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焼けるような暑さの中で、遺族会の方とお会いして、木陰で立ち話をした。
今年で、戦後70年を迎えるにあたり、思い入れがあるという。
そんな彼も今では曾孫に囲まれ、趣味の日曜大工に汗を流している。
そんな彼の兄は、南方で戦死した。その後、遺族会の一員として英霊を慰めている。
家にお伺いしたことがあるのだが、壁には軍服を着たお兄さんの遺影が。
息子の代になり、さらに孫の代となって、戦争を語ることは最近していないという。
子どもの頃、名古屋市東区の叔母にあずけられていた本人。今のナゴヤドームの近くだ。
近くに大きな工場があったため、そこを狙われた。
ヒュルヒュルっと空から音がしたと思うと、ドーンと地響きがした。
男性が叫ぶ声、女性の悲鳴、子どもの泣き声など鮮明に耳に残っているという。
空襲を免れて、近くのお寺に駆け込むと、周りには真っ黒になった死体が山のように積まれていた。
もはや、怖いとか嫌だとかという感情はなかった。
当たり前の風景のように、ただ呆然とし水を求めて彷徨った。
しばらくして家に戻った。幸い空襲に被害を受けていなくて、家は焼けていなかった。
その後、近所の人たちとガレキをどかしたりしていたが、ほとんどが人を構うことなく必死に自分のこと
を行っていた。
感情を失い、イライラする大人たちを避けるように生活を送った。
昔のことを思い出しながら、搾り出すように話をする知人。
今、曾孫に囲まれて幸せに暮らしていることが、当時からすると考えられないことだという。
お兄さんの写真を見ながら、ポツリポツリと話す。
今年は、自分の体験談を孫に聞かせるという。彼の心の中の戦争は、まだ終わっていないように感じた。
私も、いろいろな人から体験談を聞いてみたいと思う。
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