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スウィートbonbon(壽光寺の内緒話)

書庫お寺のくらし

お寺の日常を綴ります。外から見た認識とのずれが、おもしろいかも?
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この数日、ブログを開けなかった。父の遺稿集の編集の為です。

父は、昭和二年に生まれ平成十二年に往生した。平成元年に心筋梗塞で倒れてからは、老いが目立ち、活動も気力も半減して、最後はほぼ寝たきりになっていった。今年七回忌。

幼い頃は、厳しい父であったし、路線の違いから口をきくのもイヤだった時期もある。だが、娘が成人しだした頃から、自分の年齢と父の年齢を引き比べることが多くなっている。

女子中高の教員を経て女子短大の教授を務めていたが、研究者というよりも教育者であり、宗教教育を熱心に追求していた。京大文学部哲学科インド哲学専攻という難しい学問をやり、論理的で鋭い感覚をもっていたので、教区の僧侶たちには恐れられていた。その一方で、生寺が戦争で全滅し、我が寺に養子入りして生活するはめになり、そういう運命には苦しみ悩んだと思われます。

毎年12編ほどの法話エッセイをミニ冊子にしていたので、それを全て一冊の本にまとめて、記念にすることにした。大変な作業でしたよ。目がくたびれた。

共感したりン?と思ったりしながら、編集したわけだが、父との共通点と違いがよくわかってい自分にとっては有り難い経験になりました。と同時に、戦争の時代をバイオグラフィを通して再体験もし、やっぱり宗教と政治については、きちんと目配りせなあかんなあと思った次第です。

遺言は以下のとおり。

(いいおくこと〉


日々の暮らしの中でのお念仏を大切にして下さい。
我々は死ぬのではありません。
往生させて頂くのであります。
このお念仏一つあれば生きぬいて行けます。
ソンをしてもよい、ウダツが上がらんでもよい。
一人ぼっちになっても、さびしくありません。
お聖教は死ぬまでかかって頂いて下さい。
有縁の方々へ あきら

書庫整理

31日は公休日。朝から書庫整理に没頭。といっても、腰痛がおこらんように、2時間作業で1時間休憩。のローテーションでしました。

6時間でなんとか終了。3分の1が「仏教書」3分の1が「歴史と部落問題と在日朝鮮人関係」。のこりが趣味の本で、推理小説と自然科学の本。岩波・中公・講談社の新書はほぼ全部そろっていて、岩波文庫が戦後の分からすぐにそろっている。これは父の蔵書であるが。

後、父のものでは、移動式書庫の導入をまっている大型美術本がダンボールで6箱。太陽や芸術新潮やニュートンやナショナルジオグラフィックやら。

加えて、私のコレクションの「絵巻物」「上方芸能本」がある。「マンガ」や定期購読の雑誌や教材にかかわる書籍は二階の自分の書斎にDVDやビデオやCDとともに、うず高く積まれてある。これも時々整理するが、毎日の需要があり中々整理整頓とはいかない。

お寺としての「作業部屋」も今は中途半端なので、もう少し機能的に整理したいのだが、そのためには少しリフォームが必要かも。パソコンが2台と印刷機。それに、コピー機と輪転機と裁断機を2部屋で使用しているのが現状。1部屋にうまく配置してその部屋に回線を引くと娘たちの私用もそこでと限定できるのだが。

ちなみにブログとHPとメールは、パナソニックのモバイルCF−W2をもう4年近く使い続けている。128kbtで遅いが学校へも持っていくので、air−Hで通信している。

まあとにかく15年前に父が倒れてから、自転車操業でお寺と学校をかけもち。娘は育ち盛りで連れ合いも子育てと毎日のお参りで必死。結局、計画的にきちんと整理しながら仕事と生活ができなかったので、今さら苦労しているわけである。書籍は3年で見通しがついたので、今度は部屋割りと機能アップである。それからプライベートの整理整頓となる。あと3年はかかりそうだなあ(苦笑)……。

