もっと・もっといい『まち』へ! 横井よしたかblog

大治町議会議員 横井良隆のblogです! 47歳議員の七転八起の日常をご紹介いたします。

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平成29年愛知県交通安全県民大会が、愛知県芸術劇場 大ホール(愛知芸術文化センター内)にて挙行さ

れた。

愛知県内の市町村長をはじめ、議会議長や関係団体など、約1300人が集まった。

この県民大会は、県民総ぐるみでの取組を推進するため、県内の交通安全活動に取り組む機関、団体や個

人が一堂に会し、交通安全の大切さを改めて認識するものである。

まず、はじめに交通事故でお亡くなりになった方へ哀悼の意を表し、黙とうがささげられた。

主催者を代表して、大村知事が挨拶され、交通死亡事故ワースト1返上に向けての決意を述べられた。

その後、第一部として交通安全に功労のあった個人・団体が表彰され、交通事故防止宣言が行われた。

第二部では、アトラクションが催され、愛知県警察音楽隊による演奏と交通安全広報が行われた。

この大会は、昭和44年から毎年開催しており、今回で49回目となる歴史のある大会である。

しかし、車の保有台数が多い愛知県では、連続で全国死亡事故ワースト1となっている。

さて、平成29年の交通安全県民運動の概要は、

○スローガン

ストップ・ザ 交通事故 〜高めようモラル 守ろうルール〜

<サブスローガン>

広めよう 交通安全スリーS(エス)運動

○取組重点

・子どもと高齢者の交通事故防止
・歩行者・自転車の交通事故防止
・交差点事故の防止
・飲酒運転の根絶
・全ての座席でシートベルトとチャイルドシートの正しい着用を徹底

○広報重点

・一瞬の スマホの操作が 命取り
・子どもの目 見てます大人の ルール違反
・自転車も スピードひかえて 事故防止

○推進する運動

・各季の交通安全県民運動
・高齢者を交通事故から守る日・週間
・交通安全スリーS(エス)運動


である。愛知県には交通安全条例が制定され、大治町でも県条例を参考に大治町交通安全条例が制定され

ている。

悲惨な交通事死亡故が、根絶できるよう、一体となって取り組んでいきたい。

春は緑に明るくて、秋は紅美しく―

久しぶりにわが母校である美和高校の校門をくぐった。

最後に校門をくぐったのが、10年前ほどであろうか。

当時の校長先生より、ご案内をいただき、表敬訪問をさせていただいた以来である。

私は4回生だったので、まだ校舎も真新しかったが、歴史を重ねるごとに重量感が出てきた。

今回、美和高校に訪問した目的は、今後、発行される議会だよりに掲載する記事の依頼をするためだ。

改正公職選挙法により、満18歳以上に選挙権が付与されたことで、生徒が政治に対してどんな意識を持っ

ているのか、取材を行うためである。

突然の訪問であったが、吉田校長先生に快く対応をしていただき、現在の高校の状況や今までの経緯な

ど、いろいろとご教授いただいた。

玄関口には、部活動を中心とした栄光の数々の写真を拝見。

青春時代まっただ中の思い出の数々が頭に浮かび、懐かしさで胸が熱くなった。

快くご承諾いただいた吉田校長先生に心から感謝を申し上げ、美和高校の益々の発展を祈念いたします。

また、美和高生に幸多かれとお祈りいたします。

極寒の中、町内を巡回

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毎月、第一火曜日に夜間パトロールを行っているが、今月は、正月が入るため、一週間ずらして活動をし

