夜の話
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詳細
このお話は、竹内まりや作詞作曲の"駅"を元に創作したフィクションです。 このお話に登場する組織・団体・人物等は、 架空のモノで実在するものとは関係ありません。 |
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店長に案内され カウンター席にひとり座る 今宵、 最初のお相手は 黒髪の女だそうだ。 黒い瞳が 輝いているのは、 よくあるはなし 彼女が近眼だから なかなかの戦力らしく 顔と名前は入店した 数ヶ月前から知っていたが 席についたのは初めてである。 さて、 何を話そうか ポケットから煙草を取り出す。 すると、 女がハートマークを 何個かつけたような奇声を上げた。 銀座から流れて来たこの女は お客の酒をがぶ飲みするので 何度かママに注意を受けたと聞いている。 ウチは、 長いお付き合いのお客さんばかりだから そういう営業はやってないと何度言っても 銀座のお店で ヘルプをやっていた時の癖が抜けない。 ママが苦虫を噛む。 黒髪の女は クイクイと飲んではボトルを空け 常連さんを驚かせたそうだ。 接客そのものは、 評判が良いのだそうだが、 あんなに飲まれては堪らんと、 あとから苦情が来たらしい。 だから、 どんな女かと思っていたのだが── すいません、 わたし感じやすいんです。 消え入るような声で そう言うと 女は頬を赤く染めた。 はて、 なにも触っていないはずだが 私は戸惑う。 どうやら 煙草を出す際に背広の裾が 女の太ももをかすめたらしい。 そんなもので 反応するのかと言うと、 女は恥ずかしそうに頷いた。 にわかには信じられぬ 私は人差し指を 女の腿に少し強めに押しあてた。 女は、 両の手で口をおさえ 眉間を小刻みに動かし 怯えるような目で 私の人さし指を見ている。 指を1センチほど動かすと 女はハートマーク4・5個分の奇声をあげた。 女の表情は、 明らかにこの店に似合わない 表情になった。 もう 堪忍して下さい。 黒髪の女は 私の人差し指を掴み上げ 太ももから離した。 あんまり 変な感じにならない チカラ加減にしたつもりだが ええ、 分かってます。 でも それでも、 私駄目なんです。 なんでも、 ヒラヒラのついた服を着ても 動きまわったり 風が吹いたりで そのヒラヒラが身体に触れると ビクンとなるのだそうだ。 本当かい じゃあ、 OL時代は大変だっただろう 通勤の 満員電車なんか… 冗談のつもりが、 女は真面目な顔になる。 ええ 身動きが出来ないくらいの ギュウギュウだと まだいいんですけど、 中途半端に混んでて 身体が触れるか触れないかだと 大変なんです 電車が揺れて ふいに身体が触れたりすると その瞬間 ヒヤッと声が出たりして… 黒髪の女はうつむいた。 じゃあ、 こんなことしたら 私は、 五本の指を不規則の動かして見せた。 それ、 絶対やめて下さい。 私、 気が変になっちゃいそうになって 私の目の前で やっているだけなのに 女は狼狽している。 それ以上近づけたら 私その手を思いっきり叩きますから こうやって、 みんなから 遊ばれちゃうんだ。 ええ、 それに… よっぽどの 好き者だと 勘違いする人もいて それが嫌です。 バストが大きい女性が そう思われるみたいに? ええ。 けして 嫌いとは言いませんよ 私も大人の女ですから でも、 そんな好き者じゃないし そう思われるのは… いつの間にか 黒髪の女のグラスは 空になっていた。 どうぞ、 神経を鈍らせたいんでしょ? 黒髪の女が頷く。 どうやら、 ママの忠告を守り 我慢していたようだ。 いいんですか 黒髪の女は 軽く礼を言って 自らのグラスに酒を注いだ。 そして、 口元にグラスを持ってくると 照れくさそうに笑うのだった。 写真:フォト満タン(デザインエクスチェンジ株式会社)より
