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阪神・淡路大震災から22年。正直、ラジオで聴くまで、気づかなかった。
6434人の犠牲者を出した震災を忘れていたことに、反省する次第である。
繊維商社に勤めていたあの時、大きな音とともに地面から突き上げられる感覚があったことを覚えてい
る。戦争が始まったのか、爆弾が炸裂??
それだけの衝撃音だった。急いでテレビをつける。地震情報が入ってくる。
阪神地方は、まさに戦場のよう。焼け野原で、建物や高速道路などが崩壊していた。
神戸で酒屋を営む大学時代の友人のお店はグチャグチャ。
大阪の旅行会社に勤務する大学時代の友人は、早朝に電車に乗車中で、電車が傾き脱線し、線路を歩いて
避難。
もうひとりの大阪在住の大学時代の友人は、寝室のタンスが倒れ、あわや下敷きになるところだった。
機動隊員だった警察官の高校時代の友人は、危険を顧みず救助に駆け付けた。
阪神・淡路大震災後、国では法律が改正され、災害対策が国や県、市町村などで多く見直しがされ、住民
の防災意識も向上した。
改めて、被災者の方々へ 深く哀悼の意を申し上げます。
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