た。

日中、暖かい日が続いたが、さすがに夜になると、寒風が肌を刺す。

町内の安全のために始まった防犯活動。治安対策というより、道路や街路灯の異常、放置自動車などを確

認しながら巡回をしている。

今回は、ごみの投棄が目立ったが、なかなか拾いながら巡回するのも困難である。

拾えるものだけを拾いながら活動を行う。そんな中で、二台の放置自転車を発見した。

一台は、人気のない排水機近くの草むらに放置されていた。

まだ、自転車は新しく高価そう。無施錠なので、おそらく盗難にあったと思われる。

もう一台は、交差点の角地。タイヤはパンクし、乗れない状況だが、自転車には住所と名前が記載されて

いる。

持ち主は、名古屋市昭和区。同じ県内であるが、ここから結構距離がある。どうして町内に放置されてい

るのだろうか。

今朝、大治町役場に連絡し、現地確認をしてもらい、放置自転車としての手続きをした。

早いうちに持ち主に戻ればと思うところである。

私たちの活動で、犯罪が一気に減るとは考えていないが、大きな成果には、小さな活動が不可欠である。

まさに、私の座右の銘である「積小為大」 

これからも小さな活動を大切に、コツコツと取り組んでいきたい。

火で清め−左義長

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先日、地元の神社では左義長が行われ、正月に飾ったしめ縄などを処分した。

左義長は、小正月に行われる火祭り行事で、現在は主に子どもたちが主役となる火祭りの一種で、地元で

は「どんど焼き」という方もみえる。

正式には1月14日の夕方または、1月15の朝から火をおこし、この火の中に正月飾りの門松や書き初めなど

を投じて焼く行事である。

火祭りの多くがそうであるように、この左義長も穢れを火で清めるとか、魔を祓うというお祓い行事の一

つとなっている。

この火の中に投じられた正月飾りや門松に宿った正月の歳神様は、この火煙に乗って神の世界に帰って行

くとされている。

「どんど焼き」という呼び方は、火が勢いよく燃え上がるとき、周囲の子どもも大人もこれを「ドンド、

ドンド」と囃したことによるそうである。

書き初め大会の折に書いたのだが、左義長の火に投じた書き初めの書が、高く上がれば上がるほど書も上

達すると考えられている。

また、左義長では、煎茶とともに、焼いたお餅がふるまわれた。このお餅を食べると無病息災で暮らせる

とか、子どもは賢く育つとかといった言い伝えがある。

地元の左義長では、しめ縄が多く燃やされるが、上記のように書き初めや門松が燃やされているところ

は、見かけない。

門松を飾ったり、1月2日に書き初めをしたりというのは、あまりしなくなったのだろうか。

兎にも角にも、正月は、日本人としてのしきたりや伝統を学ぶには、絶好の機会であった。

そういった伝統が薄らぐ中、子どもにはしっかりと伝えていきたい。


■左義長の起源
左義長はもと宮中行事。
正月の十五、十八日に清涼殿の南庭(後には東庭)に青竹三本を立て、陰陽師の囃す中で天皇の書き初めや扇、短冊を結んで焼いたことが始まりだと言われている。
平安時代からの行事で、現在の左義長は、この宮廷行事がやがて庶民にも伝わって生まれたものである。

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大治町商工会の初詣が行われ、伊勢神宮の内宮へ参拝に出かけた。

正月から間もないため、同じように参拝客も多かった。

古くから「日本人の心のふるさと」として親しまれてきた伊勢神宮。

入口の大鳥居をくぐると、木製の橋で五十鈴川をわたり、玉砂利の中を歩く。

内宮に向かって進むと、右手に素晴らしい庭園が広がる。

手を清め、いざ、内宮へ― 

お蔭参りが流行した江戸時代に、全国へ広がった伊勢音頭。

「伊勢へ行きたい、伊勢路が見たい、せめて一生に一度でも」と歌われ、伊勢への憧れを募らせていた。

そんな中、参拝に自然と身が引き締まる。

参拝を終えたのち、お伊勢さんの門前町「おはらい町」散策へ。

海産物や松阪牛、伊勢うどんにお酒など、昔懐かしい町並みがズラリ。

これもお伊勢参りのひとつの楽しみである。

皆様とともに輝かしい一年になりますよう、祈念いたします。

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