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私が通っていたキャバクラは 学生アルバイトが中心で 二十歳前後の子が多い。 だからだろう。 来月誕生日という 専業のキャバ嬢が こんなことを言い出した。 それはね。 おじさんの趣味だからだとか 二十歳の頃 極端に女性が少ない職場で働いてたからなどと 私の個人的なことを言っても どうも納得してくれないようだ。 「こういう言い方すると 味も素っ気もないけど」 私はそう断ったうえで 即興の私見を女に聞かせた。 「恋だ愛だって綺麗ごといっても、 所詮は子孫を残そうという 生物の本能でしょ?」 「うん、まあね」 「歳とると、 こっちの突進する勢いが減ってくるじゃん」 「うん?あ〜だろうね」 「そしたら、 吸引力の強そうなのに お願いするしかないじゃん」 「だから、 男は歳とって勢いが弱くなると 若い吸引力の強そうな女の子に お願いしようとするんじゃない?」 どうやら一言多かったようだ。 「そしたら歳とって 吸引力が弱くなった女は いらないってことじゃない」 女は、また少しムスッとした。 「歳とって吸引力が弱くなったら 突進力の強いのにお願いすればいいじゃん」
女は機嫌が治った ていうか、 この店ではおねいさんだけど
写真:フォト満タン (デザインエクスチェンジ株式会社)
イラスト:熊本太郎 |
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ねぇ、若い頃はモテたでしょ? N氏が通っていたナイトクラブ(*1)に 足を運んだ数年前のこと アルバイトホステスの女は カウンター席の私の隣に座るなり 昔の写真を持ってきたかと切り出した。 この一週間前に、 私が若いころ 髪を長くしていたことを 女に話したのだった。 最初、女は信じなかった。 だが、 女はロン毛よりはるか前に 長髪の時代があったことを 親か誰かに聞かされたのを 思い出したようだ。 今度は、 今の私からは想像がつかないから 見せてくれとせがむのだった。 どの道笑われて終わりだろうが、 私はハナシの種に、 長髪だった頃の写真を女に見せた。 女は写真を見ると、 想像通りすぐに笑みを浮かべた。 だが、その意味合いは 想像とは少し違うものだった。 女は幾分目を輝かせると 私に冒頭の言葉を吐いたのである。 「今もそうだし 昔もモテなかったよ」 「ウソ。そんなことないでしょ」 女は何者かに 焼きもちを妬くように言った。 「これお客さんの 若い頃の写真ですって ねぇ可愛いでしょ」 そして女は、 カウンター席そばを通りかかる ホステスや従業員に 写真を見せては嬉しそうにした。 忙しさで受け流すホステスには ムッとした表情すら浮かべる。 「ねぇ、このころに戻ってよ」 「そりゃ無理だよ」 「なんでよ」 「もう歳だし、太ったし」 「やせればいいじゃない」 「それに髪も薄くなったし」 「ううん、まだ大丈夫よ」 時代というのもあるが、 写真の頃は以前書いた某研究所という 比較的自由な職場で働いていたから こんな長い髪をしていられたのだ。 いや、本当はアウトだった。 某研究所内の出張所に(*2) 東京の本社からお偉いさんが来る時は 上司からきまって “お前はどこかに隠れてろ” と言われていたのである。 だから、 今ではとても無理だと言うと、 女はすねるふりをした。 「この頃の私が好きなの?」 うんと頷く女は、 頬を少し赤らめ 恥じらう仕草すらして見せるのだ。 「このころの私は、 結構癖のある人間だったよ」 「そうなの?」 女の顔が一瞬曇った。 だが、すぐにそれでもいいと答えた。 だが、 “じゃあ、今の私は?”と聞くと “ううん”と首を振るのである。 「写真も ここにいるのも どっちも私なんですけど」 「違う!!」 私は女に一喝された。 「そんなに昔の私が好いんなら タイムマシンで写真の時代に戻って その頃の私と君が出会うように 仕掛けるしかないな」 冗談めかしに私が言うと、 女はそれは無理だと首を振った。 「なんでだよ」
…あ、本当だ。 指折り数えてちょっと足りない *2某研究所については記入サンプル:長崎一郎くんを参照のこと
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