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いよいよねぎっこきくちゃんとお別れする日がやって来ました。
二年間、長いような短いような…複雑なものがありますが、一区切りです。
写真は能代市の伝統のお祭り「ねぶながし」のようすです。ただし、おなごりフェスティバル、という9月のイベントに参加した能代二中のみなさん。ほんらいは8月のお盆の行事です。
かつては、お祭りがなくても人出で賑わった能代市の中心街=畠町(はたま)=をもう一度元気にしよう、というプロジェクトのお手伝いを、しばらくすることになりました。
そういうわけで、いつまでもねぎっこきくちゃんではいられません。
秋田の元・魚やを久々に復活させることにいたしました。どうぞ、御用とお急ぎでない方のご来場お待ちしております。m(__)m
ねぎっこきくちゃんをかわいがっていただき、ほんとうにありがとうございました。m(__)m
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追伸=相馬龍さん、さようなら。ゆっくり休んでくださいね(^_^)/~ 楽しい思い出をありがとう!
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ご無沙汰しておりました。元・ねぎっこきくちゃんは元気です(^_^)/~
ねぎっこ村をあとにして、こんどはどこに出没しているのか? というと、ここです。
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能代市民なら、「あ! あのあたりだな」と、たいがい見当がつくところではありますが、地名は能代市畠町(はたまち)というところです。
20年ほど前までは、市内のメインストリート。お買い物の市民でにぎわっておりました。
ところが、地方都市全体の地盤沈下や、郊外型の大型ショッピングモールの進出などで、ここの商店街も寂れる一方です。ここもシャッター通りに。今も営業しているのは、3軒か4軒に1軒くらいでしょうか。
日暮れと共にゴーストタウンのようになります。往時を知る一人としては、信じられないものを見ているような気分でした。
そんなかつての繁華街を元気に復活させたい、という思いは能代市民共通の思いでもあるのですが、では「どうやって?」となると、名案のようなものはまず、無いです。
で、地道に各商店の今を分析しながら、その一つひとつのお店が元気になっていく方策を一緒に考えて実践のお手伝いをする――簡単に言うと、そんな感じの自治体の事業にこのたび「応援団」の一員として参加することになりました。
というわけで、しばらくここの事務所を中心に、商店街のあちこちに出没することになります。
以上、お知らせでした。
さて、その毎日の動きをどうやってご紹介していこうか? と悩んでおります。
仕事の中でお付き合いするブログが2件、ツイッターも。ただしこれって、あくまで「公式」サイトとその付属品になるので、個人的にどうこうすることはできません。
さりとて、この「ねぎっこきくちゃん」では、あんまりだし(^^ゞ
しばらく休眠していた「秋田の元・さかなや」を一時的に「復活」させようか? と、いま考え中です。もう少々お待ち下さい。それで問題がないか? いま周辺の状況を確認中でございます。
先週の記事にたくさんのコメントいただき、ほんとうにありがとうございますm(__)m
もうすぐ、別の形で「復活」いたしますので、もう少々どうか、お待ちください。勝手な言い訳、こころぐるしい限りではありますが…。
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二年間お世話になった、ねぎっこ村とねぎっこ村の会員のみなさんとは、今日でお別れです。
写真は、今年1月の新年会のひとこまです。みなさん、ほんとにいい人ばかりでした。
「二年あれば、相当いろんなことができるだろう」と、そういう思いでこの仕事を始めたのですが、思いのほか「貢献度」は低い――というのが、本人の率直な評価です。もっと、あれもこれも、という思いが残ります。
なかなか思うように、物事は進みません。たくさんの会員さんたちの共同事業ですから、それぞれの思いはいろいろです。わたしの思いが噛みあうとはかぎりません。
そんなわけで、ねぎっこきくちゃんは本日限りの登場です。明日からはまた別の分野に…。とりあえず明日はお休みですけどね。
次の分野は、まだ「非公開」です。いずれ形がはっきりした段階で、この場を借りてご案内をだそうと思っています。たぶん、ブログをやめることはないはずです。ただ、yahooで続けることになるかどうかは今のところ、なんともいえません。もしかしたらほかのプロバイダーに…ということもありそうな気がします。
少々お時間を下さい。かならずもう一度、ここに記事を入れますので。
というわけで、ねぎっこきくちゃんをかわいがっていただいて、ほんとうにありがとうございました。
m(__)m
近日中に、再会できることをお誓い申し上げて、いったんお別れです。ほんとうにありがとうございました。
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岩手県の市町村の首長が協力を確認して、意見交換がなされたようだ・・。
3.11では、内陸の市町村に地震の一時的な被害はあったものの、津波が襲来した沿岸市町村と比較すると、大きな被害ではない。
ここは、岩手県内一丸となって、復興に取り組んで欲しい。