和歌浦の片男波

娘を連れて、和歌山の雑賀岬と和歌浦片男波へ行ってきました。雑賀は、大坂石山本願寺が織田信長と争い、和睦というも実質敗れて逃避した場所です。リアス式の海岸で高い山々が続く土地柄です。

十一代顕如上人と長男教如上人は、ここまでにげてきたんです。和歌山市駅(南海本線)のすぐ前に「鷺森別院」がありますがこれが雑賀御坊の後継です。

その故実をしのび、雑賀崎灯台までのぼり、大阪湾・紀伊水道を眺望しました。淀川から貝塚を経て雑賀までの船旅。祖師親鸞聖人のお木像を護持しての旅。

最終的には信長の軍勢はここまで攻めてきたのか!と驚かされました。雑賀一向一揆の陥落という歴史的事実の重みもかみしめました。

ちなみにこのときの生存者が朝鮮半島に渡っていて(海人族のルートで)、秀吉の朝鮮侵略のときに迎え撃った「沙也加」という武将であったという説が、かなりの信憑性をもって語られています。

いづれにしても「歴史の重み」を感じる旅でした。

娘に男?

22と20の娘が11日間の合宿を経て、得度して帰ってきた。得度とは、僧侶になること。

上の娘はその育ちからか、どことなくお寺で暮らしたいと思っているらしく「後は任せろ」ぽい。帰ってきたら、お寺の仕事を手伝ってくれて助かる。

中の娘はとにかくボーっとしていて何を考えているかわからん。案外欲望には素直なので「やりたいことはやりたいし、やりたくないことは梃子でもやらん」とおうタイプ。帰ってきたら爆睡の毎日。オマケに「お参りはいかへんで」とさ。

で、帰ってきた中の娘に男から毎日メールがくる。滋賀県の寺の息子らしいが、本人曰く「海外の雑誌に投稿しているフリージャーナリスト」じゃそうな。なんじゃそれ、ちゅうのは父親の嫉妬か?

今日は珍しく弟一家と母たちで飯を食いにいったのだが、そこで2ショットの写メールを見せられた。何でも相手の積極的なアプローチの結果、まわりがお膳立てして写したらしい。

で写真を見た長女が、「げっ、やっぱりこの人か。これあかんで。常識ない」と猛烈に非難。何でもしゃべりづめにしゃべる男で、先生の話や係りの指示も聞かん幼児みたいなヤツらしい。中の娘は冷静に、「私、この人と親しくなった覚えもないねんけどな」と回転寿司の皿を山盛り積み上げていたが。

なおもパンチをくりだす長女の言い草を聞きつつ、連れ合いが「お父さんみたいな人やなあ。」と。むむ。「もうなあ、いっぱいコレ知ってるアレ知ってるて、知ってることしゃべりまくるから、お母さん『コイツかなんなあ』と思っててん。それがあるときから突然寡黙になったから、ううん?と思ってなあ、はまってしもたわあ。」ガハハと高笑い。

え、そうだったの?と 25年たって初めて知りました。

不良ネコ

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病が癒えてスッカリ元気になった「くるみ」

もう、夜遊びするわするわ。わざとボクたちが捕まえられない所に姿を現しては、甘えて鳴く。がしかし、決して帰ってこん。二日ほど遊び倒すと、フラッと帰ってきて丸一日ぐっすり眠る。

でしばらくは、遊びに出ては夜帰るというパターンをくりかえし、安心させておいてぱっといなくなる。

隣が古くから村墓なので、そこで走り回ったりしているようだ。さっきは名前を呼ぶと、勝手口の上の塀で眠っていたらしく、「ミー」と返事をしこちらを見る。でも、帰る気はさらさら無し。

まいったね。もうほっとこうかとも思うが、中々そうはいかん。ううむ、不良ネコメ!!!

nazuna
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