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前の「自然と言霊」と同じ話題です。
http://blogs.yahoo.co.jp/negentropyjapan/886942.html
こんな田舎でももう豊かな自然はない。たとえ花が咲いていても、それは偶々一本だけ残されており、周囲はアスファルトとコンクリートと廃材と廃棄物の山、というのが実際多く見かける風景だ。
いくら脳天気で鈍い人間でも、廃棄物の山を美しい自然という訳にはいかない。だから、最近は『接写』の写真が多いな、と思う。花を接写して拡大すれば、周囲の醜い風景は見なくて済む。
一輪の花から大自然を連想すればよい。これは千利休が朝顔一つだけ残した逸話と同じか。かもしれない。その時代は、自然を破壊する、という概念も行為も無かったけど。
ただ、花を一輪だけ残して、そこから自然全体を思う考え方は(日本人は好きだけど)、保護する感覚と結びつくかどうか。やはり言霊だけか。
もう、小さな、切り取られた自然しか、残っていない。
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話が少しずれているかもしれませんが、花見の季節になると沢山の提灯や紅白の幕・品のない幟を飾る所って多いですよね。花の気品が台無しなのに・・・。こんなことを平気でする、または不快感を感じない人が大勢いる限り、日本はどんどんアスファルトと廃棄物に覆われていくんだろうな・・・。
2006/11/10(金) 午後 10:03 [ - ]
綺麗だと思っていた景色が、人工的な自然だったりすることもありますよね。。。次の世代に自然を残してあげられるようにしたいものです。。。
2006/11/11(土) 午前 8:29 [ hap*y1*31* ]
都会人が『山の水は美味しい!』って谷水を飲んでいる光景を見て、現地の人が、植林の除草材が撒かれた後の水やで!あんな水よう飲むわ!って言ってました。人に作られた自然って気がつかないだけでよくあるようですね。
2006/11/12(日) 午前 3:46 [ - ]
留守中、訪問ありがとう、私は切り取られた小さな自然の辺りを探索してきましたよ(*^_^*)
2006/11/12(日) 午後 0:28 [ - ]
自然。あるあると思っているうちに、どんどん無くなってゆく。どんなしっぺ返しを受けるのだろうか。
2006/11/13(月) 午後 3:01 [ neg*ntr*p*ja*an ]
読め恐いさん。結局は「形式主義」なんでしょうね。谷川の水=きれい、という、もう使えない等式を使っている。
2006/11/13(月) 午後 3:02 [ neg*ntr*p*ja*an ]