もっと・もっといい『まち』へ! 横井よしたかblog

大治町議会議員 横井良隆のblogです! 47歳議員の七転八起の日常をご紹介いたします。

まちづくりアカデミー

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今回は、愛西市。海部地域は、4市2町1村で構成されているのだが、地域によって状況が大きく異なるの

が、驚きである。

その代表例のひとつ。愛西市立立田南部小学校福原分校にお伺いしてきた。

福原分校は、愛知県内で唯一分校の名前がつく学校で、全校生徒は、なんと3人である。

過去には、大正10年の60人が最高だった。平成12年からは、10人未満で推移している。

現在、教職員は4人と主任が1人。

同じ、海部地域でもわが大治中学校は、愛知県内でも有数のマンモス校であることを考えると、大きな違

いである。

福原分校の歴史は古く、明治25年に加立尋常小学校として開校している。

加立とは、地元の著名な人(加藤氏)によって建てられた。開校から120年が経つらしい。

従って、本校である立田南部小学校よりも古いそうだ。

この福原という地域は輪中地帯であり、写真で見たのだが、昭和59年までは渡し船で本校に行っていた。


Q、授業の方法は。

A、低・中・高学年の3つのクラスに分けて行う。(複式授業)
  例として、算数を5年生に教えている間は、6年生はドリルを。6年生に教えている間は、5年生はドリ
  ルを行う。
  国語は、5、6年生は、一緒に行う。


Q、年間行事はどのように。

A、入学式、卒業式と修学旅行は、本校と一緒に行う。運動会は、独自で。
  運動会や学習発表会は、保護者だけでなく、地域の人たちと一緒に行う。


Q、福原分校の良さは。

A、超少人数学級のため、先生の目が届き、授業も充実できる。
  自然豊かなので、体験を中心とした学習ができる。


本当にのんびりとしている。近くには、乳牛の牧場があり、自然が豊かで、子どもの環境としてはたいへ

ん良い雰囲気である。

ただ、過疎化の進行は止められず、生徒の増加はなかなか望めないようだ。

今も2年生が1人、5年生が1人、6年生が1人である。今度、6年生が卒業をすると、全校生徒は2人になる。

ただ、地域の人は温かい。すれ違う人はみんな、快く挨拶をしてくれる。

過疎で寂しい気もするが、何か大切なものがここに、残っているような気がしてならない。

いろいろとお話が聞けて、たいへん勉強になった。関係者に心より感謝を申し上げる次第である。

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今回は、「鉄のタケノコ」と呼ばれる弥富市に調査に出かけた。

この「鉄のタケノコ」は、地下にある粘土層が収縮し地盤沈下が起こると、比較的固い地盤に支持された

井戸は、まわりの地面から飛び出してきた状態のことをいう。

一般的には、「井戸の抜け上がり」というそうだ。

地盤沈下は、私が小学校の社会の授業で、勉強をしたことがある。

地盤沈下とは、大地が、知らないうちにだんだんと沈んでいき、ほとんど元に戻らないという現象であ

る。

この地盤沈下の主な原因は、地下水の過剰な汲み上げによって起こる。

特に、海抜ゼロメートル地域である弥富市などでは、洪水や排水不良などによる災害の危険性を大きくし

ている。

田んぼの持ち主にいろいろと取材を行った。


Q、鉄のタケノコといわれる突起物は何か。

A、昔の井戸。


Q、井戸の抜け上がりは、どのようにできたのか。

A、昔、田に水が引けなかった時代に共同で井戸を掘り、水を引いた井戸の残り。


Q、今も使っているのか。

A、使っていない。昭和40年ごろにパイプラインが整備されたので。一部、豚舎で使っている。


Q、昔から「鉄のタケノコ」と呼ばれていたのか。

A、地元の人は、鉄のタケノコとは呼んでいない。


えっ? 愛知県のホームページなどは、この現象を「鉄のタケノコ」と紹介しているのだが、地元の人は

そうは呼んでいないそうだ。

ただ、もっと前は、長い竹を使って井戸を掘っていたため、そこからきたのではないだろうか。

井戸の深さは、なんと180mあるそうだ。井戸を掘るのにも、相当に大変だったようだ。

取材先の場所は、弥富市鍋田というところ。

海が近いため、塩分を含んだ水が多く、稲作にとても苦労をしていたとのこと。

水が多ければ、水害。渇水・塩水対策と、大治町とはある意味違った、水との長い戦いの歴史がたくさん

あった。

今でも新しい水との戦いが続いていると、関係者は語ってくれた。

さあ、次は、愛西市に場所を移し、紹介したい。

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昨日に引き続き、マチケン探偵団、謎のスポットを紹介したい。

今日は、大治町の「オシャモジサン」


◎太閤様が遊んだ石

横井治夫さんの裏庭にひっそりと、祀られている。
八ツ屋のオシャモジサン(石神)は昔、太閤様(豊臣秀吉)が幼少の頃、この石で遊んだといわれている。

また、関ヶ原の合戦で落ちてきた八人(八ツ屋八名の先祖)の内の一人の墓だともいわれ、境内ですら触れると祟るといわれている。
春祭りの日(現四月十一日)には必ずオシャモジマツリ(石神祭り)を行う。
今でも祭りの際には、ここから出発するようだ。
この神は、神高い神であるので、氏神祭りの後、関係者参列の下に祭りを行うのだという。
(大治町民俗誌より)

