|
こんばんは。今日は連休明けとのことで、ばたばたしていました。
所用により、稲沢市の名鉄国府宮駅に行きました。
ちょうど相撲の名古屋場所が開催されていますので、駅にのぼりが立てられていました。
大相撲名古屋場所は8日目で、横綱白鵬は小結豊ノ島を寄り倒し、先場所に続いて土つかずの8連勝となりました。
横綱朝青龍が休場の中、全勝の白鵬に、大関琴光喜、関脇安馬が1敗で続き、2敗でカド番の大関千代大海、雅山が追うかたちになっています。
さあ、今場所は誰が優勝をするのか、楽しみです。
●相撲の歴史 …
■神話
日本相撲の歴史は古く、「古事記」の中で、建御名方神(たけみなかたのかみ)と建御雷神(たけみかづちのかみ)が、出雲の国をかけた力くらべをして、建御雷神が勝ったという記述が起源とされる。
また、「日本書紀」によると、第11代垂仁(すいにん)天皇の御前で、野見宿弥(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)が、日本一を争ったと記されている。結果は野見宿弥の勝ちで肋骨を蹴り折り、さらに腰の骨を折って絶命させた。当時の相撲は正に命をかけた男の闘いであった。
その後は、戦いというよりも豊作を祝う神事になった(天覧相撲)。
戦国時代には、武術としての相撲を奨励するようになり、力士は四股名を持ち、「行司」も登場し、弓取り式も生まれた(上覧相撲)。
江戸時代には、寺社の建立や修復の為の寄付を集める為に庶民的な相撲が行われるようになった。
土俵の改良が行われ、年寄り株制度原型ができた。決まり手も48手が成文化され、スポーツとしての相撲が始まった(歓進相撲)。
江戸時代後期には、相撲年寄りと相撲部屋も次々と誕生し、昭和になると、土俵の危険な4本柱も撤廃され、戦前のラジオ中継に続き戦後のテレビ中継、平成になって世界に向けて衛星中継も始まった。
相撲は国民的な娯楽になり、近代スポーツとしての確固たる地位を獲得した(大相撲)。
今となっては、外国人力士の活躍が目立つようになった。
歴史からみても非常に伝統が深い競技です。
外国人力士が、悪いわけではないが、日本人力士の更なる健闘を祈念したい。
今日は、住民から用水路の件について相談を受け、そのヒアリングをしたり、防災訓練の説明会やJCの委員会など連休明けのせいか、小ぜわしい一日でした。
|