もっと・もっといい『まち』へ! 横井よしたかblog

大治町議会議員 横井良隆のblogです! 47歳議員の七転八起の日常をご紹介いたします。

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太平洋戦争の発端となった、アメリカ・ハワイの真珠湾攻撃から、75年を迎えた本日、現地で追悼式典が

行われた。

真珠湾で行われた式典では、旧日本軍による攻撃が始まった、日本時間8日午前2時55分に合わせて、死亡

した2,403人への黙とうがささげられた。

ハリス米太平洋軍司令官は、「当時の敵は和解によって、今は最も親密になった」とスピーチ。

また、攻撃を指揮した山本五十六連合艦隊司令長官の出身地である新潟県長岡市では、犠牲者を弔う花火

が打ち上げられ、信濃川河川敷の会場に集まった人たちは平和への祈りをささげた。

今の状況を考えると、75年前にアメリカと日本が戦争したとは想像できない人もいるだろう。

しかし、これも現実である。たくさんの犠牲のもとで、今の平和があることを忘れてはならない。

いつも12月8日は真珠湾攻撃の日であることを意識していた。

この75年を振り返り、平和の尊さを実感したい。


●真珠湾攻撃

1941年(昭和16)12月8日午前3時20分(現地時間7日午前7時50分)、日本海軍の機動部隊が、ハワイのオアフ島真珠湾にあるアメリカ太平洋艦隊の基地に加えた奇襲攻撃。
攻撃時に、日本側は交渉打ち切りの最後通告をアメリカ側に手交してもおらず、そのため日本のだまし討ちとされた。
アメリカ議会は、同日1票を除き全会一致で対日宣戦布告を可決した。
太平洋戦争開始のきっかけとなったこのハワイ作戦計画は、1941年そうそうから山本五十六連合艦隊司令長官の下で練られ、攻撃部隊は11月26日、千島の択捉島単冠(ひとかっぷ)湾を進発し、攻撃は航空機と特殊潜航艇で行われ、出航中の航空母艦を除きアメリカ太平洋艦隊を全滅させた。
海上兵力に対する航空兵力の優位を示した事件でもある。
日本大百科全書(ニッポニカ)より

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防犯パトロールの活動日。昼は、ポカポカ陽気だったが、日が沈むと寒さが一段と厳しくなる。

そんな中、明治町の地元の方々とともに、町内の巡回に出る。

会社帰りの人は、首を引っ込めて家路を急ぐ。

怖いのは、自転車の乗り方。無灯火で一気に県道を縦断していく。

自動車も慌ててブレーキを踏む。自転車からしたら、そんなに大事ではないと思っているだろうが、見て

いるこっちがハラハラする。

町内を巡回し、街路灯や道路の不具合はないか、異常はないか、チェックをする。

長い間、放置自動車や自転車がないかもチェックしながらパトロールをする。

月に数回、約1時間程度で犯罪が減るとは思っていない。

無関心の人からすれば、夜の出にくい時間で寒い中、モノ好きだと思うだろう。

しかし、やらないよりはまし。ほんの少しでも効果があれば、やる価値はあるだろう。

地域の安全だけでなく、行き交う人と挨拶を交わすだけでも違う。

モノ好きと思われようが、バカだと言われようが、引き続き活動をしていく所存である。

ひたむきに、まっすぐに−

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【写真】明治町ぼうさい祭にて


本日、12月が開会し、22日までの会期で行われることになった。

提案された議案はそんなに多くはないが、来年度に繋げるための重要な議会である。

なお、12月議会の一般質問は、12日の月曜日。8人の議員が一般質問に立つ。

私も一般質問を行う予定で、8人のうちのラストバッターである。

また、議会基本条例の第6章に「災害の対応」が明記されている。

第19条に

1、議会は、防災及び減災に関する調査及び研究を行い、町の災害対策への助言及び提言に努めるものとする。

2、議員は、災害対策、人命救助等の知識技能の習得に努めるものとする。

3、議会は、町並びに国及び県への災害復旧の推進並びに支援活動の実施及び調整を働きかけ、復旧及び復興に努めるものとする。

と表記している。

そういった中で、議員として災害発生時にどう対応するべきなのかを検討するために特別委員会を設置し

た。私は、委員長を拝命することになった。

議員一丸となって、町と協同して災害に強いまちづくりを目指していきたい。

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第11回愛知県市町村対抗駅伝競走大会が、万博メモリアル会場にて行われた。

関係者も含め、たくさんのギャラリーが集まる。人気の高さがうかがえる。

大村愛知県知事のスターターピストルの音とともに、スタート。

一斉に選手が飛び出していく。

愛知駅伝は、愛・地球博記念公園(モリコロパーク)内の9区間28.7kmにわたって行われる。

1区 2.8km 中学生女子
2区 4.7km ジュニア男子
3区 3.9km 40歳以上(男女問わず)
4区 1.1km 小学生女子
5区 3.2km 中学生男子
6区 1.1km 小学生男子
7区 3.2km 一般女子
8区 3.9km ジュニア女子
9区 4.8km 一般男子

それぞれ、沿道に行っては、大治町の到着を待つ。一人目、二人目…。

目の前を通り過ぎていく選手の数を数えながら順位を予想する。

大治町の今年の結果は、昨年同様、11位。お疲れさまでした。

なお、会場では、各市町村のブースが用意され、それぞれの特産品などが、販売された。

こちらも凄い賑わいで、たくさんの買い物客が、品物を追い求めていた。

今日は、とても暖かい一日だった。今まで、行われた中で、一番気気温が高かったのではないか。

選手のひとりに聞くと、この暑さも敵のひとつだという。

各年代の選手たちが、タスキを次のランナーに手渡し、ゴールを目指す姿はとても感動できた。

本町の選手、関係者、お疲れさまでした。また、来年も、ひとつでも上を目指して頑張ってほしい。

喪中ハガキが続々と…

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早くも12月。師走となった。

正月が近づいたと感じる喪中はがき。今になって、続々と家に郵送されてくる。

喪中はがきを手にして、なかなか会うことが叶わなくなった友人や知人の状況を知る。

えっと、驚くことも多い。ご無沙汰してしまったことを反省するが、なかなか。

喪中はがきは、基本的には、喪中はがきは1年以内に2親等内の親族が亡くなった場合に送るのが通例のよ

うだ。

具体的には、
故人の1親等…両親、配偶者、子
故人の2親等…兄弟姉妹、祖父母、孫

しかし、2親等以内であっても「同居していないから」という理由で送らない方もいる。

逆に、故人とのつながりが深かったから、2親等ではないが、送る方もいるようだ。

喪中はがきを出す必要があるかどうかは、「生活を共にしていたか」というのが、ひとつの目安となるの

ではないだろうか。

また、この時期である12月初旬に投函するのがいいようだ。

さあ、そろそろ年賀状の準備に入らなければ。昨年も年末にバタついたことを反省して。

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