昔は、一面竹林で当時の青年団が竹を刈った際に、この石を踏みつけてしまったらしい。
祟りがあったがどうかは、分からないが、それだけ重要で歴史的に価値のある石のようである。

また、太閤さんの遊んだ石の近くに、たくさんの史跡がある。


●八ツ屋孝女塚

病気の母を助けるために姉妹が、行き交う人に声をかけて助けてもらった話。
孝女塚の石碑がこの近くにある。


●俳人 伊藤観魚の埋骨地


●凌雲寺の黒龍伝説

稲葉地町(名古屋市中村区)にある凌雲寺境内の池には黒龍が棲んでいた。
その池の対岸、八ツ屋の宮池と続いているといわれ、黒龍がその春日社東の旧宮池によく来て暴れたという。
庄内川に魚釣りに行って亡くなった人や池の埋立て(県道新設で大正橋を架設する際、境内池の一部を埋立てた)中に亡くなった工事請負師らは、黒龍に祟られたのだと言われた。
住職がこれを供養してからは、工事も順調に進んだとのこと。
(大治町民俗誌より)

      
●八ツ屋の落人伝説

八ツ屋は、庄内川と新川の間の「輪中」にあり、赤シソの生産など盛んな地域。
集落の中央に県道名古屋津島線が走っており、最近は住宅地も多くなってきている。
ここの里伝には、落人伝説についてふたつの説がある。

1、関ヶ原の合戦の節、落人の八氏がこの地に隠れ、農民となって開墾をした。
2、平家の落武者が、この地に隠れて土地を開いた。


昨日は、あま市、今回は、大治町を調査。

次は、飛島村を紹介したい。

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まちづくり研究会では、「海部地域の気になる話をトコトン調査をする」として、マチケン調査団と称

し、地域の疑問や課題を見つけて、調査を行っている。

今回は、海部地域の隠れたスポットを調査し、紹介するコーナーとしたい。


●あま市甚目寺飛行場跡(防空壕)

別名、清州飛行場と呼ばれていたようだ。
資料によると、国道302号線の東側に位置し、今は、広い田園地帯となっている。
ちょうどあま市甚目寺公民館や五条高校のあたり。
東海地区を中心とした中部地方へ爆撃にくる米軍爆撃機B-29を迎撃するための拠点飛行場とされた。

配属された飛行第五戦隊は複座戦闘機 「屠龍」 約40機と「五式戦」20機前後という規模だった。
飛行場の建設は内務省の一方的な申渡しから始まり、収穫間近の小麦を引き抜いて捨てるほど急ピッチで
進められたという。

昭和19年の10月に飛行場開きが行われ、翌年から米軍戦闘機の攻撃がにより、終戦までに20〜30名の戦死
者を数えている。


最初に私たちが見学したのが、福田川のスグ西にある壕である。

学芸員の近藤さんによると、防空壕というより、飛行指令室だったという。

現在は、ほとんど埋め戻されて、ごく一部が残っているだけだが、未だにここまで残っていることに驚い

た。埋められていても、壕はかなり深いようだ。

爆撃を受けても耐えられるように鉄筋を入れ、約20cmの厚さのコンクリートで覆われている。

地下への階段も、らせん状になっており、破壊されにくいように建設されていた。


過去に、この飛行場に配属されて軍務に就いていた方のご子息に話を聞いたことがある。

この飛行場が空襲を受けた際、飛行場から大八車に燃料の入ったドラム缶を載せて、命からがら木田駅方

面に避難したとのこと。

爆撃により、顔や体は真っ黒になりながらも、貴重な航空燃料を守ったとのこと。

迎撃機として配備されていた屠龍は、攻撃力は高かったのの、B-29を守るP-51には、速度で太刀打ちで

きなかった。

本土決戦に向け、戦力温存のため、実物大の模型を置き、木の茂みに本物を隠していたようだ。


兎にも角にも、こんな近くで、戦争の爪痕が未だに残っていることに驚嘆した。

当時は、どんな思いでここにとどまったのだろうか。

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ぼちぼち、正月気分から脱却をしなければならない。

明日からすでに、公務や業務が入っている。

さて、毎年、まちけん調査団では、いろいろな地域の疑問を解決すべく、調査を行っている。

今月のテーマは、お雑煮。視聴者から問い合わせがあったものを調査してみた。

正月に食べるお雑煮には、地域によって大きく違ってくる。

特にここ、尾張地方では、全国でも質素なお雑煮として有名である。

質素になったひとつの理由として、当時の将軍であった徳川吉宗から、尾張藩は、食事が贅沢すぎるのを

指摘されたため、尾張藩主徳川宗春が、正月の食事は質素にするようにとお触れを出したなどと言われて

いるが、本当かどうかはわからない。

尾張地方の雑煮は、醤油をベースにした汁に角餅ともち菜、かつお節だけである。

雑煮の中に入る「もち菜」は、小松菜の親戚にあたるものであるが、尾張地方独特の葉っぱのようだ。

うちの家庭では、醤油ベースの雑煮もあるが、味噌を使った雑煮が多い。

愛知県は、赤味噌が有名であるので、抵抗感はなかったが結構、珍しいと言われた。

他の雑煮を食べる機会がなかったため、少々、驚いたのだが…。

今回も現在、放映中のまちけん調査団を紹介したい。では―


https://youtu.be/1cQe0V_aq2s

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