毅は内藤選手に勝ちたかったのです」と言ってほしいのである。みっともなかろうが卑怯であろうがルール違反であろうが、「負けたら切腹する」というのはそういう覚悟であるということだろ?

そんなもんがスポーツではない、というのなら亀田親子はそもそも逸脱しているのである。ならば、ダーティヒーローを目指せばいい。そういうあの親子の偏頗、かたよりを読めずにお涙頂戴のヒーローに演出しようとするから齟齬がうまれる。


そして謝罪ではなく、大毅は内藤選手に「負けました」と認めるだけでいいのだ。ついでに「次やるときまでチャンピオンでいてください、今度こそ鍛えなおして勝ちますから。」とコメントすてばいいのではないか。


TBSさん、今からでも遅くはない。世紀の反則男として、大毅を売り出すのである。ブラックだけど強いぜ、と。

コミュニティというもいのは、「わがまま」をしたいときは足かせになる。うっとうしい。しかし、さびしいときにはあったかい。

家族というものも窮屈だ。子は三界の首っかせ、という諺があるぐらいだもんなあ。

小学生とつきあっていた晩年、尊敬する人は?という問いに、「お父さん、お母さん」がベスト3入りするようになってきて、「なんじゃこりゃ、不気味やのう」と思ったもんである。

賢明なお方はおわかりであろうが、「尊敬する人は?」という問いの発語動機は、社会モデルを通した個の理解である。ベートーベン、と答えれば、音楽が好き或いは「障害」を越えて生きる、といおう具体像から、「情熱」「忍耐」などの抽象的な有り様まで、その回答から推し量れる。

「お父さん」といわれると何にも読めない。で、当然「お父さんのどんなところを尊敬しているの?」と2番目の問いが必要になる。「家族のために一生懸命働いているところ」なんて言われようもんなら、お父さんは大喜びであろう。でもねえ。

親が子どもにごはんを食べさせるのは普通のことで、それを取り立ててすごいことだと言っている気がしまいか?また、それ以外にモデルになる人物や生き方はないのか?

そんな感想をとりとめもなくもった頃から、孤独死や福祉葬がぐんと増えた。また、自殺者も増加した。リストラという言葉が流行した時期であった。

毎日この日本で人が死ぬ。葬儀がある。ぶっちゃけた話、誤解を恐れずに言うと、私の浄土教は、死者を物語にすることだと直感している。そして、「臨終」「通夜」「葬儀」「火屋」「骨上げ」「中陰」なぞは、参加者みんなで「死者」を「再構成」して物語にすることで、永遠の存在として「復活」させる作業であると思い定めている。で、コミュニティや家族という共同体から言えば、歴史の外部(第三者)になるブッダだから、物語にエンドマークをうてる。それが「阿弥陀佛のご本願」というものであろう。

後は、かかわりのある人が随時ぞのい骨組みを利用して物語を紡いでいく。「歴史」とはそういう個々の営みの集大成であるならば、砂つぶのように社会関係から遊離したり切り捨てられた人々の死は、日常の光景でしかない。私たちはただ通り過ぎるだけである。

そういった非歴史的な時間を、じわじわと生産している現代日本という社会の不気味さに、改めて戦慄している孟夏。恒河砂数(ガンジス河の真砂の数)の諸仏とともに生きる夏でもある…。

うちのお寺は、お盆は「歓喜会」として12〜15日まで6法座を行い、うち5つは私のパフォーマンスです。今回は、午前3回は絵本、午後2回は「讃佛歌」と「流行歌」をみんなで口ずさみながらの法話。

この間は、痛み止めと毎日の血管拡張剤で対処し、痛みはまあまあ。でもまったくPCで記述できなかった。

絵本。
ささら・さや、と書いたのは加納朋子さんだが、とん・ことりと描いたのは林明子さんと筒井頼子さん。
激夏に読むには…と思い予定を変更し、武田美穂「となりのせきのますだくん」にする。バイアスの意識化と自己を疑うという法話である。

歌の方は、「スラバヤ通りの妹へ」から、ラッサ・サヤンのお話。かつては「ドンマイ、気にしない」と訳されたのだが、マイペンライとは少し違い「こうとしかできなかった(ならなかった)運命が悲しいねえ」という感情の言葉であると。オランダの植民地支配と日本の解放さらに占領政策の中の様々な様相。

怨親平等の浄土へのいざないをメインに、憎しみを超えていける有り様を模索してみた。

二日目は古謝美佐子ネーネーの名作「童神」をウチナワー口で歌う。関西では花*花がかつて、ミシャコネーからこの曲を貰って、歌っていたが。四恩(父母、国、衆生、佛)の話をする。宇宙の恵みである。


で、15日の夜はコンサート。二胡と揚琴の響きにうっとりとしつつ、アジアモードに60名で浸りました。


それでやっと昨日、整形外科もお盆休み明けになり通院。結果は「手術なしで対応」となり、ほっとしました。週一回の注射とカイロとリハビリと投薬で後1ヶ月は対応することになりました。

で、久しぶりのブログです。ヤッホー。

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