3月議会の終わり、新年度予算もすべての市町村で予算が出揃ったが、紆余曲折があった。
東日本大震災の復興政策の司令塔として2月10日に発足した復興庁だが、復興予算の「査定」をめぐり、被災自治体との関係がギクシャクした。
業を煮やした宮城県の村井嘉浩知事は6日、同庁を訪れて平野達男復興相に抗議。
災害がれきの処理でも野田佳彦首相のリーダーシップに実体が伴わず、自治体側の政府不信が高まったまま。
宮城県、岩手県知事。被災市町村からは
「復興交付金の内容と額には納得がいかない。道路、堤防、学校、下水道などにほとんど内示されなかったのは不本意だ」
例えば、先月2日に決まった復興交付金の第1次配分では、同県の2016億円の申請に対し、認められたのは5割強の1161億円という「激辛」査定だったからだ。
同庁は申請に被災地以外の道路工事などが含まれていたためと説明するが、自治体側には、そもそも交付基準が不明確だったとの不満が今でもある。不可解であり釈然としない。
宮城県議会の中村功議長も6日、仙台市にある宮城復興局で郡和子復興政務官と会談し「復興が遅れるだけでなく、政治への不信が大きくなる」と抗議した。
そもそも、復興交付金の申請には膨大な書類を作成する必要がある。
自治体からは「これでは復興庁ではなく査定庁だ」との声が出たのは、予算を組む直前のこと。ぎりぎり間に合わせたようなものだからだ。
地方自治体は、3月20日までに新年度予算を議会を通過させる規定がある。
下の記事で、陸前高田の戸羽市長が述べてるように、職員数が絶対的に不足している。から、徹夜で予算を仕上げた自治体も少なくない。
さて、被災市町村は「査定庁」のおかしな査定で、重要な部分が削られた予算ではあるが例年と比較すると、何倍かの予算に膨れている。
これを執行していくには、かなりの事務量が必要だろう。また、初めての復興予算の執行には、国も各被災自治体も初めてのことで、難航が予想される。
復興庁ができたために、2度手間となり、申請、執行に係る書類も膨大な量に登ると聞いている。
野田政権は、あの通り「復興が第一」と言いながら、消費税に論議に焦点が移り、無理やりやろうとしてるから波乱含みの、党分裂の様相を呈した不安定な政局になっている。
野田総理は「待ったなしの、税と社会保障の一体改革」で消費税をあげようと、躍起になっている。
しかし、「待ったなしは、被災地の復興であり、福島原発事故のの収束」ではないのか・・。
施政方針でも、「復興第一」と言いながら、そっちのけで消費税をあげようと躍起なってるのは、どう考えてもな特が行かない。
そして、政局の不安定を招いてる・・・・。
普通の感覚なら、消費税のアップは国民に真を問うべき事柄である。
また、政府に不信感が湧いて来る。
まあ、頼りない政府はさておき、
被災自治体は、せめて県内だけでもスクラムを組んで、「オール岩手」で助けあいながら、とりあえず新年度予算執行を行ってほしい。
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沿岸部復興の協力を確認 岩手県内の首長が意見交換
河北新報 2012年03月27日
東日本大震災からの復興に向けた沿岸自治体の課題を共有しようと、岩手県市長会と町村会は26日、盛岡市で意見交換会を開いた。議会の閉会日だった紫波町を除く32市町村長が出席し、被災自治体が抱える問題に協力して対応することなどを確認した。
沿岸部では職員の応援態勢に不安を抱く自治体が多く、戸羽太陸前高田市長は「保健師が2人しか残らず、被災者のフォローが十分できていない。専門職、技術職員の確保に協力してほしい」と訴えた。 国の施策への不満も相次いだ。山内隆文久慈市長は復興交付金について「不要不急として認められない事業があった。交付金は早く交付し、自立できる自治体を自立させ、復興途上の自治体に手を貸せるようにすべきでないか」と指摘した。 碇川豊大槌町長は「土地区画整理事業で高台移転を希望する人には利子補給がないなど、支援制度に隙間が散在する」と強調した。 内陸部の自治体首長からは「専門知識のある職員OBを派遣したい」との申し出や、「課題を整理し『オール岩手』のワーキンググループがつくれないか」などの意見があった。
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「春一番」のワカメ。今年のワカメは格別です。
早速、晩飯はシャブシャブでいただきました。
今年のワカメはこれまでにない格別に美味しいワカメでした。
僕は、「漁船漁業」なので、養殖も定置網はやっていません。 その為に、昨日は、3.11の後に「養殖ワカメ」をやってる漁師が持って来てくれました。
これは「間引きワカメ」といって、
ワカメが厚いところのワカメを間引いいて来る作業です。
沖でのこの作業は、寒さとの闘いでもあります。 この作業は、ワカメに日光線が沢山、まんべんなく当たるために重要で必要な作業なのです。 やらないと、良い製品のワカメはできませんから・・。
だから、小さいワカメなので新芽なので特に美味しいのです。一般には出まわっていません。 同じ三陸でも北と南では品質がちがいます。
被災地で宮古より北の養殖ワカメは、南の三陸ワカメと違います。 源草がまるで違うのです。価格もその為、違い絶対に北三陸のワカメは形、色、味も全然ちがいます。 まず、種。外洋に面しているために天然の種が違うのです。南では、早生種のために、もう収穫作業が始まっていますが、こちらは3月10以降から始まります。
この外洋に面してるワカメは、波に揉まれて育ちます。その為にワカメの質が違うのです。
ワカメの種・・。分かりますが・・?
