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この写真は富有柿とは関係ありません。
知人から柿をいただきました。
この辺りの柿よりも一回り大きく、でっぷりと平べったく、やや色の濃い柿で、食べてみましたら、しっ
かり熟していて甘く、とても美味しく、その姿を見てすぐに富有柿だと分かりました。
お聞きすると、やはり岐阜産の「富有柿」
大垣市にある大学に通学していたため、秋になると富有柿がきれいにたくさんなっていたことを思い出
し、大垣市の北、大野町の友人の実家がこの富有柿の生産農家であったため、よくいただき食べたものでした。
思い出がひとつ。
大学一年生のとき。授業に向かう途中、あたり一面オレンジ色の富有柿の畑がとてもきれいで、また木の
大きさもあまり高くなく、今までと違った柿の木でしたので、物珍しく車を停めて眺めていました。
すると、背の小さなお婆さんが、「どうしたんだ。珍しいか」と声を掛けてきました。
「珍しいです。他の柿とちょっと違いますね」
「おまさん、どこの子?」
「名古屋の西の海部郡ってところ。ここから車で1時間ちょっとかな」
「ほんなら、知らんか。富有柿」
「ちょっと…ごめんなさい」
「食ったことないか、この柿」
「どうでしょうか。柿は食べたことありますが、富有柿として意識して食べたことはありません」
「ほうか。じゃあ、今から取ってあげるで、もってき」と言って5〜6個その場でもいでくれました。
柿は大きくて持ちきれませんでしたので、着ていたセーターのお腹の部分を広げ、抱きかかえて持っていきました。
「ほんとうにいいんですか、ありがとうございます」
田舎のちょっとした心温まる出来事でした。
(心では正直、ひとつ取ってやろうか、といやしい気持ちもありました。恥かしいことでした)
●富有柿
御所系の完全甘柿で、甘みが強く、多汁大果で果肉は柔らかい。花は雌花のみが着き、単為結果性がやや低いため受粉の必要がある。
現在では、西日本を中心に各地で栽培され、甘柿で最も生産量が多い。
また、発祥の地である瑞穂市とその周辺(揖斐郡大野町、池田町、揖斐川町、本巣市、大垣市、岐阜市など)でも生産は盛んである。
<由来>
1857年(安政4年)、岐阜県瑞穂市居倉の小倉初衛が栽培を始めた御所系統の柿の木がその起源である。当初は「居倉御所」と呼ばれていたが、接木による栽培に成功していた同じ村落の福島才治により、1898年(明治31年)、「礼設」中「富有四海之内」の一文から二字を取り富有と名付けられ、品評会を通じて世に問われた。
1929年(昭和4年)、原木は天神神社脇に移され一時枯れたが、翌年根元から芽が吹き現在でも葉を茂らせている。
<沿革>
1857年(安政4年):岐阜県瑞穂市居倉の小倉初衛により栽培が始められる。
1898年(明治31年):福島才治により品評会に出品され、富有と命名される。
1929年(昭和4年):原木が現在地に移植される。
1972年(昭和47年):「富有柿発祥の地」碑が建立される。
1980年(昭和55年):瑞穂市(旧巣南町)の天然記念物に指定される。
1988年(昭和63年):変異種のすなみ柿が新品種に認定される。
2008年(平成20年):袋掛け富有柿のブランド名が果宝柿に決まる。
(ウィキペディアより)
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