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太平洋戦争の発端となった、アメリカ・ハワイの真珠湾攻撃から、75年を迎えた本日、現地で追悼式典が
行われた。
真珠湾で行われた式典では、旧日本軍による攻撃が始まった、日本時間8日午前2時55分に合わせて、死亡
した2,403人への黙とうがささげられた。
ハリス米太平洋軍司令官は、「当時の敵は和解によって、今は最も親密になった」とスピーチ。
また、攻撃を指揮した山本五十六連合艦隊司令長官の出身地である新潟県長岡市では、犠牲者を弔う花火
が打ち上げられ、信濃川河川敷の会場に集まった人たちは平和への祈りをささげた。
今の状況を考えると、75年前にアメリカと日本が戦争したとは想像できない人もいるだろう。
しかし、これも現実である。たくさんの犠牲のもとで、今の平和があることを忘れてはならない。
いつも12月8日は真珠湾攻撃の日であることを意識していた。
この75年を振り返り、平和の尊さを実感したい。
●真珠湾攻撃
1941年(昭和16)12月8日午前3時20分(現地時間7日午前7時50分)、日本海軍の機動部隊が、ハワイのオアフ島真珠湾にあるアメリカ太平洋艦隊の基地に加えた奇襲攻撃。
攻撃時に、日本側は交渉打ち切りの最後通告をアメリカ側に手交してもおらず、そのため日本のだまし討ちとされた。
アメリカ議会は、同日1票を除き全会一致で対日宣戦布告を可決した。
太平洋戦争開始のきっかけとなったこのハワイ作戦計画は、1941年そうそうから山本五十六連合艦隊司令長官の下で練られ、攻撃部隊は11月26日、千島の択捉島単冠(ひとかっぷ)湾を進発し、攻撃は航空機と特殊潜航艇で行われ、出航中の航空母艦を除きアメリカ太平洋艦隊を全滅させた。
海上兵力に対する航空兵力の優位を示した事件でもある。
日本大百科全書(ニッポニカ)より
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