天然の岩礁に育つワカメのメカブの胞子から種は取ります。
水温が17〜18℃前後の時に、メカブ(ワカメの根本についてるドロドロしたヌメリがあるモノ)を採って来て、海水タンクに入れて、水温管理します。そこに、コレクターと呼ばれる、園芸でシュロ縄に似たような感じのロープをいれて置くと、胞子が出てそのロープに付着します。まあ、それが、ワカメの種となるのです。
さて作年3.11大きな津波が襲いました。
そうです、丁度、ワカメの収穫が始まる寸前の出来事だったのです。
津波で、全ての養殖施設が流失して、なんにも無くなりました。
避難所生活をしてる頃に、
漁協で何度も、どうして復活するか・・・?
色々と議論を重ね、全く船もなく、倉庫もなく、ないないづくしの中でお金の事を含めての議論もスムーズには進まず、なんとか、ようやく再開することに決定したのです。
当然、年齢を考えて辞めた人も多くいます。 養殖ワカメの漁師は、定置網と重なっての経営をしてきてるために、並行しての作業で大変苦労して復旧したワカメなのです。
全てが、何もない状態からの復旧でした。 漁協の共同経営という形で、補助をうけての出発だったのです。
ところが、イカリ、本桁(ロープ)などの資材がなかなか手に入らず、メーカーもフル操業してもらい。どうにか種巻き作業に間に合って、ホントにようやくできたワカメです。定置網も同じく、資材がなかなか手に入らずで、鮭のスーズン途中の、こちらもだいぶ遅れての網入れとなったのです。
辞めた人もいますし、まだまだ、養殖施設は3.11前の半分程度しか復旧していません。 まあ、このような状況の中でみんなよく、頑張ったと思います。まさに漁師魂です。
僕はこの頃は、ようやく見つけた船を東京湾から回航して、大改造に追われていたころです。
これだって、普通の感覚では出来なかったことです。多重債務を覚悟してでも、漁師復活にかけた・・。
こちらも、色々なメーカーの製造が間に合わず、また職人不足と少ないマリン関係の機械屋などなど・・・・。 焦りましたねーー。
今、思えば大きな決断でした。
ホントは、この「被災地から逃避したい気持ち」もありながらの決断だったのです。
おそらく、誰しもみんな「現実逃避」の気持ちを抑えながらの復旧作業だったとおもいます。
3.11から・・。もう少しで1年になります。
今ではこうして自分の気持を言えますが・・・・。
心が安定していない、焦り、不安だらけの中で自分の目標に向かったとおもいます。 このような、事を考えながら・・・・。
昨夜は、「養殖ワカメ」のシャブシャブを食べました・。いつもとは、違い感無量の味で美味しかったですねー。 なんとなく、「春一番」を感じさせる味でした。
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■お知らせです。
僕は今、NHK総合「クローズアップ現代ワイド版 72分番組」の取材を受けています。もちろん、全国版ですよーー。
放送予定 3.1の7時30分〜8時45分の大型番組です。
僕の出るのは、何分ぐらいはまだ不詳です。
暇があり、時間がありましたら見てくださいねーー。
(詳細が分かり次第お知らせします)
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